約束の帰還
地上への出口を抜けた瞬間、強烈な光がレオナルドの視界を白く染めた。 思わず腕で顔を覆う。だが、それはアンデッドが太陽に焼かれる痛みではない。単なる眩しさだ。 肌を撫でる風の温度、草木の匂い、鳥のさえずり。そのすべてが、彼が長い間絶望の淵で夢にまで見た「生者の世界」のものだった。
「……帰ってきたんだ」
レオナルドは深く息を吸い込んだ。肺を満たすのは、湿ったカビの臭いではなく、澄んだ外気だ。 彼は一歩ずつ、王都へと続く道を歩き始めた。足取りは軽く、その全身からは隠しきれない生命力と、人智を超えた覇気が漂っている。
王都の門に辿り着いた時、衛兵たちが槍を構えて彼を止めた。 「止まれ! そのボロボロの鎧……まさか、貴様!」 衛兵の一人が青ざめた顔で叫ぶ。 「その紋章は、三年前に全滅したはずの王宮騎士団……!? 馬鹿な、生き残りがいるはずがない!」
(三……年?)
レオナルドは僅かに眉をひそめた。 迷宮での終わりのない戦いは、地上の時間にして三年の歳月を費やしていたのだ。 「通してくれ。私は騎士レオナルド。ただ一人、帰還した」 静かだが、有無を言わせぬ威厳に満ちた声。ヴァンパイアの魔力を帯びたその言葉は、衛兵たちを畏縮させ、自然と道を開かせた。
王都の通りを歩く彼の姿に、人々はどよめき、指をさした。 死んだはずの騎士が、幽鬼のような鎧を纏い、しかし神々しいほどの美貌で歩いている。それは奇跡の生還か、それとも亡霊の再訪か。 だが、レオナルドの耳に雑音は入らなかった。彼の足は、迷うことなくある場所へと向かっていた。
街外れの、小さな教会。 そこに、彼女はいた。 質素な喪服に身を包み、祭壇の前で静かに祈りを捧げている背中。三年もの間、決して帰らぬ恋人の冥福を祈り続けていたのだろう。その細くなった肩が、レオナルドの胸を締め付けた。
「……エレナ」
震える声で、その名を呼んだ。 祈りが止まる。彼女の肩がビクリと跳ね、恐る恐る振り返る。 信じられないものを見るように目を見開き、彼女は口元を手で覆った。 「嘘……レオナルド……?」
「ああ、遅くなってすまない。……約束通り、帰ってきた」
レオナルドは歩み寄り、彼女の前に膝をついた。 かつてのように、騎士が貴婦人に誓いを立てる姿勢で。 エレナの瞳から涙が溢れ出し、彼女はふらつく足取りで彼に駆け寄った。
「レオナルドッ!」
彼女の腕が首に回され、その温もりが伝わってくる。 レオナルドもまた、彼女の背に腕を回し、強く抱きしめた。 かつての腐った肉体ではない。冷たい骸骨でもない。 温かい血が通い、心臓が脈打つ、確かな人間の体で、彼女の体温を感じることができた。
「温かい……本当に、あなたなのね……」 「ああ。君に会うために、地獄の底から這い上がってきた」
二人は言葉もなく抱き合い、再会の喜びを噛み締めた。 失われた三年間を埋めるように。この温もりこそが、レオナルドが怪物に堕ちることなく、人間としての尊厳を取り戻した最大の報酬だった。
しかし、その感動の最中、教会の外から重々しい蹄の音が近づいてくるのを、レオナルドの超人的な聴覚は捉えていた。 王家の紋章を掲げた馬車と、武装した兵士たちの気配。 暴君からの使者だ。 「唯一の生還者」という情報は、既に王城へと届いていたのだろう。
レオナルドはエレナの肩を優しく離し、涙を拭った。 その瞳には、愛する者への優しさと同時に、決して折れない騎士の──いや、死を超越した王の如き冷徹な決意が宿っていた。
「待っていてくれ、エレナ。まだ、終わらせなければならないことがある」
彼は立ち上がり、教会の扉へと向かう。 かつて自分たち三千の騎士を死地へ追いやり、何食わぬ顔で玉座に座る暴君。 その罪を問う時が来たのだ。 地獄を見てきた男の、真の「復讐」と「正義」の戦いが、今始まろうとしていた。
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