第020話 情報消失

◆ ◆ レティナ視点 ◆ ◆


「そうか、昨日だったんですね。私の研究室に来てくれたのは」


 私のことを先生と呼んだことから、セロさんが私の正体を知ったことに気づいた。

 もっと笑えるような場面でネタバラシとなれば良かったのだけれど、どうもタイミングが悪い。こればっかりは予測することはできない。


「ああ、エリオン教授からお前の幼少期から今に至るまでの半生を聞いた。想像以上の人生を送っているんだな」

「なんか恥ずかしいですね。エリオン先生、良い人だったでしょ」

「……人に恵まれたな」


 私とセロさんの会話の切り替えについていけず、ティオ君は私とセロさんの顔をチラチラと確認している。ティオ君は何も知らないんだから仕方ない。


「ティオ君にはあとでネタバラシしてあげるね」

「えっ? えっ?」


 ティオ君は放っておいて、セロさんの会話を続けることにする。


「セロさんは、私の父さんが《眼の能力》について重要な事実を知っているから追っているって言っていましたけど、本当は違いますよね。どこかのタイミングでスクレラちゃんが私の父さんに似ていると気づいて追い始めたんでしょう」

「そう、だな。しばらく前に放送されていた報道バラエティ番組でコルネウスが紹介されているシーンが挟まってな。そこに幼少期のコルネウスの顔が映っていた。スクレラに教え子として接していたときから、なんとなく似ていると感じていたが、空似はよくあることだから深く気にしていなかった。だが、事が起こってからは確信に変わったよ。スクレラとコルネウスは何らかの関係があると」


 ああ、未だに科学史やリングフォンの過去が取り扱われるときには、父のことがよく取り上げられている。実の父が「行方不明の破壊神」などと面白おかしく公共の電波で紹介されている娘の気持ちを考えて欲しい。


「それで、セロさん。私がスクレラちゃんと似ているってことですけれど、私には全く心当たりがないですからね。母さんは私が5歳くらいのころに亡くなってますから、私に妹がいたっていうこともないでしょうし」


 セロさんは私の手を握っていた力を緩めた。


「やはり、直接コルネウスに聞いてみるしかないか」

「そうですね。でも、心当たりはなくとも、想定はできますよ」


 私は左手の人差し指を立て、その人差し指の側面を下唇から顎の先に当てる。そのポーズをとったまま立ち上がり、ティオ君とセロさんが座る応接間のソファを中心として、私は上を向きながらその周りを歩く。こうしてウロウロと歩くのが思考を整理するときの私のルーティンだ。

 セロさんとティオ君は、周りをぐるぐると歩く私を目で追っている。


 私は22歳で、スクレラちゃんは16歳。言い換えると、私は2098年生まれで、スクレラちゃんは2104年生まれ。母は2104年の早期に亡くなったので私は一人っ子のはずで、私そっくりの妹が生まれたはずがない。

 私は生まれつきの病気で4歳まで、つまり2102年まで入院していた。その後も私は外に出るにはしばらく介助が必要で、スクレラちゃんが生まれたとされる2104年は1人で行動することができなかった。


 色んなメディアでまとめられた情報や、エリオン先生から聞いた私の父さん像を考えると、彼はどんな状況でも失敗によるダメージコントロールを考えて、複数のプランを並行に進めるタイプだ。

 ここまでの情報が提示されると、1つの可能性が浮かび上がる。あまり考えたくないことではあるけれど。


「私は父さんと会話した記憶がほとんどなく、その人柄はエリオン先生から聞いたものでしか知りません。自分の研究に関することであれば手段を選ばず怖いくらいに前のめりに取り組む峻烈な人であるけれど、私自身を含めて母さんやエリオン先生など周囲の人には思いやりがあり優しく慈愛あふれる人であったと聞いています。生後すぎに病を患った私を献身的に看病していたそうです」


