たっくんはお寿司屋さん

小若菜隆

たっくんはお寿司屋さん(全1話)

たっくんのおうちはお寿司屋さんです。

お父さんは毎日、お寿司を握っています。

「へいらっしゃい! なんにしましょ!」

元気な声で、いつもニコニコ。お客さんもお店いっぱいです。

「へいお待ち! 日本一のマグロだよ!」

お母さんはお父さんのお手伝い。

「いらっしゃいませ! こちらの席にどうぞ!」

お母さんも笑顔でお客さんとお話しています。

「お父さんもお母さんも楽しそう! 僕も大きくなったら、お寿司の職人さんになるんだ!」

たっくんは、そう思っていました。


「お店屋さんごっこしようよ!」

「たっくんはお寿司屋さんね!」

お友だちとお店屋さんごっこをしても、たっくんのお寿司屋さんは大繁盛。

「へいらっしゃい! なんにしましょ!」

「マグロちょうだい!」

「僕も!」

「へいお待ち! 日本一のマグロだよ!」


でも、ある日。

お父さんとお母さんが悲しい顔をしていました。

「どうしたの?」

たっくんが聞くと、お母さんが「たっくん、今度ね、引っ越さなきゃいけないの」と言いました。

「なんで引っ越さなきゃいけないの?」

たっくんはお父さんに聞きました。

「道を大きくするから、どいてくれって頼まれたんだ。人様から頼まれたんじゃ断れねぇ」

お父さんは大きくため息をつきました。

「いやだい! ここは僕んちだい!」

たっくんは言いましたが、お父さんもお母さんも「仕方ないんだよ」と首をふるばかり。

そして、引っ越しの日。

たっくんは、いつもよりも大きな声で、

「ここは僕んちだい!僕んちなんだい!わーん!」

とうとう泣き出して、押し入れに隠れてしまいました。


たっくんは大きな声で泣いていましたが、疲れてしまって、いつの間にか寝てしまいました。次に起きたとき、見たこともない部屋で寝ていました。

「おはよう、たっくん。ここが新しいおうちだよ」

たっくんは慌てておうちの中を歩き回りました。でも、お寿司屋さんにあったテーブルも、カウンターも、お魚を入れていた大きな冷蔵庫も、なくなっていました。


翌日、お父さんはスーツを着て出かけていきました。

次の日も、その次の日も、また次の日も。

お父さんはスーツを着て出かけていきました。

「お父さん、お寿司屋さんじゃなくなっちゃったんだ! お寿司の職人さんじゃないお父さんなんて、お父さんじゃないやい!」

たっくんはお父さんが大好きでしたが、わざと口をきかなくなりました。


「お店屋さんごっこしようよ!」

「じゃあ、僕はお寿司屋さん!」

「えっ? でも、たっくんのおうち、もうお寿司屋さんじゃないよ?」

「お寿司の職人さんじゃないのにお寿司屋さんって、へんなのぉ!」

お店屋さんごっこするとき、お友達に言われてしまいました。

「いいんだい! お寿司屋さんだい!」

でも、たっくんのお寿司やさんにお友だちは来ません。


「よぉーし、僕ぜったい、お寿司の職人さんになる!」

たっくんはお魚の本をたくさんたくさん読みました。

「春はね、サヨリって魚がおいしいんだ。夏はコチとハモ、秋ならサンマ、冬ならヒラメがオススメさっ!」

お友だちや幼稚園の先生からびっくりされるほど、お魚に詳しくなりました。


それから、しばらくして。

「たっくん、お父さん、またお寿司の職人さんをやるぞっ!」

「えっ! ほんとう!」

「あぁ、本当だ」

「でも、お父さんはお寿司の職人さん、やめたんじゃないの?」

「やめてなんかないさ。新しくお寿司屋さんができる場所を探してたんだ。おうちがお寿司屋さんじゃないけど、新しいお店をやるぞ!」

「わぁい! やっぱりお父さん大好き!」

たっくんはお父さんに抱きつきました。


新しいお店はテーブルもカウンターも新品でピカピカ。冷蔵庫は前と同じものでしたが、お母さんがたんねんに拭いて、やっぱりピカピカです。

お父さんが聞きました。

「たっくんも大きくなったら、お母さんと手伝ってくれるかい?」

「うんっ! 僕、お魚の勉強してるんだ! お父さんとお母さんと、お寿司屋さんやるんだい!」


お父さんは今日もニコニコ、お寿司を握っています。

「へいらっしゃい! なんにしましょ!」

お母さんも笑顔でお客さんを迎えます。

「いらっしゃいませ! こちらの席にどうぞ!」

大きくなったたっくんも、元気な声で言いました。

「へいお待ち! 日本一のマグロだよ!」


(了)


※※※※※※


(掲載当初に記載しておりました「あとがき」は近況ノートに移しました)

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