第008話 原子位相学

◆ ◆ レティナ視点 ◆ ◆


「セロさん、財布見つけてきましたよ。トスタ駅の東口の側溝に落ちてました。依頼者のトミエさんの現金と身分証は確かに入ってます」

「おう。物探しに関しては最強だな」


 セロさんは事務所の椅子に座って空間投影ディスプレイ上に表示された何十件もの依頼を吟味しながら、私と目も合わせず返事する。その姿を見て、私はおおげさに両頬を膨らませて不満をアピールする。そんな私の醸し出す雰囲気を感じたのか、セロさんが資料から目を話してこちらを訝しげに睨んでくる。


「どうした、仕事がつまらんか?」

「そりゃそうですよ。セロさんと私の《眼の能力》を組み合わせて、このトスタの裏社会に切り込んで大活躍して、お金稼ぎながら私の父の手がかりを掴むって話だったじゃないですか。今日いただいた成功報酬は3日間の食費くらいですよ」


 ついつい、父を探すことよりもお金を稼ぐことの優先度が高くなっているような言い回しになってしまった。そんなことはないつもり。


「私が何でも屋に来て半月経ちました。行方不明のネコ探し、浮気の疑いのある人の尾行を3件、さっきの依頼含めて6件の財布探ししかやってないですよ。確かにどれも普通の人間がやろうと思ったら意外と時間がかかって難しい案件でしたよ。けれど、私の暗視と透視能力を駆使すれば楽勝というか、能力の無駄遣いというか……」


 私がセロ=ミデンと契約してから今日でちょうど2週間だ。私は大学側の講義や研究に支障が出ないように、月曜日と金曜日の夜と土日だけこの何でも屋の事務所に来るようにしている。事務所は私の自宅から徒歩で10分程度なので、平日でも時間があれば顔を出すようにしている。セロさんは事務所で寝泊まりしているようだ。共に事務所で過ごす中で、お互いに「セロさん」「レティナ」と名前で呼び合う関係性となった。


 セロさんから聞いた話では表社会でも裏社会でもこの何でも屋は有名らしい。確かに私も街中の広告や人との会話で聞いたことがある。実際に今日だけでも3件ほど依頼が舞い込んできており、セロさんはパソコンの前で依頼の受託の是非を判断している。ただし、その99パーセントが物探しや人探し、不倫調査という一般的な探偵が請け負う健全な依頼だ。事実、何でも屋は探偵業を営む許可を行政から得ている。残りの1パーセントに用心棒や企業スパイといった怪しい裏の依頼があるとのことだ。人殺しに関わるような依頼は半年に1件あるかないからしい。


「娘についで扱いされるコルネウスが可哀想だな……。残念ながら、レティナの身体能力と体力は人並み以下だ。加えて、お前の《眼の能力》は状況把握への活用がメインだから、直接的に加害・自衛行為に活用しにくい。危険な人間と接する可能性が高い依頼はまだ任せられんな。……だが、まあ、俺の課す試験をパスできるならいいだろう」

「えぇっ! 本当ですか。いやいや、物騒な仕事が楽しみっていうのも変ですけど、ようやく一人前になれると思うと喜びもひとしおですねぇ。これまで日当は3万でしたけど、もしかして昇給していただけたり……?」

「考えておこう」

「ぃよっし! ちなみにその試験っていうのはいつごろ、どんな内容でやるつもりなんですか?」

「まあ、近いうちだ」


 私はニマニマと気持ちの悪い笑顔を浮かべ、昇給予定の喜びを全身で表現させた。そんな私を尻目に、セロさんはリングフォンをささっと操作した後に立ち上がり、プリンタから出力された1枚の紙を手渡してきた。次に私に受けてもらう依頼内容が書かれた書類かと思っていたけれど、契約に関する文言が並んでいた。


「あの、これ何ですか?」

「お前は身体が強いとは言えない女の身だ。キナ臭い仕事を遂行するにはかなり無理が強いられる場面があるはずだ。そして、俺に拘束されたあの場から一時的に逃れるため、もしくは父親の後を追いたいがために、場の勢いで俺の誘いを盲目的に了承した可能性もあるのではないかと考えていた。だが、この2週間の働きぶりを見るに、本気で俺に協力するつもりなんだと確信した。ちなみに、レティナに研修として与えていた依頼は健全な依頼の中でもかなり厄介なブツを選んで渡していた。《眼の能力》を活かして上手くやってくれたのだろう。そこで、レティナに企業秘密としていたことを教えようと思う。その紙は本採用と守秘義務に関する契約だ。内容に納得したらサインしてくれ」

