悪星狼鎧ロウガイアー
鯔副世塩
悪の星 前編
ヒトが鉄の方舟で母なる地球から星の宙に飛び出して幾世霜。
悠久の果てに見つけた地球と同等の惑星……エルオーと名付けた星にて、ヒトが──ヒト“のみ”が生命体として在り。
消費用する若者の数は、五十人前後が限度で、常に大多数を生かさず殺さず……つまり“有効活用”しており。加工食用、繁殖相手、実験用、労働力、余興的殺害等。老涯者にとって若者は様々な用途の“肉袋”でしかない。
虐げられ消費され続ける若者……不老児たちは、それを当然として受け入れている。そして死に際に思う。
何故、こんな目に合わなければいけなかったのか?
その答えは、誰にも分からない。
☆
『廃棄処理番号:RF-007B。最終検査終了。身体損耗率六八パーセント。活用可能範囲外。脳機能低下確認済み』
無機質な合成音声が響く広大な廃棄保管庫。無数の収納ポッドが整然と並ぶその一隅で、ポッドの一つが淡く光った。蓋がゆっくりと開き、中から現れたのは痩せこけた少年。左腕と右足には皮膚が溶けたような痕跡が残っている。顔色は土気色で、焦点の合わない瞳が天井を見つめていた。
「……こほっ」
少年の口から漏れた声は掠れていた。不老児として生産され、労働で酷使し続けた肉体は限界を超えていた。ただ一つだけ心に刻まれていたのは、「自分は道具でしかない」という認識だった。
その時だった。
ガコンッ!という重い金属音と共に、保管庫の厳重な扉が突然開いた。警報すら鳴らない異常事態に少年の虚ろな目がわずかに動く。そこに立っていたのは――
白銀の長い髪をふわりと揺らしながら、好奇心に満ちた大きな瞳でこちらを見つめる少女だった。服装は他の不老児と同じ簡素なものだが、首元には通常ありえない「青い結晶」が輝いている。
「あなた、まだ生きてる?」
「……お前は……?」
無邪気な少女の問いかけに少年は唖然とした。ここは完全隔離された廃棄ゾーン。侵入者はまずあり得ない。ましてやこんな子供が……。
「私はブランカ! 見て! これ!」
少女は誇らしげに首元の結晶を掲げる。そこにはハッキリと「Blanca」と刻まれていた。
「これは『名前』。不老児が『獲名者』になるための最初の一歩なの!」
少年は驚愕した。獲名者。それは噂で聞いた存在だった。自我を保ち、自由意志を持ち、さらに自分の名まで獲得した者。この過酷な世界で最も不可能な存在が今、目の前にいる。
「なんで……こんなところに……?」
「私と同じヒトがいるかなって。不老児には廃棄される寸前にしか会えないから……もしかしたらって期待してるんだ」
その言葉に少年は怒りを感じた。面白半分で命懸けの場所に来るなんて。しかし次の瞬間、彼女の手が差し伸べられる。
「ねぇ、一緒に来ない? このままじゃ、あなた本当に処分されちゃうよ?」
「冗談言うな……お前みたいなヤツが一人増えても何も変わらない……俺はもう……」
ブランカの表情が一変した。優しかった瞳が鋭く細まり、真剣な声音に変わる。
「本当にそれでいいの?」
「いいって……何が……」
「生きたく、ないの?」
ブランカはポケットから小さな結晶体を取り出した。
「これはね、老涯者が使う認証キーの予備。これがあれば……」
「そんな危険なことを……」
「生きるためだよ」
彼女はニヤリと笑い、少年の片腕を引いた。
「行こう! 地下に潜ればきっと自由に生きられる!」
その瞬間、背後の警備システムが作動する警告音が轟いた。ブランカは焦ることなく指を立てて言った。
「時間がないわ。007B……いいえ、あなたの名前は何?」