 前置きとして父さんの性格について述べながら、歩いていた私は立ち止まり、セロさんとティオ君の方を向く。


「端的に言いましょう。年齢差がありながらも双子のように似ているとなると、スクレラちゃんは私のクローンである可能性が高いと思います」


 セロさんとティオ君はハッと両眼を見開いた。


「ご存知の通り、大型動物のクローン技術は数十年前から実用化されていますが、ヒトへの適用は国際法で禁止されています。法を無視しようとしても、クローン生成のために用いられる専用培養器にはヒトをはじめ霊長類の複製を感知すると生成停止するセーフガードが義務付けられています。専用培養器の製造元は実質的に国連管理下の寡占状態であるので、生半可な技術者ではヒトのクローンを生み出すことはできません」


 私は両手の人差し指を交差させて、バツマークを作った。


「クローンか、なるほど。ヒトのクローン生成は国際法で厳罰ゆえ何十年も事例は出てこなかったから、思考の埒外だったな」

「法的に危ないものなのに、どうしてレティナさんのクローンが生み出されたんですか? そもそも誰が……あ」


 ティオ君は何かに思い至ったのか、言葉に詰まる。同時にセロさんも理解し、片手で自分の前頭部を掴み、悪い考えが脳内を巡るのを無理矢理にでも止めようとしているようだ。


「……これは、あくまで1つの可能性に過ぎないのですが、私の父さん、コルネウス=ホイールが私のクローンとしてスクレラちゃんを生み出したんだと思います。父さんほどの研究者かつ技術者なら専用培養器のセーフガードを回避してリバースエンジニアリングすることはできるでしょう。そして、クローンを生み出した理由はもちろん、病で先が長くなかった私の代替を作り出すためだと……考えられます。私という個の存続を望むために手段を選ばなかったという可能性は、低くはないと思います」

「そうやって生み出されたスクレラだが、レティナが完治してしまったので不要な存在となってしまう。さらに、生み出した親であるコルネウスは行方不明となってしまった。施設に保護された経緯は不明だが、スクレラはそのまま孤児として過ごすことになったということか。そして、偶然にも俺のクラスにやって来て、事件が起きることとなった……」


 私の仮説をセロさんは咀嚼して飲み込んでいる。ティオ君はショックを受けていて、私の背景をよく知らないこともあり絶句している。


「そうですね。それに、今の技術のヒトのクローン生成では、遺伝情報の抽出と人口胚の生成から新生児に成長させるために3年ほど培養器で管理する必要があります。私の病が完治する直前の2101年の年末にクローン生成を開始したとすると、スクレラちゃんが2104年生まれであるということに時間的にも説明がつきます」

「……ますます、コルネウスに話を聞く必要が出てきたな」


 セロさんはソファに深く座り直した。頭を振って、これからの方針を思い悩んでいるようだ。

父さんは、間違いなくスクレラちゃんという私のそっくりさんの出自に関係している。《眼の能力》だけでなく、私のクローンらしき存在。聞きたいことが多すぎる。

 ねえ、父さん。あなたは今、どこにいるの?


 夜が明けたら、スプールからガラムに関する情報が得られるはず。それを活用して、父さんへと辿り着くヒントを見つけなくてはいけない。私は決意を新たにした。


 そして、これから先に進むにあたって、《眼の能力》に関して私はセロさんに確認しなければならないことがある。セロさんがここまで辛い過去を話してくれたタイミングだから、きっと答えてくれるはず。

 私は、応接間に備えられている近くのホワイトボードへと向かって歩いていく。


「セロさん、実は私からセロさんに話を聞きたいことがあるんです」

「ん、何だ?」

「セロさんが私の正体を知ったら尋ねようと思っていたことです。《眼の能力》のことで、大事なことを私に言っていないですよね?」

「……何のことだ?」


 大腿の上に折り曲げた肘を乗せ、両手の指を組んで握り込んだセロさんは私のことを睨みつけてきた。急な問いかけに警戒しているようだ。


「端的に申し上げますね。《眼の能力》に関する情報、世間に隠蔽されていますよね? いえ、『隠蔽されていますよね』という表現は適切ではないですね。『隠蔽されるようになっていますよね』というのが正確な質問でしょうか」


