第1話(2) 凸と凹が噛み合えば。

「あ、小清水さんだ。今帰り?」


 下駄箱でくつき替えていると、横からクラスメイトの喜多嶋きたじまさんに声を掛けられた。


 喜多嶋さんは、小柄でいつも元気なおさげ髪の女の子だ。その雰囲気からみんなに可愛がられ、妹ないし子供みたいにあつかわれる事も多い。本人は慣れているのかそれに対し嫌がる素振りは見せず、むしろ喜んでいるようですらあった。そんなところもまた、非常に可愛かわいらしかった。


 しかし、みょうだな。喜多嶋さんは、友達と一緒に私より早く教室を出たはずだけど……。


「喜多嶋さん、まだいたの?」


 しまった。


 口にしてから気付く。言い方を間違えた事に。


 今の言い方だと、受け取りようによっては嫌な感じに聞こえてしまうかもしれない。もっとこう、「あれ? 先に帰らなかった?」とか「ぐ帰ったんじゃなかったんだね」とか言いようはあっただろうに……。


「うん。ちょっと職員室に用があって」

「そうだったんだ」


 良かった。喜多嶋さん、気にしてないみたい。危ない。危ない。


 私は口下手で、言いたい事が上手く人に伝わらない。自分でもこのくせを治したいと思っているだけど、なかなかそれが難しい。なので、気を付けて話すくらいしか、対処法は今のところ思い付かない。


「……」

「えーっと、何?」


 安堵あんどしたのもつか、私は喜多嶋さんにじっと見つめられてしまう。


 もしかして、本当は怒ってる? 私の言い方がアレだったから。だとしたら、早く謝らないと。ほら、三、二、一、はい。


「ごめ――」

「あ、ごめんね」


 私が謝罪の言葉を口にするより先に、喜多嶋さんがそう言って頭を下げてきた。

 今のは、じっと見つめてきた事に対する謝罪、かな。なんにせよ、怒っているわけではなさそうだ。良かった。


「小清水さん、やっぱり大きなぁと思って。何センチあるの?」

「百六十七センチ。多分」


 隠す事でもないので、正直に答える。測ったのは大分前だから、今現在はその数字より伸びている可能性もあるけど。

 ちなみに、去年一年で三センチ程伸びた。どこまで伸びるのだろう。


「うへー。私が百四十八だから十九センチも違うんだ。いいなー」


 まぁ、運動面では高身長の方が何かと便利だ。後、高い所の物を取る時とか。でも――


「私は小さいのもいいと思う。可愛いし」


 特に喜多嶋さんは、女の子って感じで素敵だ。

 とはいえ、本人にしか分からない悩みはあるのだろう。私も背が高いせいで気になる事はある。視線を感じたり頭をぶつけたりコタツからはみ出たり可愛い服が着られなかったり……。どれも些細ささいな事だが、もり積もれば山となる。きっと喜多嶋さんも……。


「そう? まぁ、小清水さんはどっちかと言うと、綺麗きれい系だもんね。美人さんって感じ」

「ありがとう。そんな風に言ってもらえて嬉しいわ」


 言いながら私の口元は、自然とほころぶ。


 謙遜けんそんした方が良かったかな。けど、喜多嶋さんにはなんとなく、こういう反応の方がいい気がする。別段根拠らしい根拠があるわけではないが。


「どういたしまいて。と、いけない。友達持たせてるんだった」


 そう言うと喜多嶋さんは、慌てて靴を履き替え、


「じゃあ、小清水さん、また明日」


 元気よく手を振り出入り口の方に小走りで向かって行ってしまった。


「また明日」


 もう小さくなったその背中に、私はつぶやくように言葉を返す。


 少しだけ寂しさを覚える。そして、その事に私は驚く。


 私はもしかして、喜多嶋さんともっとお話がしたかったのか? あんなに気をつかい緊張しながら話したのに……。


「会話出来てたじゃないか」

「!」


 向かいの下駄箱に立っていた悠に突然話し掛けられ、私はビクリと体を震わす。


 喜多嶋さんとの会話に集中するあまり、悠の存在をすっかり忘れていた。ここまで一緒に来たにも関わらず。


 それはそれとして――


「私、ちゃんと会話出来てた?」

「あぁ。少なくとも私には、問題あるようには見えなかったぞ」


 そっか。なら、良かった。


 お互いすでに足元は下靴に変わっていたので、そのまま出入り口へと足を向ける。


「彼女は斗万里と相性がいいのかもな」

「そう?」


 どういう意味だろう?


 相性がいいと言われて悪い気はしないけど。その理由は気になる。


「斗万里は口下手だし考え過ぎる。一方先程の彼女は、直感的に物事をとらえあまり考えないタイプに見えた。だから会話がみ合う」

「なる、ほど?」


 言わんとする事は分かった。しかし、悠の分析を鵜呑うのみにする事は出来ない。何せ私としては、実感がないのだから。まぁ、他の人より話しやすかったのは事実だけど。

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