第012話 タッグ依頼遂行

◆ ◆ レティナ視点 ◆ ◆


「S席を2席も確保して、俺は何を得たっていうんすか!」

「まあまあ、レオさん落ち着いてくださいよ」


 今日は私が何でも屋に正式に所属してから2週間ほど経過した日であり、依頼をティオ君とタッグで遂行する初めての日でもある。

 依頼者レオが事務所に訪問してきている。応接間に通して聴取を始めると、頭を抱えながら対面で座るレオは感情を顕わにして泣き叫んでしまった。幅の広いソファに私と一緒に座っているティオ君はこういう感情を爆発させるタイプの人に慣れているらしく、慌てることなくレオを宥めている。経験豊富なティオ君が依頼者にメインで聞き込みしてくれることになったけれど、事前にそのように取り決めしておいて本当に良かった。私は2人の会話の隙間に頷きを差し込んでいるだけだ。


「うぐ……。すいまっせん、取り乱したっす」

「落ち着いたようですね。レオさんはトスタ芸術ホールで先月行われたマジックショーを彼女さんと見に行った結果、彼女さんはそのマジシャンに夢中になってしまい、全国ツアーを追っかけするようになってしまったということですね?」

「はい、俺達それまで毎週欠かさず週末にはデートしていたのに、その機会もなくなってしまったんすよ」

「それで、依頼フォームにも記載いただいた通り、我々に依頼したいことというのは……」

「そう! あのマジシャンたちの手品のタネを盗み出してほしいんすよ!」


 その言葉を聞いて、先日セロさんから私たち2人に遂行してほしい依頼の概要を聞いたときと同じ呆れの表情を浮かべかけた。けれど、依頼者が前にいるため、背筋を伸ばし真摯に拝聴している様を演出した。ティオ君も一瞬身体が硬直していたので、同じ気持ちであったのだろう。

 依頼フォームに書かれていた内容と今回レオから聴取した内容をまとめると、レオはお付き合いしている彼女を振り向かせるために手品のタネを仕入れてそれを実演したいとのことだった。


 件のマジシャンたちというのは、仮面を付けて活動するトスタ出身の男性2人組で、芸名はモーシュとシヒル、合わせてモーシュシヒルというコンビ名を名乗っている。会場全体を縦横無尽に移動する瞬間移動マジックをメインに、炎による派手な視覚的効果に合わせた音楽演出で一世を風靡し、2年ほど前から世界各地でショーを開演している。

 モーシュシヒルの出身であるこのトスタが全国ツアーの口火を切るショーの開催地として選定され、先月のショーのチケットはファンクラブ先行販売であっても予約開始数分で売り切れたとニュースで報道されていた。


 レオは彼女を楽しませるためなら金銭的な負荷を厭わないようで、転売で不当に価格が吊り上げられたチケットを手に入れたらしい。残念ながら、デートでモーシュシヒルの公演を見た彼女はすっかり心を奪われてしまい、レオのことを構わなくなってしまったという。

 モーシュシヒルの高クオリティな手品ショーで目の肥えた彼女を振り向かせるためには、モーシュシヒルに並ぶほどの手品を実演するしかないと考えて、依頼人のレオは私たちに手品のトリックを解明することを依頼してきたのであった。


 個人的には彼女に対するアプローチを変えた方がよいとは思うけれど、何でも屋は恋愛相談場所ではなく依頼者の頼みを何でも忠実に解決するところだ。それに、上司であるセロさんが主導してこの依頼を選定した以上、私の一存で断ることはできない。


 私は手品というものに基本的に興味がない。一方で、ティオ君も依頼者の気持ちには共感できないものの、この依頼に乗り気であった。何でも屋が3人揃ってからこの2週間、私はセロさんにトレーニングを課され、ティオ君とともに体力強化のマシントレーニングに加えて能力強化の座学と自己研鑽を続けていた。ティオ君と会話を交わす中で、この子は見た目通りの少年心を兼ね備えており、手品とかそういう非日常的なイベントに対して興味が尽きない性格であることを理解できた。

 逆に、私は現実に即した謎を科学的な視点で解明することに好奇心を示すタイプだ。特に《眼の能力》、いや、《観測スペクティ》を手に入れた今となっては手品のタネのほとんどが筒抜けとなってしまうため、私はショーを本気で楽しむことができないだろう。

 ちなみに、トレーニングの際にセロさんから《眼の能力》に名前を付けるように指導された。名前を与えることで思考が整理されてイメージが強固となり、能力の精度が上がるそうだ。それに、チームで行動するにあたって共通認識を形作ってコミュニケーションの円滑化が図れる。というわけで、私はこの視覚強化の能力を《観測スペクティ》と名付けた。


 話を戻そう。

 マジシャンコンビのモーシュシヒルは、トスタ市郊外に自宅兼事務所を置いている。音楽系の演出スタッフとの連携のため、私設の練習用ホールが併設されている大邸宅だ。手品のタネも、この事務所に潜入することができれば盗み出すことができるであろう。瞬間移動系のマジックということは、設備に隠れられる空間があったり、よく似た人物を代役で使っていたりするはずだ。