 これは、正直に言うと1ヶ月ほど前から聞いておきたかった質問だ。ただ、私の正体を知ってもらった今であれば、話しやすい。


「……どうしてそう思った?」

「1ヶ月前に私は能力を得てから、インターネット、本、論文、大学の専門家など、様々なソースから能力に関する事例を集めようとしていました。ですが、関連する情報を1件も得られませんでした。根拠不明の都市伝説的なストーリーをただ見続ける毎日でした。それが最初の違和感です。しかし、セロさんやティオ君を始めとして、昨日出会ったモーシュやスプールなど、《眼の能力》を持つものは身の回りにいます。私がこの何でも屋という環境に身を置いたことが能力者と出会う契機になったということは当然ですが、それだけの能力者がいれば、何らかの確固たる痕跡がどこかに残されていてもよいはずです」


 セロさんは、「レティナならそこまで調べるだろうな」と言いたげにわずかに口角を上げた。

 私はホワイトボードに描いた水平の線の上に、時間関係がわかりやすくなるように図示しながら説明を続けた。


「確信したのは、2週間前にセロさんと《眼の能力》について議論していたときのことです。あの球体を調査機関に依頼したと言いましたよね? 重位相化された物質の分析が可能な機関となると、世界でも限られます。5年前となると、おそらく私のいる研究室だけだったと思います。その当時にも私は学生として研究室に在籍していました。にも関わらず、そういった依頼があったことも、そういう調査結果を出したことも記憶にありません。もちろん、記録にも残っていませんでした。エリオン先生にも確認しましたけれど、聞き覚えはなかったそうです」

「それはつまり、レティナはどういうことだと考えている?」

「《眼の能力》は、特別な性質を持っているということです。その存在や能力そのものに関する記憶は自然と消えてしまいます。そして、あらゆる電子媒体、物理媒体上で、映像、文字、音声、いかなる形においても記録に残すことができません。残したとしても、しばらくすると矛盾がないように記録が消失するか、改竄されます。おそらく、能力者にしかその存在に関する記憶を維持することができないのだと思います。セロさんは私たちの研究室に球体の調査を依頼したのでしょう。私たちは調査を行うことができたけれど、その性質により調査記録は消え、私たちの記憶からも消えてしまった。そうですね?」


 私はホワイトボード上に「性質」と書き、それを大きく丸で囲んだ。

 ティオ君は答えを知っているのだろう。私の推理を聞いて何度も頷いた。


「……ああ。ある理由があって、あえてレティナにはその性質を伝えていなかったが、お前ならすぐに勘づくよな。そうだ、ほとんどその通りだ。代理人を介してお前の原子位相学研究室に分析を依頼した。その代理人も能力者ではなかったから、分析を依頼したことを忘れているはずだ」

「やはり、そうなのですね。他にもこの説を支持する事象があって、つい先日にもエリオン先生に球体の調査の件を思い出していないかを確認すると、そもそもエリオン先生は2週間前に私が球体の調査を尋ねた件すら覚えていませんでした。先生は色々と忘れっぽい方ですけれど、あまりにも異常です。記憶の消失や改竄は、かなり強力なようですね」


 一般人は《眼の能力》そのものやそれに関連する記憶を長期間維持することができない。

 これは、能力を披露しても、能力者以外からは感知されにくいことにも繋がる。

 モーシュシヒルのマジックショーが分かりやすい例だ。炎や瞬間移動が現実離れしすぎていると感じていても、その情報消失の性質により一般人がトリックに疑いをかけるのが難しくなってしまう。単に「すごい魔法のようなショーだった」と記憶が修正されるのだ。実際に、私が尋問したスタッフの男は演出に関わるスタッフなのにトリックに対して興味を持っていないようだった。

 そうして、楽しいという感想だけを残してショーに対する記憶が薄れることで、観客はショーをリピートしたいと考えるようになる。あのマジックショーは、《眼の能力》の性質を上手く使ったものだったのだ。また、依頼遂行の前にショーの録画映像を見ても違和感がなかったのは、映像も改変されて能力による不自然さが消えていたためだろう。


「僕も身辺警護の依頼のときには、襲撃者を撃退したときの証拠を消す時にその性質を利用させてもらってるよ。もともと氷っていう証拠として残りにくいものだから、後で現場を調べた警察もまさか水が急に凍って人を襲ったなんてことを考えないし」


