第12話 大人の魅力?


勇運くんが、私のお見舞いに来てくれた日。



――ちょっと近づいただけで、本当にするつもりは、

――勇運くんだから、大丈夫



なんて偶然のキス事があった後。病室を出た足で、勇運くんは、とある場所を目指していた。そこは――



「おや、珍しいですね。お一人ですか?」

「……」

「……どうしました?」



勇運くんが目指した先。それは、交番。柴さんが一人で机に向かっているところに、勇運くんがやってきたのだ。



「一葉なら、所用でいませんよ。すぐ帰ってきますが」

「いいんだ、俺は柴さんに話があるから」

「……私に?」



メガネをキラッと光らせて、興味津々で食いつく柴さん。「まさか例のサインがやはり欲しくなったとか?」と、ペンを回して素早くスタンバイした。


だけど、勇運くんは首を振る。


首を振る……だけで、いつもの「ちがうっての」などという彼特有のツッコミがないところを見れば、どうやら話は深刻かもしれない――


そう思った柴さんは、すぐに真面目モードに切り替える。



「冬音さんの事ですか?」

「いや。さっき病院に行ったけど、元気そうだった」

「……そうですか」



内心、「お見舞いにいくほどの仲だったのか」と思わないでもなかったけど、柴さんはあえて口にせず、勇運くんが話すのを待つ。そして、次に彼の口から出て来た言葉とは――



「兄貴のことなんだ」

「一葉の?」


「そう」

「……」



カチ、コチ……と。時計の進む音が聞こえる。街中の音が、交番の出入り口から制限なく入って来る。


というのに。今、二人の目には、お互いしか映っていない。さらには街の喧騒さえも、蚊帳の外だ。


そんな中。


勇運くんが、重たい口を開ける。それは、彼がついさっき気づいた長年の――



「俺は、ずっと勘違いしていたのかもしれない。兄貴のことを」

「……」



コチ、コチ――



静かな室内に、尚も響き渡る時計の音。その音に声をかぶせたのは、



「どうぞ、おかけください?」



真剣な顔つきをした、柴さんだった。





守人さんと柴さんが家に来た、次の日。


今日は土曜日。


昨日の事故が気になった私は、用もないのに交番の前を(さりげなく)行ったり来たりしていた。だけど、目当ての人の姿は見当たらなくて……なんだあと、肩を落とす。



「守人さん、いないなぁ」



そして柴さんもいない。交番には、いつか挨拶だけしたお巡りさん達が揃っていた。スマホで時刻を確認すると、現在十一時。


そういえば……前も朝の九時頃に交代になってたっけ。ということは、交代した後。守人さんがいないのも納得だ。



「仕方ない、帰ろっか」



交代したお巡りさんを見ても、慌ただしくしている様子はない。ということは、きっと何も問題なく。昨日の事故は片付いたんだろうな。



「会えないのは残念だけど、良かった……ん?」



家に帰っている途中に、小さな公園がある。そこをのぞくと……ベンチから、何やら長い足が伸びていた。



「なんか見覚えがあるような……」



気になって、恐る恐る近づいてみる。小さな公園だし、お昼前という事もあって、公園には人っ子一人いなかった。いざとなったら、すぐ逃げれるようにしておこう……!


ガサ、ガサッ



「……っ」



ゴクリと喉を鳴らす。ベンチの背面から迫った私は、息を殺して忍びつつ――そして、一気に前へ体を乗り出した。すると、



「しゅ、守人さん⁉」



なんと。疲れ切った顔をした守人さんが、ベンチに横になって寝ていたのだ。



「スー……」

「か、風邪ひきますよ。守人さんッ」



ゆさゆさ揺するも、全く起きない。……あ。制服じゃない、私服だ。薄いベージュのコートに、こげ茶のマフラー。ズボンは黒……って、細長い足だなぁ。



「――……こら」

「わあ⁉」



長い足に気をとられていると、急に声をかけられビックリする。そのせいかグラリと体が揺れ、冷たい地面の上に体が落ちていった。


ぶつかる!――と身構えるも、待てど暮らせど痛みはこない。強く瞑った目を開けると、守人さんの顔のドアップが、私の目の前に君臨していた。



「ひゃ……っ」

「はい、慌てない。今度こそ落ちるよ?」

「あ……」



どうやら咄嗟に体を起こし、私を救出するため抱き寄せてくれたらしい。私の体の周り、少しのすき間なく、守人さんが覆ってくれていた。


ギュッ



「大丈夫?」

「は、はい……っ」



ぼーッとのぼせるような。そんなお風呂に入った感覚が、足元から湧いてくる。今が冬なんて信じられないほど、私の全身が汗ばんでいた。



「気を付けてね」

「す、すみませんでした……」



守人さんはニコリとした後、だんだん私から手を離す。そして今度は、ベンチの背もたれに寄りかかった。何をするのかと思えば、隣の空いてる席をポンポンと叩き、



「こっちに座る?」



と誘ってくれたのだ。



「は、はい!」



二人きりになる場面は、昨日だってあったのに。今はどうして、こんなに緊張しているんだろうか。


その答えは、とても簡単で。お互いが制服ではなく、私服だから。それはまるで、デートしているみたいなのだ。私服姿で会うのは二回目だけど……全くもって見慣れない。さらには守人さんがかっこよすぎるものだから、目の行き場に困ってしまう。



「……っ」

「冬音ちゃん」

「はい!」



緊張していると、守人さんが「ごめんね」と言った。


ん? 何への「ごめんね」?



「昨日、あのあと徹夜でさ。一睡も出来なかったんだよ。さっきやっと交代出来て……たまらずココで寝ちゃってた」

「そうだったんですか……、お疲れ様です」


「冬音ちゃんは、誰か倒れてると思って心配して声を掛けようとしてくれたんでしょ? 怖がらせてごめんね」

「い、いえ!」



むしろ「あの足は守人さんじゃないかな?」と思って近づいたから……。でも本音は言わず、ブンブンと首を横に振る。すると守人さんは、チロリと時計を確認した。「十一時かぁ」なんて独り言つきで。



「……あ」



私、完璧に邪魔だよね?


これから守人さんは帰るだろうし、私がいたら私を家まで送らないとって使命感に駆られそうだし。お疲れのところ手間をかけさせるのは悪い――そう思って、ベンチを立って帰ろうと……お辞儀をしかけた。


その時だった。


パシッ



「ねぇ、冬音ちゃん。遊園地に行かない?」

「……へ?」



ん⁉

遊園地⁉ なんで遊園地⁉



「実は、さっき柴さんから遊園地のチケットもらってさ。”ずっとポケットに入っていたの忘れてました”なんて、いきなり渡してくるんだよ。ビックリだよね」

「期限……明日まで、ですね」


「ね。もったいないし、せっかくだから行こうよ!」

「えぇ、で、でも!」



私の中のハテナが湧きまくって脳内がパンパンになってきた時。「はいお母さんに連絡~」と守人さんに催促され、あれよあれよという間に。私の手は、お母さんへ電話をかけていた。


そして、



「お世話になっております、一葉です。さきほど偶然に冬音さんと会いまして、」と、守人さんがお母さんと”普通に”話している。しかも「冬音さんの気晴らしをかねて遊園地に、はい。遅くならないようしますので」なんて事まで。



え……、本当に行くの⁉


ピッ


渦巻くハテナを抱えた私に、守人さんはニコリとした。そして、



「じゃあ、行こっか。遊園地!」



と、満開の笑みで、握った私の腕を、やや強引に引っ張ったのだった。



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