「えっ、あんなに固い握手までしたから、とっくに信頼されていたと思ってたのに。アングラな仕事をしている割には契約書交わすなんて真面目なんですね。しかも、今どき紙媒体で契約処理するなんて」


 数日間一緒に過ごして理解したことだけれど、セロさんは人一倍猜疑心が強い。信頼を形にするための紙の契約書なのだろう。


「この仕事を始める前は小学校の体育教師やっていたんだぞ? 子供に好かれる気のいい真面目なお兄さんって評価だった」

「うーわ、今の無表情なセロさんからは想像できないですね。真面目なのに猜疑心あふれる男って怖いですよぉ。どうして教師を辞めてしまったんですか?」

「……どんな仕事にも嫌なことはあるだろう。それに、俺の能力は教師には役立たない。俺自身の適材適所を目指しての起業だよ。この何でも屋はきちんと法律に則って登記して法人登録されている。暗殺といった犯罪に関わる金は洗浄されたルートでやり取りし、お役所に分からないように隠しているが、お前の口座に振り込む日当や成功報酬には税金がかかってくるからな」

「うげっ、真面目だ」


 セロさんにも私と同じく眼の能力が備わっている。あの裏路地での戦いでも分かっていたことだが、「指先から刀を出す能力」と「音速に近いスピードで移動する能力」の2つだ。それぞれ、《手剣マネンシス》と《移動モヴィーレ》と名付けているとのことだ。そんな力をもつ小学校教師が居ても恐ろしいだけだ。

 セロさんは2つの球体を眼に取り込むことで、2種類の能力を得たとのことだ。つまり、私もあの謎の球体をもう1つ見つけることができれば更に特殊能力を得ることができるのだろうか。


「話が逸れたな。今日はもうやることはないんだろ? レティナとは原子位相学について話し合いたいことがある」

「原子位相学ですか……。セロさんがお分かりのように、私に研究についての話をさせたら長いですよ?」

「今日は別にいい。俺はさっき言ったように元々は小学校の教師にすぎず、大学で物理学についての高等教育を受けていない。原子位相学については全て独学で学んでいる。レティナが専門的な側面に関して補足してくれると助かる」


 外見で人を判断することは良くないとは常々言われることではあるけれど、巨漢の大男が真面目に先進物理学を独学しているというギャップから来る面白さと、私の専攻に興味をもってくれているという喜びが私を前のめりにさせる。


「まずは確認だ。原子位相学は『同じ原子や分子が空間的に全くの同位置に存在し、重なっている状態』を究明する学問で良いな?」

「素粒子も含めれば、その通りですね。私の父コルネウス=ホイールが20年前、2100年に基礎的な現象を発表して爆発的に興隆した学問です」


 父さんは当初、ある一定の高電磁場環境で加速させた電子の見かけの質量が減少することを確認した。通常設定しえないような条件を試そうとしたのは「まさに叡智の賜物だ」などと講演会で言っていたと記憶している。その後検証実験を重ねることで、各素粒子のみならず原子や分子を重ね合わせられることが判明した。この発見によって父はノーベル物理学賞を受賞したのである。

 私はセロさんに対して原子位相学についての補足を続ける。


「重位相化状態、すなわち重なった原子や分子は温度や振動など特定の強度のエネルギーを与えると元の解離した状態に戻ります。ただ、その条件さえ満たさなければ非常に安定しています。重位相化状態の原子は元の原子とほとんど同じ性質を示します。重位相化状態の原子で特徴的なのは、元の原子の質量と異なる点ですね。1の質量の原子と1の質量の原子が重位相化すると、足し合わせた2の質量ではなく約1.001程度の質量の原子になります。厳密な対数スケールの計算を無視すると、およそ1000個程度の原子を1個分に重位相化させてようやく2の質量になります。これまで物理学の基礎となってきた超弦理論や特殊相対性理論を再定義または拡張する必要のある大発見でした」


