暴君の玉座
王城の大広間へと続く扉が、轟音と共に砕け散った。 爆風と土煙が舞う中、レオナルドは静かに玉座の間へと足を踏み入れた。 広大な空間には、数百名の近衛兵と宮廷魔術師たちが待ち構えていたが、その顔色は一様に蒼白だった。彼らは本能で悟っているのだ。目の前に現れた“たった一人”の男が、自分たちの手に負える存在ではないことを。
「き、貴様……! ここをどこだと思っている!」
玉座に座る暴君が、震える指を突きつけた。 豪華な衣装に身を包み、贅の限りを尽くしたその姿。三千人の命を死地へ追いやりながら、のうのうと肥え太ったその顔を見て、レオナルドの胸中には静かだが猛烈な怒りの炎が灯った。
「レオナルドと言ったな! 勅命を果たしに戻ったか! ならば『秘宝』はどうした? 不老不死の秘薬か? それとも国をも富ませる財宝か!?」
この期に及んで、王の口から出るのは欲望の言葉だけだった。 レオナルドは冷ややかに笑った。
「ああ、持ってきたぞ。『深淵の秘宝』をな」
彼は一歩、前へ出た。 「構わん! 殺せ! 秘宝を奪い取れ!」 王のヒステリックな命令が響く。近衛兵たちが雄叫びを上げて殺到し、魔術師たちが一斉に攻撃魔法の詠唱を始めた。
だが、レオナルドの世界において、それらは止まって見えた。
「遅い」
ヴァンパイアから奪った「神速」が発動する。 レオナルドの姿がブレて消えたかと思うと、先頭を走る兵士たちの武器が、次々と音もなく弾き飛ばされた。 斬る必要すらない。グールの「剛力」を込めた拳や裏拳が、鋼鉄の鎧を紙のように凹ませ、兵たちを دم鞠(まり)のように吹き飛ばしていく。 放たれた火炎や雷撃の魔法も、デスナイトの鎧(オーラ)を纏った彼にはそよ風程度にも効かない。
「な、何だあいつは……!?」 「化け物だ! 剣が通じない!」
ものの数秒。 圧倒的な暴力の嵐が過ぎ去った後、玉座の間で立っているのはレオナルドただ一人だった。 死屍累々の山──ではない。彼は誰も殺してはいなかった。ただ、二度と刃向かえぬよう無力化しただけだ。 それが逆に、王に底知れぬ恐怖を与えた。
レオナルドはゆっくりと、王へと歩み寄る。 カツン、カツンと響く足音が、王にとっては死刑執行のカウントダウンのように聞こえた。
「ひ、ひぃ……くるな、来るなァ!」 王は玉座から転げ落ち、無様に後ずさった。 「よ、予は王だぞ! この国の支配者だ! 金ならやる! 地位もやる! だから……ッ!」
「支配者?」 レオナルドは王の目前で足を止め、冷たく見下ろした。 その瞳は、迷宮の闇よりも深く、冷酷な光を宿している。
「お前は何も支配してなどいない。お前が積み上げたのは、民の犠牲と、兵士たちの屍だけだ」
レオナルドは剣を抜いた。 それは迷宮で拾い、共に戦い続け、血と魔力を吸い続けてきたボロボロの剣。だが今は、どんな名剣よりも鋭い輝きを放っている。
「これが『秘宝』だ」
レオナルドは剣を王の喉元に突きつけた。 「三千人の絶望、怨念、そして生への執着。深淵の底で培われたこの力こそが、お前が欲した迷宮の答えだ」
「あ、あ、あ……」 王は恐怖に瞳孔を開き、失禁し、言葉を失った。 その脳裏に、レオナルドを通して、迷宮で散っていった三千の騎士たちの亡霊が見えた気がしたのだ。彼らが一斉に、「我らを返せ」と王を睨みつけている幻覚が。
「殺しはしない。死による救済など、お前には生温かい」
レオナルドは剣を引いた。 だがその直後、王の眉間に指を当て、デスナイトから奪った「恐怖の呪印」を刻み込んだ。
「これより先、お前は毎夜、夢の中で迷宮を彷徨うことになる。俺たちが味わった絶望と恐怖を、死ぬまで永遠に味わい続けるがいい」
「アアアアアアッ!!」 王は頭を抱えて絶叫し、その場でうずくまった。精神が崩壊し、二度とまともな思考を取り戻すことはないだろう。暴君の治世は、この瞬間をもって終わりを告げた。
レオナルドは踵を返した。 広間の入り口では、騒ぎを聞きつけた大臣たちが震えながら立ち尽くしている。 彼は彼らに向かって、静かに告げた。
「王は病に伏した。……あとは、お前たちがまともな国を作れ。二度と、無意味な犠牲を出さぬようにな」
それは命令ではなく、神託のような重みを持っていた。 大臣たちは操られるように深く頭を垂れ、道を開けた。
城を出ると、空は突き抜けるような青空だった。 長い戦いが終わった。復讐も、未練も、すべて果たした。 今の彼に残っているのは、心地よい疲労感と、これからの未来への希望だけだ。
「……帰ろう」
レオナルドは鎧を脱ぎ捨てた。 もはや、戦うための鋼鉄は必要ない。 彼は一人の青年として、愛する人が待つ教会への道を、穏やかな足取りで歩き始めた。 その背中に、かつて迷宮を彷徨ったアンデッドの影はもうない。 そこにあるのは、死を超えて愛を掴み取った、真の英雄の姿だけだった。
(完)
暴君君主に『迷宮深部へ行ってこい』と言われましたが、辿り着けないままアンデッドになりました〜意志の力だけで無双するアンデッドは、家に帰りたい〜 @ikkyu33
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