第5話 勤務明けのデート?③

「一葉、引継ぎ終わりましたよ……って何してるんですか、あなた」

「げ、柴さん……!」

「”ゲ”はやめなさい。私はあなたの上司です」



そして、いつものやりとりが始まった。和む風景を見て――こみあげていた感情は、少しずつ落ち着きを取り戻す。



「ふふ」


「……」

「……」



私が笑っているのを見て、いがみ合っていた二人は顔を見合わせる。



「先ほど、ご両親に連絡をしました。ご両親は”冬音さんには秘密で”という意向でしたが、”聞いてしまったからには”と――冬音さんが情報開示を要求をするなら話してください、との事でした。なので、お尋ねします。あの事件の後のことを、冬音さんは知りたいですか?」

「……っ」



改めて言われると、心にズッシリと重りが乗っかる。

だけど、



――安心して。守るから



あの日、守人さんは言ってくれた。

そしてさっきも、



――頼りすぎるくらい頼ってよ



そう言ってくれた。あの言葉は絶対に嘘じゃないって、心の底から信じられる。だから、私は大丈夫。一人じゃないから、耐えられる。



「知りたいです、お願いします……っ」

「――わかりました」



そして柴さんと守人さんが、全てを話してくれる。

内容は、



・成希は逮捕され取り調べを受けた

・取り調べの際、深く反省していた

・それを踏まえ検察官が釈放を決定した

・既に釈放され、前と同じ居住地にいる


という事だった。


畳の部屋に通され、私は正座をして聞いていた。時たま襲って来る恐怖に、震えることもあった。だけど、その時は……



「大丈夫だよ、冬音ちゃん」



守人さんが声を掛けてくれた。「ここにいるよ、一人じゃない。ちゃんと守るよ」って、守人さんの全身が、そう言っている気がして……私は、最後まで話を聞く事が出来た。


そして、全てを話してくれた時。「これは余計なお世話ですが」と、珍しく、柴さんが言いにくそうに話す。



「親御さんが今回、冬音さんに”釈放”の事を言わなかったのは……せっかく前を向きかけている冬音さんの笑顔を、再び曇らせたくなかったんだと思います。その努力も、私たちのせいで水の泡になってしまいましたが……」

「はい、両親の気持ちは……分かっているつもりです」



今朝、お母さんが怖い顔で「行っちゃダメ」と言った理由が分かった。お巡りさんから「釈放」の話を聞いてたからだ。



「これからは……ちゃんと、気をつけます。今日は、その……ウソついて家を出てきちゃったので、帰ってきちんと謝ります」

「私たちも、日を改め謝罪に伺います。今日は、一葉がお家まで送りますので」

「……え?」



見ると、いつの間にか守人さんは着替えていた。制服じゃない、私服姿。ぴちっとした黒いズボンに、上は暖かそうな薄いブラウンのセーター。そして長い足を隠す、長いコート。それがとても良く似合っていて……思わず、顔を逸らしてしまう。



「じゃあ行こうか、冬音ちゃん……って、顔が赤いよ? 大丈夫?」

「な、なんでもありません……っ」



私服同士で歩くなんて、こんなの、まるで……デート!柴さんにお礼を言って、これから勤務のお巡りさんたちに挨拶をして……私と守人さんは、並んで歩く。



何を話そうか。それとも、何も話さない方がいいのか――



そんな事を、頭の中でグルグルと考えていた時。守人さんが「そうだ」と、私に手を出した。



「ん?」



この状況。前にも、あった気が……。そう、成希が連れて行かれた時。座りこむ私に、守人さんが手を伸ばしてくれた時があった。



――これは、掴まれ……って事なのかな?



あの時は「掴まって」って意味だった。

じゃあ、今も?



「……えいっ」



ソッと手を置こうとしたら失敗して、勢いよく守人さんの手を握ってしまう。


ギュッ


「やってしまった!」と顔を赤くする私。だけど私の横で守人さんは、もっと赤い顔をした。



「ごめん、冬音ちゃん……そうじゃなくて」

「え」

「お母さんに電話を繋いでくれる?って、そう言おうとしたんだ」



私とは反対の方を見ながら、モジモジと喋る守人さん。


っていうか……え⁉

手を繋ぐってことじゃなかったの⁉



「す、すみません! お、おか、お母さんにですね、――はい!」



お母さんの電話番号をタップして、守人さんに渡す。守人さんは、まだ赤い顔で「はい」とスマホを受け取った。いや、受け取ろうとした、だけど――



「!」

「ひゃっ」



私の手と、守人さんの手が当たってしまう。ほんの一瞬、ただの一瞬。コツンと当たっただけなのに、変に反応しちゃった……!



