武道大会編

試される意志





 



秋の風が、訓練場を静かに撫でていく。


王立武術学園の中庭──そこに集う無数の生徒たちの間に、ざわめきが広がっていた。


名物行事、《武道大会》。

王国中から集った若者たちが、身分も過去も一度脱ぎ捨て、“今”をぶつけ合う場。


一般クラス、選定者クラス、そして異例の推薦を受けた特例枠の生徒までもが一堂に会し、ただ“力”で証明する舞台。


 


(……戻ってきた)


アレン・ヴァルトは、人混みの中にいた。


誰も気づかない。誰も注目しない。

かつて“処刑された”男が、こうしてまた剣を手にしていることを知る者はほとんどいなかった。


 


裏山での日々。

あの異界の空間での修練、敗北、そして再起。

すべてを胸に秘めながら、アレンは静かに地面を見つめていた。


(あの男との戦いは、終わりじゃなかった)


(……ここが、“本当の始まり”なんだ)


 


そのとき──


「やあ、君も無事だったんだね」


背後から軽く肩を叩かれる感触。


反射的に体が緊張しかけたが、その声にアレンの肩がわずかに緩む。


 


「……ディオか」


 


振り向けば、あの日と変わらぬ笑顔がそこにあった。

柔らかな髪、快活な瞳、そして、どこか空気を和らげるような声。


「なんかさ、背中越しでも分かったよ。雰囲気……変わったよね、君」


「……そうかもな。ちょっと、人のいないところで鍛えてただけだ」


 


「そっか。それなら期待してもいいかな? 腕試し、楽しみにしてるよ」


冗談めかすディオに、アレンはわずかに唇を緩める。


「……結果で証明する。それだけだ」


 


その静かなやりとりの中に、確かな絆があった。

互いを信じる者同士が、無言で共有する温度。


 


だが――その空気を裂くように、甲高い声が場に刺さった。


 


「馴れ合いはそこまでにしろ。これは“武道大会”だぞ? 遊びじゃない」


 


振り返ると、装飾の施された制服に身を包んだ少年。

ルード・グラッセン。名門の出にして、王都社交界でも名を馳せる少年貴族。


 


その目は、言葉より先に“他人を値踏みする色”を語っていた。


 


「また、くだらん連中とつるんでいるのか、ディオ。……まぁ、それが君の限界か」


「……ルード」


ディオの声が僅かに硬くなる。


 


「で、君は……アレン、だったか?」


わざとらしく記憶をまさぐるような仕草ののち、ルードは鼻で笑った。


「田舎出の雑種が、剣を振るって人並みに戦えるとでも?」


 


その言葉に、周囲が少しざわめく。


アレンは静かに前へ一歩出た。声を荒げることもなく、ただまっすぐに。


 


「──もう一度言ってみろ、貴族様」


その声音には、火が宿っていた。だが静かだった。荒ぶる熱ではない。

意志を貫く刃のような、抑制された炎。


 


「ここでは身分も名前も関係ない。“剣”で語れ。それがこの場のルールだろ」


 


ルードの眉が僅かに動く。だが次の瞬間には、再び嘲笑を浮かべる。


「……ふん、吠えるだけは一人前か。なら、試合で証明してみろ」


「もっとも、無名の君がどこまで残れるか……見ものだがね」


 


そう言い捨てて背を向けるルード。


その背を見送りながら、ディオがぽつりと呟いた。


 


「……君、ずいぶん変わったね」


「そう見えるか?」


 


「うん。なんていうか、前は“流される感じ”があったけど……今は、“選んで進んでる”って感じ」


「……強い意志を持ってる。そんな風に見えるよ」


 


アレンはその言葉に、ほんの一瞬目を細めた。


「……今度は、間違えないって決めたんだ」


 


ディオはふっと笑みを浮かべ、拳を差し出す。


「じゃあ、まずは勝ち上がらないとね。……僕、君と真剣勝負がしたいんだ」


 


アレンもその拳に、静かに自分の拳を合わせた。


「俺もだ。ディオ」


 


 


──鐘の音が鳴り響く。


高く、澄んだ音。

それは、ただの合図ではない。すべてを懸けた若者たちの戦いを告げる、鼓動そのもの。


 


《王立武術学園・武道大会》、開幕。


今年は例年と違い、**階級混合・バトルロイヤル形式**。


身分も血統も、訓練年数も意味をなさない。

最後に立つ者こそが、真に“強い”と証明される。


 


アレン・ヴァルト。

誰も知らぬその名が──いま、再び歴史の幕を押し上げようとしていた。


 


剣の道の先、己の存在を証明するために。


**“剣の頂”へ。**

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