《千刃の回廊》 ─最強との邂逅─
かつての自分を超え、新たな扉を開いたアレンの視界に広がったのは——
色のない空。
それはただ“灰色”なのではない。色の概念そのものが存在しない、世界の裏側のような空間だった。
空も地も、上下さえも定かではない。すべてがねじれ、漂い、浮遊している。どこにも“現実”の重みがなかった。
(……ここは……本当に、回廊の内部なのか……?)
足元の感触さえ不確かで、踏みしめているはずの大地が、まるで夢の中のように頼りない。
浮遊する石、滲む空気、時間が流れているのかさえ判別できない。
(これまでの試練とは……まるで異質だ)
心の奥底で、言葉にできない恐怖が、ゆっくりと這い上がってくる。自分が今、“何か決定的に違うもの”と対面しようとしている、という確信だけが胸を締めつけていた。
そのときだった。
「よくぞ辿り着いた。勇者アレン」
虚空に、声が落ちた。
低く、鋭く、そして何よりも……\*\*人間のそれとは違う“質”\*\*を持った声だった。
まるで耳元ではなく、“魂”の奥に直接響いてくるような圧。
次の瞬間、空間の一部がゆらめき、男が姿を現す。
ゆらり、と滲むように。
男──いや、“それ”は、人の形をしていた。だが、どこかが根本的に“違っていた”。
焦点の合わない目。揺らめく背後の虚無。体温も気配も持たず、ただ“在る”ことだけが恐ろしい存在。
アレンは反射的に構えた。
(……こいつは……何だ……)
警戒と警告が、脳裏で同時に点滅する。
そんな彼の前で、“それ”は淡々と、名を告げた。
「我が名は、**セリカ=フォルネア**」
「この世界の“外”より来たりし者──《世界を断ち斬る剣鬼》と呼ばれた存在だ」
その言葉が意味するものを、すぐに理解することはできなかった。
だが、“剣鬼”という響きと、“世界の外”という一節が、アレンの心をざわつかせる。
(異世界……? そんなものが、実在するのか……?)
ザイラスが言っていた、「千刃の回廊には、“あらゆる剣の記憶”が集まる」と──それが現実なら、こいつはその“最果て”から来た存在なのか?
「この空間は、《異界断層》。この試練でお前が問われるのは、“剣の意味”だ」
セリカの言葉には、感情がない。だが、ひどく重い。
「──何のために戦う?」
問いかけは、静かだった。
だが、アレンの内側を鋭く抉るような問いだった。
一瞬、返せなかった。
喉が詰まり、言葉が出てこない。
(……俺は……なぜ戦っている……?)
過去の自分は、乗り越えたはずだ。悲しみも怒りも断ち切った。
だが、今の問いはもっと深い。
**力を持って、何を守る?**
**過ちを繰り返さないために、何を斬る?**
答えを探す暇もなく、セリカが動いた。
──ギィィンッ!
空間が割れる音がした。
その一撃は、目に映らなかった。**“気配”すらなかった。**
気づいた時には、既に空間が切断されていた。
(……ッ!?)
身体が本能的に身を引く。
セリカの剣──それはこの世界の“座標”を斬る剣。
避けようがない。予測も意味をなさない。
「お前が超えたのは“己”にすぎん。だが、この剣は──《すべて》を断ち斬る」
《終断剣・虚刃(きょじん)》
その名を聞いた瞬間、アレンの心に、かすかな既視感が走った。
斬られたものは“なかったことになる”──その理屈は、あの《断界剣》に通じている。
(……似ている……けど……違う)
目の前のこの剣は、遥かに原始的で、根源的だ。
「……お前、その剣──!」
驚愕を込めて問うと、セリカはわずかに唇を吊り上げた。
「気づいたか?」
「我が剣、《虚刃》は、かつての“お前”が扱った《断界剣》の“原型”だ」
アレンの心が凍りつく。
「千の世界を巡り、唯一無二の“剣”を完成させたのは、お前ではなく……我だ」
それは、“今の自分”だけでなく、“かつてのアレン”の存在すら、**上位互換として否定する宣言**だった。
血が逆流するような感覚。
誇りが、信念が、すべてが……“試されている”。
「……なら、見せてやるよ。**今の俺の剣を!**」
アレンは、己の奥底から引き絞るように剣を構える。
《継炎・時断閃》
それは、時間と存在を断ち、信念を燃やす一撃。
“かつての勇者”と“今を生きる者”が織り成した、まだ誰も踏み入れていない道を斬り拓くための剣。
> 「世界が、俺の剣を否定するなら……
> 俺は、それすら斬り伏せる!」
その言葉とともに、閃光が虚無を裂いた。
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