第35話 伏見稲荷
翔太様のご実家を辞去した私たちは、冴島の車で、翔太様お勧めの伏見稲荷に向かった。
伏見稲荷大社といえば、清水寺と並んで外国人観光客の一番人気のスポット、当然人目もあるので、私は、亜麻色のウィッグにサングラスを着用、国籍不明の外国人のお嬢様とその観光ガイドという体だ。
伏見稲荷大社は全国に三万社あると言われている稲荷神社の総本山で、五穀豊穣、商売繁盛をつかさどる稲荷大神がご祭神、鳥居の前に鎮座するお狐様はその神様の使いだ。
稲荷山という山全体が神域になっていて、かなり広大な神社である。
伏見稲荷大社といえば千本鳥居、これををくぐりながら登っていくと、どこか異世界にワープしそうな気分になってくる。
「俺、小さい頃、ここで迷子になったことがあるんですよ」と翔太様。
今でこそ人気観光スポットだが、昔はそれほどでもなく、神社自体が広大なこともあって、千本鳥居を超えて参道がお稲荷さんの森に入ると、ほとんど人のいない、かなり寂しいところもあったとのことだ。
翔太様が幼い頃、母に手を引かれてお参りしたときに、手を引くのが母でなく、狐が化けてどこかへ連れていかれるような気がして、怖くなって手を放してしまったらしい。
「知ってます? 狐って人に化けるんですよ。ここを歩いている人の1割くらいは、狐かもしれませんよ」
翔太様が変なことを言うから、私まで不安な気分になってきた。
こうして翔太様と身も心もねんごろになれることができて、私は今、幸せだ。それでも三人で翔太様を共有している不安定な状況に、言いようのない不安に苛まれる時もある。
私は、この神社に足を踏み入れてからというもの、そうした不安感が増幅されてくるのを感じていた。
伏見稲荷大社はお参りする人を選ぶという。この社に行こうとしても、気分が悪くなったり、道に迷ってしまったりすることがあるそうで、そういう時は、時期が悪いか、相性が悪いかで、今はお参りに行くべきではないというサインらしい。
そんなことを考えながら歩いていて、ふと気が付くと、翔太様がいない。私が手を放し、翔太様とはぐれて道に迷ってしまったらしい。
周囲を見回すと苔のこびりついた古い灯篭や狐の像が並んでいて不気味な雰囲気だ。折しも黄昏時、判別しにくい人の顔は、皆、狐が化けていみるみるるように思えてくる。
秋の夕暮れはつるべ落とし、みるみるうちに宵闇が迫って来る。
「ひめさ、葵さん、ああ、よかった」
ようやく翔太様が私を探しに来て、ひとりおろおろしている私を見つけてくれた。
私は、思わず彼にしがみついてしまった。
「翔太様、翔太様、私を離さないでくださいね。きっとよ」
その日は、蹴上(けあげ)の緑豊かな高台に建つ老舗のホテルに宿泊した。深山幽谷を思わせる森を臨むベッドルームで、私たちはたっぷりと愛し合い、眠りについた。
夜、夢を見た。
翔太様に手を引かれ千本鳥居を登っていたはずだったのに、ふと気が付くと、手を引くのは、翔太様ではなく、狐のお面をかぶった人だった。
思わずその人の手を振りほどくと、狐面の人が振り返り、面をはずした。
私は、その人を知っていた。
「いやーっ」
私は大きな声を上げて飛び起きてしまった。
確かに顔を見た。知っている人だったけど、それが誰だかどうしても思い出せない。
翔太様が「どうしたの」と目を覚ました。
「いかないで、どこへも。私を離さないで」
私は、必死の思いで、翔太様にしがみついた。
「どこにもいかないよ、ここにいるじゃない」
それでもしがみついたままの私から、翔太さまは優しく身体を離すと、先ほど着たばかりのパジャマをまた脱がしはじめた。
私は、身も心も、翔太様と繋がっていたくて、一つになりたくって、もう、溶け合ってしまいたくて、大きく身体を開いて、翔太様を身体の奥まで受け入れた。
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