 重位相化することで得られる最大の恩恵がこの質量の減少だ。簡単に想像できる実用的な面を挙げると、大量の物質を軽くして運搬できることだろうか。


「現時点では、加速器で取り扱える素粒子の他に、水素分子、ヘリウム、窒素分子、酸素分子の重位相化物を工業的に製造することが実現できています。特に水素の重位相化により、水素燃料の輸送コストが圧倒的に減少しました。これによりもたらされた産業の加速は22世紀の産業革命と呼ばれています。他の近しい実用例でいえば、電子の状態を重位相化させることで実現した小型超大容量のバッテリーをデバイスに組み込むことでリングフォンを開発したシンワダチ社がトスタ市の企業の顔となっていますね。こんなところが、教科書的に知られている原子位相学についての話です」


 2120年において成人した人の99パーセント以上が装着しているとされるリングフォンは、もはや人類が獲得した新たな機能と呼んでも過言ではない。それを開発し最大のシェアを占めているシンワダチ社は世界最大の大企業として認知され、その本社があるこのトスタ市は関連企業からの税収入で潤っている。

 トスタ大学に設置されている無料で高品質な医務室は、シンワダチ社が共同研究の過程で大学に納めた寄付金により運営されている。


「今の先進的な研究状況をお話しますと、水分子の工業的な重位相化が最大の研究課題です。水は生活上でも工業や実験においても重要な物質ですからね。実験室レベルでは実現できていますが、極性が非常に高い水分子を重位相化させるのには難しい点が多くあります。私の所属しているトスタ大学原子位相学研究室では、重位相化させた水素と酸素を多孔質の金属触媒中を通過させ極性の影響を減らしたうえで特定のエネルギーを加えることで、高効率な水分子の重位相化を達成しています。面白いことに、水分子を重位相化させると常温で固体になるのです。論文発表済みで特許も申請中なので、欲しければ関連資料をお渡ししますよ」


 私の所属する研究室では、風呂1杯分の液体の水を常温固体状態で飴玉程度の大きさに圧縮することに成功している。そう遠くない将来には工業化に漕ぎ着けることができるだろう。

 そうこう話しながら、私はセロさんに渡された契約書の内容に問題がないことを確認してサインする。セロさんはサインし終えたのを見て契約書を受け取る。


「確かに水を固形で簡単に輸送できるとなれば、色々と有用な利用ができそうだな。さて、ここからが本題になるが、俺はあの謎の球体が重位相化状態の分子が複雑に入り混じった生物だと考えている」

「生物、ですか?」

「ああ。10年前に俺は球体を1つ右眼に取り込み、指先から刀を出す能力《手剣マネンシス》を得た。その後、5年ほど前に球体をもう1つ偶然にも手に入れたんだが、とある調査機関にその球体の成分分析を興味本位で依頼したんだ。調査機関から示された結果は、ガラス様に結晶化したケイ素に水とタンパク質と核酸が含まれているというものだった。担当者いわく、多種類の原子の特徴スペクトルが同時に観察されたため、分子が複雑に重位相化しているとしか考えられない、とのことだった」


 生体が重位相化状態にあるなど、にわかには信じられない。生体のように複雑な有機物が重位相化する現象は、私が知る限りの研究機関では確認できていないはずだ。アミノ酸1分子ですら重位相化することはできていない。


「……それはとても興味深いですね。あの球体は眼球程度、直径2から3センチはありました。生物説が本当だとして、つまり、人間の眼球を乗っ取る形で寄生し、宿主である人間に《眼の能力》を与えたということでしょうか?」


 私の眼の中に寄生虫が住み着いているのかと想像してしまう。虫は苦手ではないものの少し気分が悪くなってきた。セロさんの説は荒唐無稽だけれど、超現実の能力を得ているのだから現実の常識に照らし合わせた信憑性なんて意味がない。


「俺だってバカらしいと思っている。生物だとして、どうやって増殖するのか、どうして人間に《眼の能力》を与えるのか。その正体はまったく分からない。もちろん、あの球体の正体が何であるのかは確かに重要だ。しかし、それよりも俺はどうやれば球体を消し去ることができるかに頭を悩ませている」

