第16話 二人で、一緒に②


その後、守人さんは救急車に乗り、勇運くんと病院へ行った。


私は、守人さんと連絡先を交換していないから……騒ぎが収まった夜も、勇運くんの容態が分からず、ずっとソワソワしていた。


勇運くんは無事なんだろうか。もう病院から出た?それとも、どこか悪くて手術とか――



「……うっ」



考えれば考える程怖くなって、思わず目をギュッとつむる。気づけば、自分の手が震え、目に涙が溜まっていた。



「勇運くん……っ」



その時だった。コンコン、と。私の部屋をノックする音。私が返事をした後、入って来たのは……お父さん。



「冬音、調子はどうだ」

「……あ、……うん」



実は、家に帰った後。


がれきに突っ込んだ私の無謀な行動に怒ったお母さんが、私の頬をパチンと叩いた。お母さんに叩かれるなんて初めてだったけど、でも……その時のお母さんを見ると、泣いていて……



『お父さんだってね、危ないがれきの中に突っ込むほど、熱い男じゃなかった……っ。あんな危ないこと、もう二度としないでっ。夏海も、冬音も……どっちもいなくなっちゃうんじゃないかって、もう……どれだけ怖かったと、思ってるの……っ』

『お、母さん……ごめん、ごめんなさいっ』



お母さんと一緒に、震える体を抱きしめあってワンワン泣いて。それを見た夏海が、わけもわからず一緒に泣いて。三人で、無事を確かめ合いながら、目がパンパンに腫れるまで泣き続けた。


そんな団子状態で三人いたところに、走って帰って来たお父さんが、玄関に入るやいなや――ドサリとカバンを投げ、固まって座る私たちを丸ごと抱きしめた。



『みんな、無事だね?』

『うん……』

『そうか。良かった……っ』



その時のお父さんから、まるで泣いているような声が聞こえて。私は、そんなお父さんを見ちゃいけない気がしたから。そこからずっと、お父さんの顔を見ずに、過ごしていた。


だから、部屋に入って来た時。いつもと同じ表情を浮かべたお父さんを見て、なんだか平和な日常がすぐそばに戻って気がして……ちょっとだけ安心できた。



「疲れてるところ悪いけど、電話だよ」

「電話、私に?」


「勇運くんのスマホから、私に電話がかかって来た。もちろん、本人ではない。勇運くんのお母さんだ」

「勇運くんの、お母さん……?」



会ったことはない。勇運くんの話の中で、たまに出てくるくらいだ。そんなお母さんが、私に電話……?


ちょっと怖かったけど「出る」と、お父さんのスマホをかりる。お父さんは、また取りに来るよ、と言って部屋から退室した。



「も、もしもし……」



ドキドキしながら、スマホに耳を当てる。すると、私のお母さんよりも少し声が高い女性――勇運くんと守人さんのお母さんが、私に挨拶をした。



『あなたが冬音さんね、初めまして』

「は、初めまして。あの、勇運くんは……っ」


『大丈夫。ちょっと出血量が多いから数日入院するけど、傷も縫い終わったし、もう大丈夫よ。心配しないでね』

「出血……入院、縫う……」



勇運くん、やっぱり大変なことになっていたんだ……。それなのに、私は何も出来なくて、ただ、助けてもらうだけで。本当、情けない限りだ。



「お母さん、ごめんなさ、」



自分の不甲斐なさが申し訳なくて謝ろうとした、その時だった。


ありがとう――と。

なんと、勇運くんのお母さんからお礼を言われた。



「え、どうして……私は、何も」

『お医者さんから言われたの。”出血性ショックを起こしてもおかしくなかったのに、よく意識障害が起きなかった”って。”普通に話したり、意識を保ってられるのはスゴイ事”だって。その時、守人から聞いたの。勇運が危なかった時、あなたはそばにいて、励まし続けてくれたんでしょう?』

「あ……、」



あの時。私は勇運くんを助けられなくて、傍にいる事しか出来なくて。そして今、あの時に何も出来なかった自分に落ち込んでいた。だけど、あの時の私の行動に……、意味はあったんだ。


勇運くんを救うことが、出来ていたんだ――



「うぅ……っ、私、何も出来なくて、必死で……」

『”何も”じゃないわ、あなたは、勇運を守ってくれた。だから、どうしてもお礼が言いたかったの。勇運を守ってくれて、本当にありがとう』

「……っ、」



その時、頭の中に、私と勇運くんが映った。


暗闇の中、三角座りで小さく座る私たち。だけど、まるでお日様が昇ったように。二人の頭上で、眩しく輝く光が、暗闇をどんどん晴らしていく。すると、私と勇運くんは、手を取り合って立ち上がる。そして、その眩しい光に向かって、笑顔で歩き出した。



「う……っ、」



そうか。私たちは、



――二人で一緒に、この暗闇から抜け出そう



無事に、あの暗闇から抜け出すことが出来たんだ。



「うわ~ん……っ」



お母さんは、ただ泣きわめく私の声を、黙って聞いてくれていた。時折、私が息継ぎで泣き声が途切れる頃を見計らって「ありがとう」と何度も繰り返し、私にお礼を伝えてくれた。


その言葉は、今の私にズッシリ響いて。自分は何も出来ないと思っていた私が、まさか大切な人を助けることが出来ていたなんて――


その事が嬉しくて、どうしようもなく誇らしくて。自分で自分にありがとう、と心の中でお礼を言う。


すると、勇運くんと手を繋いでいた「頭の中の私」が、ふいにこちらを振り返る。そして「冬音は弱くなんかない。強い子だよ」と。


いつか勇運くんが言ってくれたのと同じ言葉を、笑顔で言ったのだった。




――――最悪の事故があった、今日。


私は大切な人を守ることが出来、そして、自分への自信を取り戻した、忘れられない日となった。

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