 ティオ君は能力を得てから5年程度の経験を積んでいる。感覚的に性質のことを理解していたのだろうし、セロさんが教えてくれたこともあるに違いない。確かに、一般人を相手にする依頼を遂行するにあたっては心強い性質だ。


「1つ訂正しておくと、情報消失はすべての《眼の能力》がもつ絶対的な性質ではない。17年前に、触れた物を粉々に壊すコルネウスの能力を俺は見たと言っただろ? そのときの俺は能力者ではなかったが、こうして今も記憶を保持できている。それに、以前言ったようにガラム関連の現場でコルネウスの能力らしきものが行使された痕跡が残っていて、ティオも目撃している。つまり、情報消失は《眼の能力》すべてに備わった性質ではないか、コルネウスの能力が性質の例外と考えられる」


 性質があてはまらない能力もあるけれど、大多数の《眼の能力》においてこの性質が事実であると2人からも確認できたことで、セロさんの過去について別の見方ができる。


「セロさん。《眼の能力》の性質について理解できたことで、セロさんの過去の行動についても理解が深まりました。セロさんが話してくれた罪について、1つ、私から弁護したいことがあります」

「……!」


 私は、ホワイトボードに大きく書いた「性質」という文字をマーカーペンのお尻でコンコンと叩いて示しながら、話し始める。


「事件が起きた7年前の時点で、セロさんは情報消失の性質のことを理解していたんですよね。スクレラちゃんの犯行の痕跡を消すのに、子供たちの死体を切り刻むという行動は明らかにやりすぎです。明確なメリットがなければそんなことはしない、そういう思考をするのがセロさんであるはずです」


 セロさんは溜息を深くついた。手の平を私に向けて、話を続けろと促す。


「スクレラちゃんの動きを見て、おそらく身体能力が上昇する能力であるとセロさんは予想したのでしょう。けれど、セロさんは私の父さんの件で《眼の能力》すべてに情報消失の性質が働くとは限らないことを知っていた。スクレラちゃんの蛮行に対して、性質が働くのかわからない。そう懸念したセロさんは、情報消失が確実に生じるようにしたんですね。そのメリットがあったから、凶行に走ることができた。セロさん自身の能力で現場を荒らしてしまえば、その痕跡は矛盾がないように消えていく。それを利用して、スクレラちゃんの犯行ごと痕跡が消失されていくことを期待したのです」


 ティオ君は、口をぽかりと空けて私の話に聞き入っている。セロさんの姿勢は変わっていない。


「小学生児童が何十人も教室で惨殺されたという事件があれば、確実にニュースで連日報道されるはずです。でも、そんなニュースを7年前に私は聞いた記憶がない。スクレラちゃんの異常な力に情報消失の性質が働く状況であったのかは分かりませんが、セロさんの作戦は、確かにスクレラちゃんを守ることに繋がったんです」


 凶行に及んだ動機を説明されたセロさんは、無表情のまま右眼から一筋の涙を流した。先程まで開いていた手は、強く握られている。


「お前の眼は心の中も見えるのか? お前には隠し事ができないな」


 やれやれ正解だ、と言わんばかりにセロさんは眼を閉じて顔を左右に振った。


「実際、お前の予想の通りだ。俺の能力には確実に性質が働くと知っていたから、俺は子供たちの遺体を損壊する罪を犯した。その後、その事件は原因不明の爆発事故として情報が改竄されて処理されほとんど報道されることなく闇へと消えてしまった。事故であっても何十人が亡くなる事態で報道されないのは普通ではありえないから、情報消失と改変は確かに生じたんだ。結局、本当に爆発事故が起きたかのように教室が変化したのか、それとも報道の過程で情報が修正されたのか、実際のところは逃亡生活で外部の情報を得ることができない環境だったから俺は確認できていない」


 性質により情報が改変されてしまうと、能力者が当事者として観察し続けない限り以前は状態を確認できなくなってしまう。セロさんは逃亡生活ゆえ具体的にどのような改変が起きたかを確認できなくなったのだ。

