第6話 逃げない
「勇運はね、子供が嫌いなんだよ
特に君の弟くらいの年齢の子が、
許せないんだ――」
守人さんから、勇運くんの事を聞いて数日が経った。
あれほど金曜日に「月曜日に絶対に勇運くんと話をする」と意気込んでいた私だけど、週が明けても……その意気込みは、不完全燃焼のままくすぶっている。
「嫌い、って言われたらね……」
いくら私が勇運くんに近づこうとしたって、勇運くんが私の弟・夏海を嫌ってるんじゃ仕方ない。夏海を見ただけで、震えるくらい怒って、帰ってしまった勇運くんだ。
「それに……”嫌う”だけじゃなくて、”許せない”んだもんね」
勇運くんが、どうして子供を嫌っているのか。それは聞く事は出来なかった。守人さんも、それ以上は話せない雰囲気を醸し出していた。
私が「どうして嫌いなんですか?」と理由を聞いたら、優しい守人さんは答えてくれるかもしれないけど……無理やり聞く事はしたくない。
勇運くんは、子供が嫌い。
その事が分かっただけでも、私は、勇運くんの接し方が分かった気がするし……。
――俺の事は気にするな
勇運くんも、自分に触れられたくないから、こうやって線引きをしたんだと思う。だったら、私は勇運くんの気持ちを汲んで、これ以上近づくのは止めた方がいい。
「って、思っているのにな」
頭の中に浮かぶ、勇運くんが書いてくれた私の名前。今の私は、あの日の名前のように――まだシャンと立てていない気がした。
◇
「ねぇ莉音ちゃん」
「なんだい、冬音くん」
「この状態は、何ですか」
「何を今更。尾行だよ」
び、尾行――?
首を傾げる私の横で、なぜか莉音ちゃんは眼鏡をかけていないのに、カチャリとフレームを上げるマネをした。なんだかサマになってるのが不思議。
「どうして、尾行してるの?」
「それはね、君と勇運くんの間に何かよからぬ事があったんじゃないかと、私が不安になってだね」
「あ、ありがとう……?」
確かに、莉音ちゃんには「勇運くんと話せない」って何度か相談していた。だけど、今の莉音ちゃんを見る限り……
「恋に必要なのは、ハプニングとスパイス! 私が見張っているから、堂々といってらっしゃい!」
ドンッ
「わぁ!」
どうやら私が勇運くんを好きで、だけど恥ずかしくて話し掛けられなくて沈んでいる――と勘違いしたらしい莉音ちゃん。放課後、奇跡的に勇運くんしか残っていない教室の中へ、強引に私を投げ入れた。そして、すごい勢いでドアを閉める。
バタンッ
「……」
「……」
教室の中には、勇運くんと私。お互い三秒見つめた後、気まずくてフイと視線を逸らした。かと思えば、勇運くんはカバンに手を掛ける。どうやら、帰るらしい。
そ、それはダメ! せっかく莉音ちゃんが作ってくれたチャンスが、無駄になっちゃう!
「ゆ、勇運くん……!」
思い切って、声をかける。迷惑だって分かってるけど、でも……あの日、一緒に交番に来てくれた事は、どうしてもお礼が言いたいから。
「……なんだよ」
「えと、あの……この前、一緒に交番に行ってくれて、本当にありがとう」
「別に。俺も用があっただけだし」
私と目を合わせるも、それは一瞬のこと。勇運くんは、すぐに視線を自身のカバンへと移した。
「じゃ、俺は帰るから」
「あ、ちょ……待って!」
私と勇運くんの距離、それは机三個分。近いような、遠いような。そんなあやふやな距離感が嫌で……私は、スッと足を一歩踏み出す。
でも――
「来るな」
「……え」
勇運くんからの冷たい一言が、私の足を凍らせる。ピクリとも動かなくなった私に、まるでとどめの釘をさすように――勇運くんは、冷たい目で、冷たい声で、こう言った。
「もう三石とは関わらない」
「それ、どういう……」
「だからお前も、話し掛けるな」
「まって、勇運くん!」
緊張して、少し怖くて。動かなくなった足の代わりに、必死に手を伸ばす。そんな私を見て、勇運くんは距離を縮める。そして、私が伸ばした手に自分の手を伸ばして――指先同士がそっと触れた。
「ゆ、勇運くん……?」
「……」
手が触れた、かと思えば。少しずつ重みを加えていき、私の手を強制的に下げる。そして私の指先が床に向いた瞬間――勇運くんは、素早く私から手を離した。その時の瞳は鋭いけど……なんだか切なそうだった。
「この手は、違うだろ」
「ちがうって、どういう事? 教えてよ、勇運くん」
「……」
勇運くんは、下唇をキュッと噛む。そして、何かを言いたそうに開いた口は……結局、何も言わずに静かに閉じた。そのまま私に背中を向け、顔を見ないまま――「俺じゃなくて」と、小さな声で呟く。
「三石には、こんな”小さい”俺じゃなくて、いつもニコニコしてる兄貴がいるだろ。あんな兄貴だけど、警察だ。困った事があったら、そっちに手を伸ばせ。兄貴を頼れよ」
「勇運くん……」
勇運くんは、小さくなんかない。絶対違う。なのに、どうしてそんな事を言うの?
そのままドアを目指す勇運くん。取っ手に手を掛けた途端――勇運くんは、私の方へ少しだけ振り返った。
「こんな俺で、ごめんな」
パタン
渦巻く感情とは反対に、ドアは静かに閉められる。それは私と勇運くんの交友を完璧に遮断された比喩にも思えて。思わず、心臓がキュッと締め付けられたように苦しくなった。
「……っ」
勇運くんを引き留めることが出来なかった私が悔しくて、こぼれそうになる涙を、グッと我慢する。このままメソメソ泣くなんて、そんなのイヤだ。
「勇運くん、どうして? なんで、そんな事を言うのかなぁ」
――こんな俺で、ごめんな
勇運くんは「こんな」でまとめられるほど、小さな人じゃないよ。何度も私に寄り添い、助けてくれた。そんな人が自分の事を「こんな」なんて言わないで。
「訂正してよ、勇運くん……!」
キッと、ドアを見つめる。前の私なら、ここで突っ立っているだけだった。だけど、今の私は――もう昔の私じゃないから。
「今の私は”カッコいい”。そうでしょ、勇運くん」
それは、あなたが言ってくれた言葉。
――こんな私って言うけど、今のお前はカッコいいよ
勇運くんが言ってくれた言葉を、曲げない私でいたい。勇運くんの言ってくれた言葉は本当だったって、いつだって自分自身で証明していたいの。
ガラッ
「冬音ちゃん~、いま勇運くん出て行ったけど、もう話しは終わったの?」
「……まだ、終わってない」
「でも……――」
でも、と言った莉音ちゃんは、私を見た。そして「心配無用だね」と笑みを浮かべる。
「そんなに”不満そう”な顔してる冬音ちゃん、初めて見たかも。まだまだ話し足りないんだね」
「うん。まだ、全然なの。まだまだ勇運くんと話したい」
「そっか、なら――行ってらっしゃい」
莉音ちゃんは、私のカバンを「ハイ」と手渡してくれる。そして私は、
「ありがとう莉音ちゃん。行ってきます!」
笑顔で、リレーのバトンみたいに力強く受け取った。
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