「ご、ごめんなさいっ!」

「いや、僕こそごめんね! って、あぁ! 通話中になってる!」

「え、あ! 本当だ!」



ちょうど電話口の向こうで、お母さんが「もしもし」と電話に出る。まだ私がスマホを持っていたから、とりあえず喋った。



「も、もしもし。冬音だよ」

「どうしたの? まさか……何か困った事があったの⁉」

「ないよ、大丈夫。今から話してもらいたい人がいるの」



私の声色から、本当に「何も問題はない」と踏んだお母さん。誰が喋るのか、静かに待っていた。すると「ありがとう冬音ちゃん」と、守人さんが私の手からスマホを受け取る。


その時、また手が当たったけど……守人さんは、今回は何も言わなかった。顔も赤くなってないし、話し方も普通だった。



「本日は申し訳ありませんでした。先ほど交番を出たので、これから冬音さんをご自宅までお送りします。いえ、こちらのせいで、ご心配をかけてしまい申し訳ありません。はい、それでは――」



電話が切れるのを待って、守人さんは「ありがとう」と私にスマホを返した。そんな守人さんに、思わず私は見入ってしまう。



「大人って、すごいですね」

「え、どうして?」

「切り替えが早いというか、何というか……」



言うと、守人さんは「プハッ」と笑った。



「大事な娘さんを送る男が、しどろもどろしてたら嫌でしょ? そんな奴に娘は預けたくないって、親なら思うよ」

「……ふふ。今のセリフは、本当にお父さんが言いそうでした」

「そっか……。優しいお父さんなんだね」



その時、守人さんは私から目を逸らす。そして下を見て、地面に転がる枯葉をクシャリと踏んだ。その横顔は、なんだか寂しそうに見える。でも、それだけじゃない「複雑な顔」にも見えた。


そう言えば守人さんは、前もこんな顔をしていた。あれは、そう。「あの日」、私を交番まで迎えに来てくれたお父さんを見た時――守人さんは、こんな顔をしていた。


そして、その顔は……私に、もう一人の人物を思い出させる。



――俺の事は、気にするな



「あ、勇運くん……」



私には分からない、勇運くんの事。

じゃあ守人さんは?


勇運くんのお兄さんなら、勇運くんの事を何か知っているかもしれない。彼が持っている、悩みを――



「あの、卑怯かもしれないんですけど……聞いてもいいですか?」



それこそ卑怯な言い方をした私に、守人さんは笑って頷いた。



「僕が答えられそうな質問なら、何でもどうぞ」



フッと笑った時、白い吐息がふわりと浮かぶ。それは上空でしばらく漂った後、跡形もなくサラリと消えた。



「勇運くんって、何か悩みがあるんでしょうか」

「え、勇運?」


「はい。昨日、私の弟を見た後。顔を青くして、いきなり帰ってしまったんです」

「……弟」



守人さんが復唱する。そして「聞いてもいい?」と、顔は前へ向けたまま。目だけをツイと、私に寄こす。



「弟くんって何才かな?」

「五才です。来年、小学生になります」



と言った時。


「――」


ピタリ、と。守人さんの足が止まった。顔を見ようにも、白い吐息が何重にも重なって上手く見えない。守人さん、今――どんな表情をしているの?



「守人さん……?」

「え、あぁ。ごめんね、何でもないよ」



何でも――の中に「話せない何か」が入っているようで。守人さんは大人だから、そういう事を隠すのが上手そうで。だから「鵜呑みにしちゃダメ」って、分かっていたのに……。いつものニコニコした顔に、私はつい、安心してしまった。



「本人の口から聞いてって、思うけど。勇運が口下手なのは、僕も頭を抱えている所だから。冬音ちゃんにだけ、特別に教えるよ」

「え、いいんですか⁉でも……勇運くん、怒りますよね。絶対」


「いつも勇運は怒ってる感じするから、大丈夫大丈夫~」

「そういう問題じゃ……」



自分で質問しておいて何を、と思われそうだけど、今更ながらに理性が戻って来て……。やっぱり聞かない方がいいんじゃない?って思っちゃう。


だけど――

守人さんは首を振った。



「むしろ勇運のために知っててほしい」

「勇運くんのためにも?」



そして守人さんが次に話す事。

その言葉に――

私は、全ての意識を持って行かれた。



「勇運はね、子供が嫌いなんだよ。

特に君の弟くらいの年齢の子が、


許せないんだ――」


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