少年は息を呑んだ。幼い頃に与えられた記号ではなく、自分の、己を指し示す、名前――
「……ロボルフ……」
「決まりね! ロボルフ! 一緒に行こう!」
ブランカの叫びと共に、二人は暗闇へと駆け出した。その先にあるのは絶望か希望か。ただ一つ確かなことは、ロボルフが初めて「自分」のために立ち上がろうとしていることだった。
廃棄保管庫から脱出したロボルフとブランカは、警備ドローンの追跡を振り切りながら広大な地下通路を疾走していた。壁面には苔が這い、崩落しかけた天井からは微かな地熱の蒸気が立ち上る。文明の名残の上から新たに支配された場所は、ただ腐食と沈黙が支配する空間だった。
ブランカが先行し、古びた隔壁を無理やりこじ開ける。電子ロックなどあってないようなもの。彼女の手にある認証キーが鈍く光る。
「本当に……こんな場所行けるのか?」
ロボルフは半信半疑だった。長年の家畜生活で培われた諦念が頭をもたげる。
ブランカは前方に視線を向けつつ、手元の認証キーを握りしめる。
「行けるはずだよ。老涯者の資料室で見た記録によると……この施設の奥には『不可侵区域』って呼ばれるエリアがあって――」
突然、ブランカの言葉が途切れた。床が軋む音と共に足元が崩れ落ちる。巧妙に擬装二人は暗い亀裂に飲み込まれていく。
「ロボルフっ!」
「ブランカ――!」
空中で互いの手を掴もうとするも、落下の勢いに引き裂かれてしまった。冷たい闇が彼らを包み込み、意識が遠のいていった……
☆
「う……」
『ほォ。まだ生きておったか』
重厚な声が鼓膜を震わせる。ロボルフは全身を打ちつけた痛みに呻きながら目を開けた。巨大な金属製の棺のようなものが眼前にそびえている。その表面には幾何学模様と古代文字が刻まれており、内部から仄かな青白い光が漏れていた。
「何……だ…?」
『死にかけの分際で何だと来たか。無礼な小僧だ……しかし、落ちて来たとはいえ生きている事を褒めるべきか?』
「そういうお前は……何なんだ……どこから喋ってる」
『儂はロウガイアー。貴様の目の前にある棺から喋っておる』
棺から発せられる声には明らかな威圧感があった。ロボルフは警戒しながらも視線を巡らせる。どうやら落下した先は狭い祭壇のような空間で、周囲には朽ち果てた祭具が散乱していた。
『あの忌々しい老涯者どもに封じられて久しく生物に会って無かったのでな。死ぬなら死ぬで儂の話し相手になれよ」
その傲慢な物言いにロボルフは眉をひそめた。
「死ぬ気は……無い。俺は、生きるんだ」
『そのボロボロの身体でか? 笑わせる……だが、そうか。生きたいか、小僧』
「ああ……自由に、生きたい」
棺の蓋がゆっくりと持ち上がる。内側には無数の導管と機構が蠢き、中央には漆黒の鎧が鎮座していた。狼の意匠を凝らしたその造形は美しさと禍々しさを兼ね備えている。
『ならば、その死にかけの身体を治してやろう。生きたいのなら鎧の胸に貴様の手を当てろ』
ロボルフは息を飲んだ。ついさっきまで死を待つだけだった自分が、生き延びられる可能性を得たのだ。しかし同時に危惧が過ぎる。本当に信じて良いのか……
「お前は……どうしてそこまでする」
『ただの余興だ。それに、貴様がその死にかけの身体から治るには、儂と波長が合わなければならん。合わないなら貴様が死ぬだけよ』
ロウガイアーの声には嘲笑が混じっていた。だが不思議と屈辱は感じない。むしろ胸の奥で何かが疼いた。
ロボルフは足を引きずって、ロウガイアーの前に立ち、鎧の胸に手を当てる。
『名乗れ。貴様の名を』
