異端の剣、上位陣の視界に入る





 


──観覧席・特別エリア。


そこに集うのは、武術学園の首席候補たち。そして、王国直属の騎士団や各家の推薦枠を受けた“選ばれし者”たち。


その中央、堂々と座る一人の少女がいた。


 


「……名簿に、そんな名前はなかったはずよ」


金糸の髪を揺らし、淡い青の瞳に鋭い光を宿した彼女――**アリシア・グランベルト**。


王国屈指の名門・グランベルト家の令嬢にして、魔剣術と魔導の両分野を修めた天才。

“次期総代”の筆頭候補と目される存在だ。


 


隣で控えていた副官の少年が、震える手で名簿をめくる。


「そ、その……確かに“アレン・ヴァルト”という名前は、一般枠の下の方に……でも成績は凡庸で、特筆すべき点は──」


「……見たでしょう?」


アリシアが視線を外さないまま口を開いた。


「凡庸な剣士が、たった一人で数十人を斬り伏せることなんて、ありえると思う?」


「……い、いえ……ですが彼、魔力の波もほとんど感じられませんでした。むしろ、空っぽのような……」


「“空っぽ”……ね」


アリシアの唇が、わずかに吊り上がる。


「それが“深淵”だとしたら?」


 


彼女の言葉に、副官がごくりと喉を鳴らした。


 


 


──別の観覧席、王立近衛騎士団選抜担当者たちのエリア。


緋色の軍服を着た壮年の男が、呆けたように言葉を漏らす。


 


「……まさか、この学園に、あれほどの剣士が埋もれていたとはな」


 


「指揮官、獲得候補に入れますか?」


「……当然だ。だが……すぐに動くな。まずは、彼が“どう動くか”見極めたい」


 


男は顎に手を当て、真剣な目でアレンを見つめ続ける。


「……あの動きは、単なる才気ではない。極限まで研ぎ澄まされた戦場感覚……“実戦経験”のある剣士のものだ」


「だが彼の出身地は?」


「記録上は、辺境……しかも十年以上、詳細な動向が空白のままだ」


「……ありえん。そんな空白から、化け物が出てくるとは……」


 


 


──さらに別の視点。


校舎の影から、戦場を見下ろしていた一人の少年が、小さく息を呑んだ。


鋭い目元、白銀の髪。選定者上位の実力者でありながら、誰とも群れず距離を置く存在。


 


\*\*“氷刃のジーク”\*\*と呼ばれるその少年は、静かに呟いた。


 


「……覚えておくよ。アレン・ヴァルト」


「次に出会うときは――お前の剣が、“本物”か試してやる」


 


 


──アレンが立っていた戦場に、今は誰もいない。


ただ彼の残した足跡と、斬られた地面の裂け目が、静かに彼の存在を証明していた。


 


その名は、まだ知られていない。


だが、上位陣の“注視”が、着実に始まっていた。


 


誰も知らぬ剣士が、“物語の核”へと歩み出していることを――。

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