「えっ?」


 貴重な研究サンプルを消し去るなんてとんでもない、と言おうとした私の感情をセロさんは察したようで、先んじて言葉を重ねられた。


「《眼の能力》は人智を超えた現象を引き起こすことができるが、悪意ある人間がこの力を手に入れたらどうなると思う?」

「ああ、なるほど。そういうことですか。私のような能力は人に危害を加えることに用いにくいですが、セロさんの能力は完全に戦闘向きですよね。そういう人間がテロ行為に走れば甚大な被害が出るでしょう。傍から見れば武装をしていない個人が、実は大量殺戮が可能な兵器に相当する武力を持っているんですからね。能力者1人に対処するのに軍隊レベルの力が必要かもしれません。そういう状況では、能力をもつ人間と能力をもたない人間で生物としての格が異なると評価される社会になってしまうんじゃないでしょうか。強者による弱者の支配と虐殺なんかが最悪のケースとして考えられますかね」


 私はただ単に視覚が極端に強化される能力だ。もし人を簡単に殺められる能力だった場合、私がそれを行使して殺害や脅迫に利用しないとは言い切れない。人間は簡単に力に流されてしまう生き物だ。


「なかなか良い見立てだな。《眼の能力》をもった人間の心理として、まずその力を示したいと考える。しかし、いくら超常的な能力があるとはいってもただの1人の人間だ。相当の能力者でない限り、大量の重火器で攻められれば簡単に死んでしまうだろう。俺だってそうだ。そして、全能ではないと理解した能力者は、大っぴらに犯罪行為を行うことは避け、隠れて能力を活用し始める。だから、往々にして裏社会の人間になりがちだ。俺はそういった人間を何人か見てきた」


 セロさんは能力を行使するのにかなり慣れているようだった。おそらく、何人か手にかけてきたのだろう。

 裏社会の人間というのは、私の人生では目の前のセロさんと先日のクローブという男しか出会ったことがないと思う。メディアで熱心に伝えられているガラムや爆弾魔がそういった類の人間たちなのだろう。その中に《眼の能力》をもつ人間が含まれているということか。


「それに、球体を眼に取り込んだとき、能力が暴走することがある。俺も《手剣マネンシス》を得たときには数日間は指先が使い物にならなくなってしまった。広範に危害を与えかねないタイプの能力の場合は、その暴走も人類社会への危機となる」


 私は医務室で意識を取り戻した時、周囲の視覚情報が一気に脳に流れ込んできたのを思い出す。あれが能力の暴走だったのかもしれない。


「自慢ではないが、《眼の能力》をもつ人間の中でも俺はかなり上位の実力者だと自負している。そういう人間が裏社会に入り込んで監視し、《眼の能力》による犯罪を防ごうと活動していれば抑止力となる。抑止力として存在することも理由の1つとして積極的に何でも屋をアピールして俺はこの仕事をしている。同時に球体を世の中から減らし、そもそものリスクを減らす活動を進めている。ただ、厄介なことに球体を破壊するのは困難を極めるんだがな」


 なるほど、《眼の能力》は人類社会におけるリスクであるとみなす考え方があるのか。非日常性に麻痺して、その危険性を本質的に理解できていなかった。

 原子位相学の発展に寄与しうる研究対象としか考えていなかったと自省する。


「意外、と言ってはなんですけれど、崇高な使命のもとで動いているんですね」

「崇高か。こそばゆい評価だな」


 セロさんは耳のあたりをわざとらしく掻いた。


「次の話に移ろう。実は、俺はお前の父親に会ったことがある。17年前、トスタ大学での記念講演が終わった直後の話だ」

「ええっ!?」


 あの2103年12月の講演終了以降、父の足取りは全く掴めていなかった。新事実だ。


「今俺は31歳だから、当時は13、14歳の中坊だな。中学の部活帰りに下校する俺は父親に連れられて、見知らぬ建物の会議室のような殺風景な場所にやってきた。そこで、コルネウス=ホイールは10人程度の人間を前にして演説していた。どの人間もカタギには見えなかったな。あのときの俺はただのアホなガキだったから、正確に当時のことを記憶していない。ただ、レティナが今さっき言ったような強者による弱者の虐げを止めるべく行動しなければならない、というような発言だったと思う。途中で俺の父親に部屋から追い出されて最後まで話を聞くことはできなかったがな」

