スカウトの影、そして“教師”との邂逅
試験の翌日。
朝日が王都の石畳を金色に染め上げる頃、王立武術学園の正門前には、すでに多くの受験者たちが集まっていた。
掲示板に貼り出された合格者の一覧。
歓喜の声、安堵の息、落胆の沈黙……そのすべてが、ひとつの場所に交錯していた。
その中心近くに、ひときわ注目を集める名があった。
**「アレン・ヴァルト」**
それは、ただの合格者の一人としてではない。
――“ルード・ハイゼンを打ち破った”名もなき青年。
その噂は、まるで風のように瞬く間に学園中に広がっていた。
だが当の本人であるアレンは、人だかりから少し離れた木陰で、静かに掲示板を眺めていた。
(……わかってたことだ)
合格していることに、疑いはなかった。
あの一太刀に、自信があった。
――いや、“自信”というよりも、“確信”だった。
それでも足を運んだのは、名簿の中に自分の名を見つけることで、「今、ここにいる」ことを実感したかったのかもしれない。
過去をやり直したとはいえ、未来はまだ不確かなままだから。
こうして一歩一歩、現実を踏みしめていくしかない。
「……よう。やるじゃねぇか、“田舎剣士”」
どこか陽気な声が、静かな思考を破った。
振り返れば、そこには昨日と同じ人懐っこい顔――ディオがいた。
「ふつう、あのルードに勝つのは二年生でも難しいって話だぜ? いったい何者だよ、あんた」
その言葉に、アレンは小さく肩をすくめる。
「さあ。俺は俺だよ」
「……ははっ、謎めいてやがる」
笑いながらも、ディオの目には明らかに“ただの興味”ではない感情が宿っていた。
それはまるで、昔、どこかで似たものを見たような――懐かしさに似たまなざし。
「ま、同じ新入生ってことで、これからもよろしくな」
ディオはそれだけ言って、手を軽く振って去っていった。
アレンはその背中を見送りながら、ふと何かの“気配”に気づいた。
(……つけられてるな)
ざわつく人混み。揺れる木の葉の中、微かな視線の重なり。
人目につかない屋根の影。
ただの通行人にしては、不自然な“間”があった。
(昨日の試験を見て、何者かが俺に興味を持った……?)
緊張が、無意識に指先へ集まる。
そのときだった。
「なるほど。なかなか鋭いな。お見通し、というわけか」
背後から響いたのは、老いた声。だがその響きは、鋭く、冷たい。
「……!」
振り返ると、そこに立っていたのは白銀の長髪を後ろで束ねた、年老いた男だった。
長いマントの裾が、風に揺れている。
年齢こそ重ねているが、その身には一切の衰えが感じられなかった。
まるで抜き身の刀のように、研ぎ澄まされた存在感。
「君がアレン・ヴァルトくんか。昨日の試験、拝見していたよ」
「……あんたは?」
「私か? 名乗るほどの者ではないが……この学園の教官の一人だ。ザイラスという」
その名に、どこか聞き覚えがある気がした。
だが、それ以上にアレンは“気配”に引っかかっていた。
(ただの人間じゃない。この人……魔物とも、騎士とも違う)
目の前の男は、明らかに“何か”を隠している。
剣の才では測れない、別種の“深さ”があった。
「君に興味があってね。しばらく見ていたが、やはり只者ではない……どうだ。うちの特別枠に入ってみないか?」
「特別枠……?」
「そう。王立学園には三つのクラスがある。一般、生徒会直属の“選定者クラス”、そして……」
ザイラスの声が、わずかに低く落ちる。
「“剣聖候補クラス”。将来、王国を背負う剣士として育てられる、秘密裏の育成枠だ」
(剣聖……?)
その言葉に、一瞬だけ胸の奥が騒いだ。
かつて自分が夢見た未来。
皆に称えられ、導く者になるという幻想。
だがそれは、過ちと裏切りの果てに崩れ去った。
「……断る」
アレンの返答は、短く、揺るがなかった。
「俺は“特別”になりたいんじゃない。“正しい強さ”が欲しいだけだ」
その言葉に、ザイラスの目がわずかに細まった。
「……ほう。良い答えだ。ならば、これはどうだ?」
そう言って、彼は黒い札を一枚、指の間からひらりと落とすように差し出した。
「この札を持つ者だけが入れる、“裏の道場”がある。表では教えられない剣が、そこにはある」
アレンは無言でそれを受け取り、目を伏せる。
札の表面は、まるで石のように硬く、どこか禍々しさすらあった。
「……君のような者には、いずれ必要になる。だが気をつけろ」
ザイラスは、わずかに目を細めた。
「その剣は、心がなければ呑まれる。“力”ではなく、“生き様”が試される道だ」
それだけ言い残して、彼は人混みに紛れて姿を消した。
アレンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
手の中にある黒い札。
それは、試練への鍵なのか、それとも――再び破滅へ導く呪符なのか。
(表では学べぬ剣、か……)
握った拳に、かすかな熱が宿る。
もう一度、過ちを繰り返さないために。
今度こそ、自分の意志で選び、掴み取るために。
**アレンの“剣の旅路”は、確かに今、歩みを始めた。**
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