 それに、セロさんの言う通り爆発事故とはいえ27人も子供が亡くなった事件がほとんど報道されないというのはおかしい。情報消失の性質の強大さを改めて思い知った。


「そして、スクレラと暮らす中で分かったのだが、スクレラの身体能力が向上する能力には、確かに情報消失の性質が働かなかった。それゆえ、1年間の逃亡生活は非常に難儀するものとなったんだが」


 超常の能力の中には、記憶や記録が失われる性質が働くタイプと働かないタイプがある。これは重要なポイントだ。サンプルが増えれば、タイプが分かれている原因を推測できるかもしれない。

 セロさんは、心の奥にずっとわだかまりとして残っていた過去をこうして開示し、私たちに理解してもらったことで、随分と表情が明るくなったように見える。


「ふふん、セロさん、他にも隠してることあるでしょ? 意味のない嘘や隠し事はしないって分かってるから、指摘してないだけなんですからね」


 セロさんは眉毛を寄せて心底嫌そうな表情を見せた。《眼の能力》のことで、またいずれセロさんに指摘することがあるだろう。今はそのときではない。


「まあいい。俺の罪をそう理解してくれて、本当に嬉しいよ」


 涙目のまま立ち上がって私の近くに寄ったセロさんは、私の癖毛頭にポンと大きな手を乗せた。小さい頃に父さんは私の頭をしきりに撫で回していたらしいが、その記憶は薄れている。こうして男の人に頭を撫でられたのは、記憶の上ではほとんど始めてであった。

 大きい手だ。


「僕、師匠が泣くところ始めて見ましたよ」


 話を理解するのに一生懸命で黙っていたティオ君は、私たちの様子を見て唇と突き出しながらそう言った。ついでに、音がほとんど鳴らない程度の小さな拍手をしている。誰に対してその拍手を向けているのか分からない。

 その途端に、セロさんは《移動モヴィーレ》で高速移動してティオ君の背後を取り、銀色の髪が生えたその小さな頭を右手で掴んだ。そのまま片腕の力だけで頭を持ち上げてティオ君をソファから立ち上がらせる。


「ティオ、お前、レティナが来てからずいぶんと生意気言うようになったよな」

「うぎゃーっ! 頭がっ、割れる、取れる! すみません、ごめんなさい!」

「こんな夜更けに少々しんみりとした話題を続けすぎた。昨日はお前たち2人で協力して依頼を遂行した記念日でもある。気分を切り替えて、飲み会するぞ。ティオ、近くのコンビニで酒を買ってこい」

「うぇ、前も言ったじゃないですか、僕まだ18だからお酒飲めないし買えないんですよ。事務所に置いてあるのでいいじゃないですか、痛たた」

「仕方がないか。まあ、事務所の余ってるやつでいいか」


 セロさんはティオ君を虐めているときのいつもの笑顔に戻った。この人には悲しい顔は似合わないね。


 日が変わった今日は日曜日で研究室も休みだ。飲み明かすことになっても問題ない。

 これから忙しくなりそうだけど、今のうちに楽しい日々を満喫してもよいだろう。私はそそくさと事務所の奥へと歩いていき、キッチンスペースの冷蔵庫に残っている缶ビールや適当なおつまみを見繕い始めた。ワインセラーに保管されている高級そうなワインも開けてくれとおねだりしようかな。

 頭を痛そうに手で抑えながら動くティオ君と共に、応接間の机に酒や乾き物を並べていく。セロさんと私は生ビールを、ティオ君はオレンジジュースを注いだグラスを手にして、小さく乾杯の音を鳴らし、慎ましやかな飲み会を始めた。


 明日からはスプールから得た情報をもとにして、ガラムの調査を進めることになるだろう。相手はきっと手強い。そして、私のクローンだと思われる行方不明のスクレラ。能力者以外のあらゆる人の記憶とすべての記録から能力の存在を隠す《眼の能力》の性質。これらの謎は、ガラムを調査し、そして父さんに会うことで解決するのだろうか。これからの行く先に少しの不安を抱えながらも、アルコールで身体の奥にそれを流し込んで、今は忘れておく。


 そういえば、ティオ君に私が准教授であることをきちんと伝えていなかった。飲み会の途中に説明してあげると、ティオ君は凍りついてしまった。

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