「死の王」との決別


蒼白の肌に、貴族のような気品と野獣の獰猛さを秘めた騎士。 今のレオナルドが放つ気配は、かつて迷宮の隅を逃げ回っていた頃とは比較にならないほど鋭く、強大なものになっていた。


彼は迷宮の最深部、あの「デスナイト」が鎮座する広間へと戻ってきた。 かつては恐怖に震え、逃げ出すしかなかった場所。だが今は、武者震いだけが体を熱くさせている。


「待たせたな」


静かな声が、広間に響く。 闇の中に佇む漆黒の巨影がゆっくりと動いた。デスナイトの兜の奥で、真紅の眼光がレオナルドを捉える。以前のような「羽虫を見る目」ではない。対等な、いや、自らを脅かす敵対者として認識した証拠に、デスナイトは無言のまま大剣を正眼に構えた。


殺気が肌を刺す。だが、レオナルドは不敵に笑みを浮かべた。 (見える……今の俺には、奴の殺気の流れが見える)


轟音と共に戦いが始まった。 デスナイトの踏み込みは大地を揺らし、その斬撃は暴風を巻き起こす。だが、レオナルドはその巨剣が振り下ろされる軌道を完全に見切っていた。 ヴァンパイアから奪った「神速」が、彼の体を風よりも速く運ぶ。 紙一重で回避し、すれ違いざまに剣を叩き込む。


ガギィンッ!


硬質な音が響き、デスナイトの黒い鎧に火花が散る。以前は傷一つつかなかった装甲に、深い亀裂が刻まれた。 「効くぞ……今の俺の攻撃なら!」 グールの剛力と、レヴナントの執念、そしてヴァンパイアの魔力。全てを剣に乗せ、レオナルドは猛攻を仕掛ける。


しかし、伝説の騎士と呼ばれたデスナイトもまた、伊達ではない。 レオナルドの速さに即座に対応し、重厚な剣技で反撃に転じる。回避しきれなかった一撃がレオナルドの脇腹を抉るが、傷口は瞬く間に蒸気を上げて塞がっていく。 「無駄だ! 俺は止まらない!」 防御を捨てた捨て身の突撃。肉を切らせて骨を断つ、狂気じみた戦法こそが、不死者同士の戦いを制する鍵となる。


剣戟の嵐の中、レオナルドはふと、デスナイトから伝わる「感情」を感じ取った。 それは怒りでも憎しみでもない。 深い悲しみと、安らぎへの渇望。 かつて英雄として死に、死してなお迷宮の番人として縛り付けられた男の、終わらない孤独。


(お前も……帰りたかったのか?)


刃が交差する一瞬、心が通じ合うような感覚。 だが、だからこそレオナルドは引かなかった。 お前はここで終わりを受け入れた。だが、俺は違う。俺は拒絶する。どんなに醜く変わろうとも、俺は生者の世界へ帰るのだ。


「俺は……生きるッ!!」


魂の咆哮と共に、レオナルドの剣が限界を超えた輝きを放つ。 デスナイトの大剣ごと、その胴体を両断する一撃。 閃光が広間を埋め尽くし、ついに漆黒の巨体が膝をついた。


ガラガラと音を立てて崩れ落ちるデスナイト。その兜が転がり落ち、中から風化した灰が舞い上がる。 英雄の魂はようやく、呪縛から解き放たれたのだ。 消えゆく骸(むくろ)の中心に、脈打つ黒い結晶──「冥王の心臓」が残された。


レオナルドはそれを拾い上げると、迷うことなく自身の胸へと押し当てた。 ズプッ、と肉体がそれを飲み込む。 瞬間、凍りついていた彼の胸の奥で、爆発的な衝撃が走った。


ドクン。


それは、ずっと忘れていた音。 冷たい魔力による駆動ではない。熱い血液を全身へ送り出す、生命の鼓動。 「心臓が……動いている……」 胸に手を当てる。トクトクと確かなリズムが掌に伝わる。体温が戻り、蒼白だった肌に赤みが差していく。


彼はついに手に入れたのだ。 完全なる肉体。人間と変わらぬ温もりと、人間を超える力を持った、究極の存在としての生を。


「……終わったんだな」


レオナルドは広間の奥、地上へと続く階段を見上げた。 長い、長い悪夢だった。だが、もう逃げる必要も、隠れる必要もない。 彼は剣を鞘に納め、一歩を踏み出した。 その足取りは力強く、帰るべき場所へ向かう希望に満ちていた。


迷宮の出口から差し込む光が、レオナルドの顔を照らす。 眩しさに目を細めたその表情は、もはや怪物のものではない。 数多の死を乗り越え、約束を果たすために帰還した、一人の騎士の顔だった。

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