第16話 二人で、一緒に


守人さんが、連くんを連れてがれきから戻って来た時。周りから、歓声が上がった。



「連、連!!」



連くんのママは、連くんを見つけて、規制線を飛び越え、すぐにそばへ寄った。



「外傷は見られませんが、意識がないです」

「了解」



守人さんと救急隊員が手短に話し終えた時。連くんママが、連くんの手を握る。



「連……!」



すると、その時だった。



「ん、ママ……?」



今まで目を覚まさなかった連くんが、ゆっくりと目を開けたのだ。これには、連くんママも、周りにいる守人さん達も驚いた。意識障害がないことを簡単な問診で確認した後、念のため病院へ緊急搬送される。


その姿を確認した守人さん「良かった」と零した後。次は勇運くんを助けるために、再びがれきへと振り返る。だけど――



「え……冬音ちゃん⁉」



私が既にがれきに向かっているのを見て、大きな声を出すのだった。


実は連くんと、連くんママを見た時。私の中で、ひらめいた事がある。二人が手を触れた時、奇跡的に連くんが目を開けた――それは、今、看板の下で一人戦っている勇運くんにも通じるのではないかと。そう思ったのだ。


ザザッ



「勇運くん!」

「…………は?」



瓦礫のすき間から見ると、勇運くんは驚いた目で私を見ていた。「なんで」と言いたそうな顔は、その言葉を発することなく、ただパクパク動くだけ。


その間に、私は勇運くんの体を確認した。腕に傷があって、血が出てる。あとは……足? 何かに挟まれているように見える。勇運くんは無傷ではない。危険な状態にあるのだと察する。


だけど、だけど――



「生きてた……っ」



こうやって、私と目を合わすことが出来ている。動いている。少しだけ触れた手は、勇運くんの体温をしっかり感じ取っていた。



「勇運くん、勇運くん……っ」



このがれきの中から、私が勇運くんを助けてあげることは出来ない。それでも、こうやって勇運くんのそばにいる事は出来る。それは勇運くんにとって、意味のないことかもしれない。逆に、逆鱗に触れるかも……と思っていたら、やっぱり怒号が飛んできた。



「ふ、ゆね……お前、バカか! 何してんだ、早く戻れ!」

「い、嫌だ……っ」

「ワガママ言うな! 死にたいのかよ!」



真剣に、私を怒っているのが分かる。

真剣に、私を想っているのが分かる。


でも、勇運くん。

私だって、真剣なんだよ。



「勇運くんはずっと、私を助けてくれた。なのに、私は……まだ何も返せてない。だから今度は、私があなたを助ける……事は出来そうにないから、勇運くんが助かるまで、こうやって傍にいる!」

「ば……、バカじゃねーの……?」



勇運くんは、しばらく放心状態になった後。私とは反対方向を向いた。そして手に力を込め、「意地でも、死ぬわけには行かなくなったじゃねーか……」と。今にも泣きそうな、だけど怒った顔で、私を見た。


そんな顔を見て、もちろん私は泣いてしまって。「当たり前だよ」と、勇運くんを握る手に力を込めた。



「今、勇運くんが死んじゃったら……絶対、勇運くんのお父さん怒るよっ。なんで、こんなに早くコッチに来てるんだって、怒られるよ!」

「はは、それは……嫌だな」


「だから、助けを待とう。今、みんなで勇運くんを助けてるからね」

「……ん」



その時。看板をどけるための重機が到着したのか、現場は一気に騒々しくなる。だけど、同時に。勇運くんからくぐもった声が聞こえたのを、私は聞き逃さなかった。



「冬音……、ありがとう……っ」



それは、いつも強気な勇運くんからは、想像もできないほどの弱った声で。



「勇運くん……」



暗いがれきの中に、体を丸くして小さくなっている勇運くん。そんな彼を見て、私は、



――やめて、……成希!!