 私がモーシュシヒルの公演を実地で見ることさえできれば、私の《観測スペクティ》でトリックを解明することができるはずだ。けれど、次回の公演まで日程に空きがあり、しかも開催地が遠方らしい。事を急いでいる依頼者のことを考え、事務所への潜入により迅速に解決することとした。

 ただ、裏方スタッフによる大規模な支援が必要なタイプのトリックであった場合、依頼者のレオはそれを彼女の前で実演することはできるのだろうか。まあ、トリックを解明した後のことは依頼とは関係ないので考えないことにしておく。依頼事項の説明を終えたレオが事務所を去った後に、私とティオ君は依頼遂行の方針を整理していた。


「師匠もなかなか面白そうな依頼を受けてくれるねぇ。モーシュシヒルの公演は僕もライブ配信で何度が見たことがあるし、その裏側調査っていうことになるとテンション上がっちゃうよ」

「《眼の能力》とかいう現実離れした力を持っておいて、演出された非現実感を楽しめる感性が残っているっていうのは、ティオ君は本当にお子ちゃまだね」

「分かってないのはレティナさんだよ。現実感とか手品のタネとか関係なく、ダンスミュージックに合わせて火炎とともに神出鬼没で現れるモーシュシヒルを見たらそんなこと言ってられないよ。動画のリンク送っておくから見てよね」

「そういう映像は見てもタネが分からないように撮影されているからあんまり意味はないだろうけれど、参考までに見ておくよ」


 応接間の椅子でティオ君と雑談しながら、私は何でも屋事務所のサーバにパソコンで接続して、依頼の概要と計画を打ち込んでいた。

 私たちはわずか3人の少人数の団体なのでわざわざ文書に残して意思疎通を図るまでもない。それでも、セロさんの方針で依頼の内容や計画についてはサーバの中で文書として残すこととなっている。おそらく、教師時代に日報を書く文化に染まってしまったことによるものだろう。


 今、セロさんは外出中だ。クローブのナイフホルダーを身に着けてガラム関係者を釣る活動をしている。リングフォン経由で私の書く内容をリアルタイムで確認しているらしく、新人の私としては不用意な指摘を受けないように分かりやすさと正確さを意識して書かなければならない。普段から実験ノートや研究報告書を書く毎日ではあるけれど、文書の傾向が大きく異なるので整理するのにいくらか時間を要する。特に、依頼人に見せる可能性があるので、能力に関することは書かないよう表現するのに骨が折れる。


「やあやあ、新人のレティナ君。ちゃんと依頼文書をまとめているかねぇ?」

「書類回りの雑務を私に丸投げできたからって、生意気だよぉ。新人を育てるためにもちゃんと指導してよ、ティオ先輩」


 昼間に降り続いていた雨はすでに止み、夕方ごろから太陽が雲の隙間から覗いていた。モーシュシヒルの公演映像を隙間時間に見ながら文書を整理しているうちに、窓から差し込む陽がずいぶんと斜めになった。作戦はさっそく今日の夜に始めることとしたので、移動の時間も考えて今のうちに支度を始めなければ。


「じゃあな。モーシュシヒルの公演はこれにてお終いだ。楽しんでいただけたかな?」


 ちょうど流していたモーシュシヒルの映像が終盤を迎えて、主演の2人の爽やかなエンディングリマークとともに動画が終了した。マジックショーというよりは、音楽と光が融合した映像作品という側面が強いように感じた。確かに熱中する人が多くいても不思議ではない。

 ソファの後ろからショーの感想を求めてくるティオ君を冷たくあしらい、仮眠室に戻って着替えの支度をする。


 いつも着ている上着を一旦ロッカーにしまい、セロさんから用意してもらっていた制服を着る。この制服はポリエステルと難燃性の特殊綿を基本として、アイソマー繊維という合成繊維が織り込まれた特注品だ。しなやかで伸縮性に富み、適度な吸湿作用が肌にやさしく、身体を動かしやすい。関節にそって伸縮性を強くした生地が織り込まれており、テーピングのように関節の可動をサポートしてくれる機能がある。

 そこまでは一般的なスポーツウェアと機能として変わらないけれど、アイソマー繊維による身体の保護作用がなによりも特筆すべきである。アイソマー繊維は繊維の中に極小のカプセルが入っており、そのカプセルには重位相化した窒素が封入されている。繊維が切断されるような衝撃を受けると、窒素が重位相化状態から解放されてカプセルが弾ける。破裂したカプセルの殻は周りの繊維を巻き込みながら空気を取り込む性質を有しており、その体積を瞬時に増加させる。そのようにして、繊維と空気による緩衝材を一瞬にして作りだすことができる。その緩衝材が裂傷から肌を守ってくれるらしい。すなわち、軽量で機能的な防刃服である。

