「過去を越えろ」



 




重い鉄扉が軋む音と共に開かれた瞬間、空気が変わった。


鉄と血の匂い。石と剣の記憶。魂を押し潰すような、圧倒的な“何か”が場を支配していた。


アレンは一歩、足を踏み出す。


目の前に広がるのは、広大な石畳の闘技場。


静謐なはずの空間が、なぜかどこか懐かしく感じられた。


そう――これは、**かつて“終わり”を迎えた場所**と、似ていた。


 


そして、そこに立つひとりの男。


自分と同じ顔。


だが、まるで別の生き物のような、張り詰めた威圧感。


白銀の髪は月光のように冷たく、纏う気配は、大地すら切り裂く剣の気配。


 


「やはり、来たか」


男は静かに言った。


その声には、怒りも、憐れみも、期待もない。ただの、**確信**。


 


アレンは問う。


「……お前は、俺か?」


「そうだ」


男は蒼銀の剣を抜いた。


空気が軋む。視線だけで肌が裂けそうな、絶対的な“力”の象徴。


 


「俺は“かつてのアレン”。《勇者》と呼ばれ、人々に望まれ、そして――恐れられ、裏切られ、処刑された存在だ」


 


(……ッ!)


言葉と同時に、アレンの奥底に封じられていた記憶が揺れる。


流れる血。響く断末魔。届かない祈り。

そして、自らに向けられた――無数の刃。


 


「……なぜ、俺は……処刑されたんだ」


アレンは、問いを搾り出すように呟いた。


震える声を、振り払うように前を見据えて。


 


男は答える。


静かに、だが断罪のように。


 


「──“強すぎた”からだ」


 


その一言が、石のように胸に落ちた。


「民が恐れた。神すら怯えた。世界の理が、お前を拒絶した」


「なぜなら、俺は――**神をも斬れる剣**を持っていたからだ」


 


 


■《断界剣(だんかいけん)》──その剣の名


男が握るのは、《断界剣》。


この世に在る全ての“境界”――物理、魔法、空間、時間、存在と非存在……それらすべてを\*\*“断つ”ために作られた剣\*\*。


 


それは、概念そのものに干渉する“異界の兵装”。


一太刀で魔法を無効化し、

一閃で時の流れを引き裂き、

一撃で神の加護すらも断ち切った、かつての“英雄の遺剣”。


 


「この剣で、世界を救った。……だがな」


 


男は言った。


剣を構えながらも、その眼差しは、どこか遠くを見ていた。


 


「それでも守れなかったんだ。国も、人も、……お前自身すらも」


 


その声には、悔しさも、後悔もなかった。


あるのは、ただの“事実”。


それこそが、過去のアレンが“過去に置いてきたもの”のすべてだった。


 


アレンは問い直す。


「……じゃあ、俺は何のために強くなる?」


 


それに答えず、過去のアレンは静かに言う。


「……だから、**お前に問う**」


 


「今の“アレン”よ。──お前は、“何のために”強くなる?」


 


アレンは息を吸う。心の奥底に、答えは既にあった。


それは、“ただの正義”ではない。


“誰かのため”でも、“理想のため”でもない。


それらを抱えた上で、なお踏み出す――確かな“決意”だ。


 


「……全部、取り戻すためだ」


アレンは言う。


「間違わない。もう二度と、迷わない。……過去を断ち切ってでも、未来を守る。俺は、そのために剣を握る」


 


男が微かに笑った。


満足したように。


あるいは、最期を望むように。


 


「ならば、来い」


「──俺を超えてみせろ、“新しいアレン”」


 


剣が、交差する。


それはただの試練ではない。


過去に殺された自分と向き合い、

未来へ進むための、**魂の決闘**。


 


《千刃の回廊》第二の試練――ここに開戦。

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