あの日、寒空の下。暗い路地裏で、成希にされるがままとなっていた自分自身を、思わず重ねてしまう。



「勇運くん……がんばれ、がんばれっ」



ねぇ、勇運くん。あの日、私は、あなたのお兄さんに助けられたんだよ。


守人さんの姿を見た時、お巡りさんが来たって分かった時。私は「助かったんだ」って安心して、心の底から力が抜けたのを覚えている。そして、生の実感を取り戻したのを覚えている。


勇運くん。今、勇運くんにとって、私がそんな存在になれていたら嬉しい。私を見て、絶対にここから出るって。そんな生きる希望を持ってほしい。だから諦めないで。諦めなければ、絶対に出られるから。


二人で一緒に、この暗闇から抜け出そう――



「あの日……」

「え」



その時、勇運くんが口を開いた。


勇運くんのいう「あの日」とは、私が路地裏で守人さんに助けられた日。なんと、勇運くんも私と同じ日を思い出していたのだ。



「元カレに、路地裏に連れて行かれるお前を見た。だから、急いで兄貴に連絡した」

「え……?」



――兄貴、助けてほしい奴がいるんだ

――路地裏に、急いでほしい



「兄貴が間に合って良かった。って、そう思う反面。あの日、兄貴と冬音が出会わなかったら……。俺が、兄貴に連絡するんじゃなくて、直接冬音を助けて居たら……。冬音の、俺を見る目は違ったかなって。女々しいけど、そんな事を考えるんだ」

「う、そ……」



じゃあ、あの日……。守人さんが私を助けてくれたのは、勇運くんが私を見つけてくれたから?私のピンチに気づいた勇運くんが、守人さんに連絡してくれたから?


そう言えば……路地裏に入る直前。私は、誰かと目が合った。成希とのキスの最中、誰かに見られている気がして……。



――どこか見覚えのある人影が見えた。

――あれは一体、誰だったんだろう



あの人影は、勇運くんだったんだ……!



「あの日があって、今度こそ俺が冬音を守るって思ったんだ。だから、廃墟の時は……もう兄貴を待たなかった。俺一人で冬音を助けてやるって……そう思って単体で乗り込んだ。兄貴には怒られたけどな」

「そう、だったんだ……っ」

「面倒な男だろ、俺」



言いながら、眉を下げてハハと笑った勇運くんを「面倒」だとは絶対に思わない。だって勇運くんは、私の事をずっと気にかけてくれていた。最初から、今に至るまで、ずっとずっと守ってくれていた。



「勇運くん……、」



気づかなくて、ごめんなさい。あなたが助けてくれた優しさを、守人さんへの恋に変えてしまって、ごめんなさい。私はこんなにも想われていたのに、こんなにも気にしてくれる人が傍にいたのに。今まで気づけなかった。



「ありがとう……っ。勇運くん、ごめんねっ」

「なんで謝るんだよ、違うだろ。俺がやりたいようにやってただけなんだから」

「それでも、私は……っ」



その時だった。



「冬音ちゃん! 勇運!!」



守人さんの手によって、私はがれきから引きはがされる。勇運くん――と伸ばした手は、無情にも空を掴むのみで。いくら叫んでも、あの温かな手に届かない。


そんな中、



「ありがとうな、冬音」



そう言って柔らかく笑う勇運くんが、遠くに写った。



「ゆ、勇運くん!」



いやだ、守人さん離して。勇運くん一人だけ置いて、逃げたくない!いつだって私を守ってくれた優しい彼を、私が守ってあげられないなんて。そんなの辛すぎるよ、



「いやだ……勇運くん!!」



私だって、勇運くんを守りたい――!!


すると、私を掴む守人さんが「よく見て!」と。半ば私を引きずりながら、今はもう離れてしまった勇運くんを指さした。


どんな惨状が待っているのかと、不安に揺れる私の瞳。だけど、写った景色は――



「大丈夫。今から勇運を助けるからね」

「あ……っ」



私が予想していた最悪な出来事はなく。

そこには――最高の出来事が待っていた。



警察と消防が協力をして、クレーンで看板を支えながら中にいる瓦礫を撤去していく。そして勇運くんの足が自由になった瞬間に、救急隊員により勇運くんは助けられ、ストレッチャーで救急車に乗せられた。



「意識と自発呼吸あり。外傷レベル不明」

「けっこう出血してるな。止血いそげ!」



救急車の中で、勇運くんは手当をすぐに受ける。同時に搬送先の病院が決まったのか、サイレンが鳴り救急車が出発しようとした。



「勇運くん……っ」



一緒に乗って行きたかったけど、もちろん救急車に乗車することは出来ず。柴さんの「君が行かなくてどうする」の一言により、守人さんが同乗する事になった。


「でも」と、いまだバタついている現場を見て、救急車に乗り込む守人さんの足が止まる。だけど――



「一葉、後のことは任せなさい。君は勇運くんに専念すればいい」

「柴さん……」



申し訳なさそうに下がる守人さんの肩を、柴さんがポンと叩く。



「よく頑張った。立派でしたよ」

「っ、はい……っ」



静かに、だけど心の深く奥底にささる労いの言葉を、守人さんにかけたのだった。

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