「俺は……ロボルフだ」
名を告げた瞬間、鎧からロボルフの手を通して膨大な情報が頭に流れ込む。まるで濁流に放り込まれた様な感覚に、絶叫しそうになるが、噛み殺し。ただ一念を──生きたいという意思を必死に抱く。
そうして、永遠とも思える苦痛に耐えたロボルフは鎧から手を離し、地面に蹲る。
『ふん。波長が合ってしまったか。つまらん』
「お前は……俺が死ぬのを見たかったのか……?」
『見たいかと問われれば見たかったが。貴様みたいな小僧に使われるとは思わなかったのでな』
咳き込むロボルフはロウガイアーの声を凌ぐ様にして耳に入れていた。視界が暗くなっていき、いよいよもって命の危機を感じたロボルフは起死回生を図るべく、
「アークセイリオス。ロー、ゲイン」
静かに告げた瞬間、漆黒の鎧が眩い閃光を放った。導管が生き物のように伸びてきてロボルフの四肢に絡みつく。どこか温かい感覚が伴っていた。
『小僧……契約成立だ。今日より貴様は儂の主。そして儂は貴様の牙』
ロボルフを覆う鎧は漆黒。闇の様な黒い甲冑が全身に纏い、一際目を惹くのは頭部。
狼の意匠を象る
ともすればマフラーと思える程に髭は長かった。
「これが……」
『“伝説の狼鎧”、ロウガイアーの起動形態だ。延命できて良かったな小僧』
「さっきから小僧って……俺はロボルフだ」
『ふん。儂を使いこなせたら好きなだけ呼んでやるわ』
黒い鋼が肌に馴染んでいく。傷ついた身体が修復されていくのを感じながら、ロボルフは新たに宿った力を確かに受け止めた。そこで薄暗かった部屋に警戒灯が赤く点滅し始める。
「ここにも来るのか」
『丁度良い。来るのならば試し斬りと行こうか』
ロウガイアーの獰猛な呟きと同時に扉が吹き飛ばされる。
現れたのは様々な機械。人を模した物も有れば、大型の重機、小型のドローン……多種多様な鋼の機械に共通するのは、
無機質な殺意から、弾丸が放たれる。
ロボルフが感じたのは撃たれる恐怖──ではなく。
己の生命活動を邪魔されるという怒り。
自身の怒りにロウガイアーは、せせら笑うが、ロボルフは気にする事無く。
眼前の機械軍団を鉄屑にするべく地を這うように駆け出す。
小型のドローンやアンドロイドを殴り、蹴り、縦横無尽に破壊していく。
機械の残骸を踏み砕き、立ち塞がる巨大な機械に対し闘志を燃やすロボルフは、背中に装着された長剣の、リング状の柄を握り締め、引き抜く。
鋏をそれぞれ分解したような長剣を構え、ロウガイアーと契約した際に流し込まれた情報を取捨選択。攻撃パターンと身体を連動させて巨大な機械兵器すらも瞬く間にバラバラにしていく。
向けられる銃口を持つ機械を片っ端から破壊し、積まれた残骸の上に立つ。
「これが、ロウガイアーの力か……」
『ふん。慣らしにしては、まずまずと言った所か。儂に記録された
ロウガイアーの失笑を無視したロボルフは天井を見上げる。如何なる感知方法なのかは今のロボルフに理解できないが。
天井の、その向こう側に先頭を移動する白点と、それを追う複数の赤い点。
それを見たロボルフは直感で、“あの白点はブランカ”と認識する。
這いつくばるように屈み、両手両足に力を込める。
垂れ下がっていた白銀の髭が蠢き、ロボルフの頭上で回転する。
髭が回転が最高速になり、ロボルフは地面を踏み砕いて跳び。
ブランカの元へ一直線に天井を穿孔して進む。
悪星狼鎧ロウガイアー 鯔副世塩 @Hifumiyoimu
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