千刃の回廊編
千刃の回廊・序章
幾日かが経ち、学園生活にもほんの少しだけ慣れ始めた頃だった。
アレン・ヴァルトは、静かな夕暮れの裏山を一人で登っていた。
制服の内ポケットには、あの日ザイラスから渡された《黒い札》がある。
> 『この札を持つ者だけが入れる、“裏の道場”がある。そこでは、表では学べぬ剣が教えられている』
その言葉が、耳の奥にずっと残っていた。
心のどこかで、呼ばれているような気がしていた。
──いや、**実際に“呼ばれている”のだ**と、今は確信していた。
山道を登る途中、不意に風が止んだ。
木々の葉は揺れず、鳥の声も遠のく。まるで世界が音を失ったかのように静まり返る。
「……ここか」
アレンは、木立の合間にぽっかりと空いた“何もない空間”の前で立ち止まった。
しかし、彼の内心は揺るがない。
彼は札を取り出し、掌に乗せてそっと掲げた。
──次の瞬間。
札が、**青白い光を放った**。
空間がぐにゃりと歪み、まるで大気そのものが裂けるように、裂け目が開いた。
その中から、底の見えない闇がこちらを覗いていた。
アレンは一度だけ深く息を吸い、躊躇なくその中へと足を踏み入れた。
## 《千刃の回廊──時の試練》
「……ここは……?」
気がつけば、彼の周囲は見知らぬ空間だった。
天井も床もない。
代わりに、**無数の刀**が空中に突き立ち、列を成して遥か遠くまで続いている。
灰色の空間には風も時間もない。
ただ、“斬撃”の気配だけが世界を支配していた。
その時、不意に響いたのは――
「よく来たな、アレン・ヴァルト」
背後から、聞き覚えのある老いた声。
「……!」
振り返ると、そこには――
長く白銀の髪を後ろで束ね、厳かな風貌をした老人が立っていた。
「……ザイラス……?」
「うむ」
ザイラスはゆっくりと歩み寄る。だが、その足取りは音を立てない。
「ここは、《千刃の回廊》。この国に古くから存在する、特殊な試練の地だ。剣を極めんとする者の魂を選び、時を越えて鍛え上げる……“生きた剣の記憶”とでも呼ぶべき空間よ」
「……時を越えて?」
アレンが眉をひそめる。だが、ザイラスの目は静かに細められていた。
「君には、ここで己を知ってもらう必要がある」
「……なぜ、俺に?」
ザイラスの顔から、わずかに笑みが消えた。
「君は、いずれこの国の“運命の剣”となるだろう。その刃を歪めてはならぬ。……だからこそ、**君自身の過去と向き合い、“未来の己”と斬り結ぶことになる**」
その言葉が放たれた直後、ザイラスの姿は霧のように掻き消えた。
代わりに、回廊の奥から、ひとつの気配が生まれる。
それは──
「……!」
──紛れもなく、“アレン自身の気配”だった。
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