──「己を越えよ。世界を断て」








白銀の閃光が空を裂いた。


「──っ!」


反射的に剣を掲げたアレンの腕に、瞬間、“空間が断たれる”ような衝撃が走る。


触れたのは剣。しかし、確かに斬られた。


物理的ではない。存在が“切り分けられた”ような奇妙な感覚。


 


(これが……《断界剣》……! 俺自身の剣……!?)


 


過去のアレンが、静かに告げる。


「その剣は、世界の理をも断つ。お前の攻撃は届かず、俺の一閃は全てを断ち切る」


「お前は、今のところ、何一つ俺に勝っていない。覚悟も、剣も、生き様も……だ」


 


アレンは、唇を噛みながらも剣を下ろさない。


傷だらけの手に、なお力を込めて前を見据える。


「……それでも、俺は……!」


 


「来い」


かつてのアレンの声音には、怒りでも挑発でもない、ただ一つの“命題”が込められていた。


「俺が積み上げてきた万の屍、千の戦場、その全てを超えてみろ。……それが、お前という“未来”の使命だ」


 


刃が交差する。


斬り結ぶたびに、アレンは押される。


過去のアレンの剣は、完璧だった。隙がない。無駄がない。


だが──それは同時に、どこまでも**孤独な剣**だった。


 


(……誰にも届かなかった。だから、独りだったんだ……)


 


鋭く美しい剣ほど、心の奥で凍っている。


それは、アレン自身が一番よく知っている“痛み”だった。


 


「お前も、いずれ知る」


「どれほど強くなっても、救えぬものがある」


「どれほど信じても、いつか裏切られる」


「それでもなお、剣を握り続ける意味があるのか……?」


 


──ザシュ。


肩口が裂かれる。鮮血が迸る。膝が崩れかける。


だが、そのまま地面に倒れ込むことはなかった。


 


アレンは、剣を杖にして立ち上がる。


その目に宿るのは、光だった。


 


「……それでも!」


「俺は──もう一度、信じたいんだ!!」


 


振るわれたその一太刀は、ただの技ではなかった。


込められたのは、かつての自分が失い、置いてきた“感情”のすべて。


怒りも、悲しみも、悔しさも。


けれど、それを越えてなお残った“願い”。


 


過去のアレンの手が、初めて止まった。


その剣が、僅かに震えていた。


 


「……お前は、まだ守りたいものがあるのか」


 


「あるさ」


「未来を、仲間を、そして──」


アレンは、微かに笑う。


「俺自身を、な」


 


その瞬間だった。


アレンの中に眠る二つの“理”が重なる。


《時斬剣》──時間の裂け目を切り拓く閃光。


《断界剣》──この世の理(ことわり)をも断ち切る概念の刃。


 


そして、信念が交差し、剣に宿る。


 


 


──**《斬界・一ノ太刀 継炎(けいえん)》**。


 


振り抜かれた一閃は、時を貫き、理を越えた。


蒼銀の《断界剣》を跳ね除け、過去のアレンの刃ごと、その影を斬り裂く。


 


 


過去のアレンが、静かに膝をつく。


全てを終えたように、どこか優しい笑みを浮かべながら。


 


「……やっと……わかったよ」


「俺が、失ってしまったもの。諦めていたもの。それを、お前が取り戻してくれた」


 


アレンは無言で立っていた。


涙はなかった。


だが、その胸の奥には、確かにあたたかな何かが宿っていた。


 


「進め。……お前こそが、“次の未来”を切り拓く者だ」


 


過去の自分が、光の粒子となって霧散していく。


それは、痛みでも、敗北でもなかった。


救済だった。


 


 


アレンは剣を納め、深く、静かに息を吐く。


静寂の中、その背後に現れたのは──石畳の奥に浮かぶ、**第三の扉**。


 


「……ありがとう、“俺”」


 


その言葉が、空気に溶けて消えていく。


そしてアレンは、再び歩き出した。


 


──未来へ。

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