《千刃の回廊・第三の試練》──死闘の結末








──鋼のような緊張が、空気を震わせていた。


言葉など不要だった。ただ、互いの呼吸、視線、そして“信念”がぶつかり合う瞬間を待っていた。


アレンの剣が走る。《継炎剣・刃焔断》──己の信じる炎を乗せた一閃。


同時に、セリカの放つ《終断閃》が閃光のごとく疾る。


その瞬間、空間が音すらなく“割れた”。


 


「……っ、うおおおおおっ!!」


 


気迫で限界を越え、アレンは一歩も退かず剣を振り抜いた。


その一撃には、敗北を恐れる心も、勝利への渇望もなかった。


ただ、“今の自分すべて”をぶつける想いが込められていた。


 


確かに、剣はセリカへと届いた——


 


だが、


 


(……届かない……!)


 


ほんの一瞬、ほんのわずかな差。


交差した剣気の中で、その“一歩”が決定的な隔たりとなった。


アレンの剣が音を立てて砕け、反動でその体が虚空を裂くように吹き飛ばされる。


 


「ぐっ……!」


 


地面に叩きつけられた背中が悲鳴を上げた。折れた剣の柄が手から零れ落ちる。


呼吸が浅く、視界が滲む。痛みは鋭く、意識を薄くする。


 


(負けた……)


 


だが、不思議と……悔しさはなかった。


それよりも、自分の剣が“今の限界”まで達していたことに、どこか納得している自分がいた。


(ああ……今の俺じゃ、まだ──届かないか……)


 


セリカが歩み寄る。


その瞳に宿るのは、侮蔑ではない。静かな敬意だった。


足元に転がる折れた剣の欠片を、彼はじっと見つめる。


 


「……お前は、あと一歩だった」


「無数の剣士がこの回廊に挑んだが、ここまで俺に届いた者は……一人もいなかった」


 


アレンはうつ伏せのまま、苦しげに息を吐いた。


やがて、口元を歪めるようにして呟く。


 


「……じゃあ、俺は……まだ“未完成”ってことか」


 


セリカの口元が、微かに緩む。


「それでいい」


「完成された剣など、所詮は終わった過去だ。“未完成”であることは、可能性そのものだ」


「お前には、まだ“伸びしろ”がある」


 


そう言って、彼はそっと手を差し伸べた。


まるで、かつての自分に重なるものを見ているかのように。


 


「立て、アレン。敗北は、終わりじゃない。これは……希望の証だ」


 


アレンは一瞬目を伏せたあと、静かにその手を取る。


苦笑混じりに、息を吐いた。


 


「慰めとしては……悪くないな」


 


立ち上がったアレンに、セリカは静かに語りはじめた。


その声には、年輪を重ねた剣士の、静かな重みがあった。


 


「……俺も、かつては世界に“排除された”者だった」


「人を守るために戦った。誰よりも真っ直ぐに、誰よりも誠実に」


「だが──強くなりすぎた俺は、いつしか“脅威”と見なされ、“国の敵”にされた」


「……すべてを失ったよ」


 


語るその背には、言葉にできぬほどの重さがあった。


喪失、孤独、そして諦め。


 


「それでも……剣を振るい続けた」


「存在理由を探すために、意義を取り戻すために。そして、この《千刃の回廊》へ辿り着いた」


 


「いつか“誰か”が、この剣を超えると信じて」


 


そして今。


目の前にいる青年こそが、その“誰か”に最も近い。


 


セリカは懐から一枚の《灰色の札》を取り出し、アレンに手渡す。


 


「これは、《回廊の最奥》への鍵だ」


「だが、今のままでは──お前はそこで“完全に消される”。その道に踏み出す覚悟と力を得たときだけ、使え」


 


背を向けるセリカの歩みに、どこか哀愁が滲んでいた。


それは、戦いの終わりではなく、願いの託し方だった。


 


「……久しぶりに、剣を振るいたくなった」


「お前のような若き剣が、この世界に現れたことが……素直に、嬉しいんだ」


 


アレンは、その背に問う。


 


「……また、会えるか?」


 


セリカは一度、静かに立ち止まる。


振り返らず、遠くを見つめるように答えた。


 


「フ……どうかな。俺は世界の裏に棲む者。もう誰かに“選ばれる”資格はない」


 


「だが──お前がこの道の果てを歩ききったとき」


「そのときはまた、“剣士として”出会えるだろう」


 


次の瞬間、セリカの姿は光の粒となり、静かに虚空へ溶けていった。


 


残されたアレンは、砕けた剣の柄を拾い上げ、そっと見つめる。


自分がどれほど“未熟”で、どれほど“まだ届いていない”かを、骨の髄まで刻まれたようだった。


 


だが、彼の瞳には恐れも絶望もなかった。


あるのは──揺るぎない炎。


 


「この敗北を、俺は……絶対に忘れない」


「これが、俺の“剣の始まり”だ」


 


そして、アレンは再び前を見据える。


 


“この世界を越える者”として──


ここからが、本当の“戦い”の始まりだった。

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