第2話(1)  待っているだけでは何も始まらない。

 悠にあんな事を言われたせいで、私は喜多嶋さんを必要以上に意識するようになった。


 何気なく姿を目で追ってしまったり話している内容が気になったり。これって、もしかして恋? ……絶対違うけど。


 授業が終わり、休み時間に入った。


 私はいつものように鞄から本を取り出し、読書をする。


 別にスマホをいじって時間をつぶしてもいいのだが、おそらく小清水斗万里にそれは似合わない。求められている姿があるなら、そちらを優先する。私はそういう人間だ。


 しかし――


 今日は本の内容が上手く頭に入ってこない。

 気が付くと、本の上から喜多嶋さんの動向を伺ってしまう。重症だ。


 ふと喜多嶋さんがこちらを向き、目が合う。


 やばっ。


 私は咄嗟とっさに視線を本に落とし、見ていないふりをした。


 今、絶対目があったよね。今日一日ずっと観察していたのがバレた? だとしたら、大分マズイ。「なんか小清水さんが私の事見てくるんだけど、マジヤバくない?」とか言ってないかな。喜多嶋さんはそんな事言わないだろ。いい加減にしろ。


 等と自分で自分に注意していると――


 誰がこちらに近付いてくる気配がした。そして、私のすぐそばで止まる。


「ねぇ」

「!」


 声を掛けられた。


 おそおそる視線を上げる。そこにいたのは、まさに私の中で話題沸騰ふっとう中の喜多嶋さんだった。


「私の事見てなかった?」

「え? いや……」


 見ていました、すみません。いくらお支払いすればいいでしょうか? バイトしてないんで、お金あまりないんです。二千円までなら出せますけど。


「あれ? そっか。私の気のせいか。ごめんね」

「ううん。大丈夫」


 そもそも、気のせいじゃないし。朝からバッチリ見まくりでした。


 しかしこれで、喜多嶋さんの誤解(?)もけ、一件落着。晴れて私は自由の身というわけだ。うんうん。シャバの空気が美味おいしいぜ。


 と、言うのに、喜多嶋さんはなかなか私の元から去らず、何やら見つめていた。


 あぁ、この本が気になるのか。


「何読んでるの?」


 その予想を確定させるように、喜多嶋さんがそんな事を私に聞いてくる。


 私はカバーを取ると、表紙を喜多嶋さんに見せた。


「うへ。難しそう」


 表紙を見るなり喜多嶋さんが、渋い顔と共にそう声をあげる。


「確かにこれは難解かな。一回じゃ全然分からなくて、二度三度読み直してやっと分かる感じの作品だし」

「小清水さんでも、分からない事があるんだね」

「そりゃ、私も人間ですから」


 喜多嶋さんの言葉に、私は苦笑を浮かべる。


 全知全能じゃあるまいし、全てを理解する事は不可能だ。けど、だからこそ面白おもしろいのだろう。本も人も。


「ねぇ、私でも読める本あるかなぁ」

「本に興味あるの?」

「うーん。というより、小清水さんに興味があって」

「え? 私に?」


 私からの一方通行とばかり思っていたが、まさか両想いだったとは。って事は、カップル成立? おめでとう。ありがとう。なわけあるか。


「小清水さんってミステリアスで素敵だから、どうしたらそんな風になれるのかなって」

「どうしたらって……」


 私の場合好きでやっているというより、人と話すのが苦手で仕方なくそうしているだけなので、なり方を聞かれるのは複雑というか答えづらいものがある。


「まずは落ち着く事、かな」


 ミステリアスに、少なくとも元気なイメージはない。むしろ対極と言ってもいいだろう。

 元気なキャラがミステリアスに見える事もあるが、それはあくまでも落ち着いた時があってこそのもので、常に元気でミステリアスなキャラはおそらくこの世に存在しないはずだ。多分。


「あー。じゃあ、私には無理だね」


 諦めるの、早っ。


 まぁ、私も喜多嶋さんのいいところは元気で明るいところだと思うので、そこを抑えるのは勿体ないと思う。逆に全面に出していった方がいいくらいだ。


「キミー」


 遠くから誰かがこちらに声をあげる。喜多嶋さんの友達の一人の……宮内みやうちさんだ。


 キミとは、喜多嶋さんの仇名あだならしい。【キタジマ】【ミミ】の苗字と名前、頭二つの文字を取ってキミ。仇名なんてそんなものだ。


「なんだろう? なぁーに?」


 喜多嶋さんの問い掛けに、宮内さんがちょいちょいと手招てまねきをする。


「よく分かんないけど、呼ばれたから私行くね」


 バイバイと小さく手を振り、喜多嶋さんが宮内さん達の元に戻っていく。そして、喜多嶋さんと宮内さんの間で会話が始まる。


「あんな子と話しちゃいけません」「なんで? あの子いい子なのに」「そういう問題じゃないの。とにかく二度とあの子に話し掛けないで」「お母さん」なんてね。


 はなやかな一団から目をらし、私は読書を再開する。


 物語は佳境かきょうを迎えていた。探偵役の主人公が犯人を追い詰め、冷静に告げる。


『もう逃げられませんよ。証拠がこれだけそろってるんですから』

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