「つまり、17年前から父さんは《眼の能力》に気づいていたということ……?」

「そうだろう。天才ともてはやされた破壊神様のことだ。自分が見つけた重位相化にも関わっている《眼の能力》の謎についてかなり突き詰めていると思われる」


 父のことを破壊神と呼ばれると何故か私が恥ずかしくなってしまう。メディアも変な名前を付けたものだ。


「……でも、それから17年も音信不通なんですよ。娘としてあまり考慮したくはないんですけど、父さんが既に亡くなっている可能性はないのですか?」

「まずないだろう。お前の父親は俺と同じように裏社会で動いているはずだ」


 そのきっぱりとした自信満々の回答が、ざわついていた私の心を落ち着かせた。


「なにより、コルネウスも《眼の能力》と思しき超常的な能力を持っていた。17年前にその会議室の場で実演していたんだ。その様子を見た限り、コルネウスは『触れたものをヒビ割れさせ粉々にする』能力を持っていると俺は推測している。その能力を考えると、破壊神ってアダ名は実に的を射ている」


 なんとも非常に物騒な能力だ。触れたものの性質に関わらずなんでも粉々にできるなら、非常に強力な能力だろう。それにしても、セロさんの能力といい、父さんの能力といい、攻撃的な能力が多い。セロさんに私の能力を開示したときに、視覚強化の能力が《眼の能力》らしいと言われたのも納得だ。


「俺は7年前に教師を辞めて裏社会での活動を始めた。ガラム関連の現場に訪れることが何度かあり、コルネウスの能力の痕跡らしきものを確認することができた。爆薬や重機を使った痕跡がないにも関わらず壁や床がボロボロに崩壊していたり、体や顔にヒビ割れたような傷を負った死体が残されていたりな。だから俺は、コルネウスはまだ生きていると確信している」

「本当だとしたら、父さんなかなかアグレッシブですね。別人の似た能力による犯行ということは考えられないんですか?」

「……いろいろと言語化が難しい理由があるが、コルネウス本人だと思う。俺の勝手な勘だと想ってくれ」


 正確に理論を組み立てて断定的な物言いをするセロさんには似合わず、ふわっとした理由だけれど、そこまで言うのなら父さんが関わっているんだろう。

 父さんが私や母さんや叔父さんに黙って行方をくらませたのは、裏社会からの私に対する危険を回避するためだったのだろうか? 迷惑を避けるため、私がコルネウス=ホイールの娘だということは可能な限り伏せているけれど、これから念を入れて隠匿すべきだろう。


「少しだけ話は逸れるぞ。球体の成分調査を依頼する前に、俺が思いつく範囲で球体に強い衝撃を与えても破壊することはできなかった。超科学的な球体を破壊するにはやはり超科学的な力が必要なんだろう」

「なるほど。球体を消し去りたいっていう願望はそう簡単には叶えられないのですね。あ、そうすると、父さんの力なら……」

「ああ、コルネウスによると思われるヒビ割れた死体は、特に眼のあたりが重点的に壊されており、そこに眼球は確認できなかった。持ち去られたか消失した可能性もあるし、そもそもその死体にあの球体があったのかも定かではない。ただ、コルネウスの超常の能力なら超常の球体を破壊することが可能なのかもしれない。それは、《眼の能力》の拡大を防ぎたいという俺の思想に合う力だ。それが、俺がお前の父親を探す理由だ」


 少しだけ話に出てきたセロさんの父親もこの話に重要な役割を担っていそうだ。私はセロさんに疑問を投げかける。


「ありがとうございます。そういえば、セロさんの父はその会議室で私の父さんの演説を全て聴いていたんですよね? セロさんの父と―」


 ―スッ……。


 そのとき、私の視界に人影が入ってきた。視界といっても透視して見える視界だ。連日の物探しや尾行調査を重ねて常に透視能力を行使することが癖になっていた。

 何でも屋の事務所のドアノブに何者かが手をかけている。この2週間見てきたような、ペットを見失って困ったように駆けつけてきた依頼者たちのような様子ではない。

 銀髪がツンと立った15歳くらいに見える若い少年が、怒りの表情を露わにしている。背には大きなバックパックを背負っている。詳細が分からないけれど、その中には透明な液体が入ったタンクが詰まっている。


(水? いや、灯油、ガソリン? 爆発物⁉)


 透視して見るだけではその液体が何か分からない。揺れる液体の粘度からして水のように見える。もし爆発物なら、まさか世間を騒がせている爆弾魔だろうか。


「セロさんっ!? 外に液体を背負って―」


 私の叫び声を妨げるように、銀髪の少年がドアを勢い良く開けて事務所に2歩ほど跳ねて駆け込んでくる。同時に、慣れた手つきで背負っていた液体を事務所全体と私に向けてホースを使って振りまいていく。

 事務所に冷気が立ち込んできた。

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