 ナイフを垂直に突くような刺突攻撃や銃弾などの激しい衝撃を防ぐことはできないけれど、もしもの時に命を救うことがあるだろう。実際に、この生地は市販されている高級バイクウェアにも利用されているらしく、アスファルトに身体を擦るような事態になったときに保護してくれるとコマーシャルで謳われている。今日の依頼では身の危険を及ぼすリスクはそれほど高くないはずだけれど、用心のため着ておく。


 何でも屋の制服は赤と黒を基調としたデザインで、闇の中に溶け込みやすい。セロさんのように《移動モヴィーレ》でビルの上や隙間を縫うように飛び回るのであれば遠目から目立たないこのデザインが正解だけれど、普通に大衆に交じって移動する私やティオ君にとっては逆に目立ってしまう。それゆえ、私もティオ君もこの制服はインナーとして利用しており、上から上着を羽織ることとしている。

 癖毛が暴れる髪をゴムで後ろ側に1つに縛って上着を羽織ることで支度は完了し、仮眠室から外に出る。ちょうどティオ君も支度が終わったようで部屋から出てくる。さて、マジシャンたちの秘密を求めて馳せ参じますか。


 リングフォンで呼んでおいた無人タクシーが何でも屋の事務所前に到着したのは、支度を終えたすぐ後のことであった。ティオ君と私はその後部座席に乗り込む。行き先はアプリで迎車時刻を設定するときに一緒に指定していたので、アプリ画面から発車を選択することでタクシーはすっと動き始めた。

 正直に言って、今日の依頼は現場に到着する直前でそのまま引き返すことも考えられた。私の《観測スペクティ》により、周囲300メートルほどの距離の内にある指定した建物の内部を盗み見ることができる。つまり、モーシュシヒルが秘匿する瞬間移動トリックが見るだけで分かるような代物であれば、事務所に到着する前に依頼は完了してしまう。そして今、タクシーでティオ君とともにモーシュシヒルの事務所の前300メートルまでたどり着いたところだ。


 トスタ中央街を見下ろす高台に位置するこの地区は、大規模な邸宅が立ち並ぶ厳密に区画整備された高級住宅街だ。夕暮れで照らされつつ、空間投影ディスプレイの看板の光が所々に煌めきだした中央街を背にして、私は移動するタクシーの車内からモーシュシヒルの事務所を透視した。


 事務所の回りを3メートル以上はあるコンクリートと大理石のタイル張りで作られた高い塀が隙間なく囲んでおり、出入り口となる正門には駐在の警備員がいる。塀の上は警備システムによるセンサーが敷かれており、無策で乗り越えようとすると警備AIが警備員に通報し、即お縄となるだろう。

 正門から中に入ると、スタッフ用の駐車場が広く確保されており、駐車場からすぐに私設ホールにアクセスできるようになっている。ホールの内部は、500人収容規模の小規模なものであるけれど、これを一般公開するのではなくショーの練習のためだけに用意しているのだから驚きだ。

 大舞台での練習のためにホールのステージ部分が極端に広く確保されている以外は、特に不自然な構造は見当たらない。全国ツアーで様々な会場で手品ショーをするのだから、施設そのものにトリックがあるとは考えづらい。だから、施設の構造にタネがないのは当然だろう。では、小道具や装飾品にタネがあるのだろうか。

 ホールの舞台裏から直通で入れる倉庫には照明や看板、演出の炎を噴射する装置、見ただけでは使用法の分からない大量の円盤状の物品類などが保管されているけれど、どれも瞬間移動トリックに利用できそうなものとは思えない。


 ホールと倉庫から少し離れた場所に、モーシュとシヒルの居住スペースがある。豪華爛漫な装飾にあふれる正に金持ちを体現するものだけれど、特に違和感はなく、プライベートな利用がされている痕跡しか観察できなかった。

 全国ツアー中ということもありモーシュとシヒルの2人は出払っており、中に1人だけ滞在しているスタッフや2人の警備員の行動からヒントを得ることもできなかった。


 《観測スペクティ》では、トリックについて類推できる材料は結局見つからなかった。透視作業を終えると同時に、タクシーは目的地としていた事務所のそばに到着した。


「うーん、透視してみたところだと特に情報を得られなかったね。とりあえず、中の構造は把握することはできたから見取り図に起こさせて」

「くぅ、5分くらいで依頼料満額ゲットかもと思ったのに、そんなに世の中甘くないね」


 ティオ君が期待していた即帰宅コースはなくなってしまった。事務所の内部に侵入して実地で調査し、必要があればスタッフの人間に脅し聞く必要があるかもしれない。今回の依頼の難易度と危険度が少し上昇する。リングフォンのアプリ上でラフに描いた見取り図をティオ君に共有し、タクシーを下車する。


「さて、ティオ君準備はオーケー?」

「レティナさん乗り気だね。もちろんのもちだよ」

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