剣を持って、遠くへ行くあなたへ
まだ朝靄の残る村の入口。
空は晴れているのに、ミナの胸は少し曇っていた。
手には旅支度を整えた鞄。そして腰には、新しく与えられた試験用の剣。
今日、ミナは王都へ旅立つ。
【剣聖】として選ばれた者だけが通される、特別な訓練所へ。
栄誉ある旅立ち。村中が笑顔で送り出してくれる。
両親も、友達も、誇らしげに見つめてくれていた。
だけど――
「……来ないのかな、やっぱり」
村の外れに立ったまま、ミナはそっとつぶやいた。
心のどこかで、ずっと待っていた人の姿が、まだ見えない。
胸の奥が、しん……と静かになっていく。
彼ならきっと、来てくれる。そう信じていたのに。
「……ミナ!」
聞き慣れた声が、風を切るように響いた。
振り返れば、少し乱れた息をしながら、アレンが駆けてきていた。
「遅れてごめん。……どうしても、言いたいことがあって」
「ううん、来てくれて、よかった……!」
声が震えそうになるのをごまかすように、笑顔をつくる。
でも、アレンはまっすぐに彼女の目を見て言った。
「本当は……行ってほしくないって、思ってた」
「えっ……」
「でも、それは俺のわがままだよな。ミナは、選ばれたんだ。誰よりも努力して、誰よりも優しいから……だから、きっと剣聖になれる」
その言葉が、ミナの胸に真っ直ぐ刺さった。
自分の努力を見ていてくれたこと。
強さより先に「優しさ」を言ってくれたこと。
たったそれだけのことで、涙が込み上げてくる。
「……アレンこそ、何も言わないで見送るつもりだったの?」
「怖かったんだ。お前が遠くへ行って、戻ってこないんじゃないかって。……いや、戻ってこなくてもいいくらい立派になるんじゃないかって」
そのとき、ミナは初めて知った。
この人の心もまた、不安と寂しさで揺れていたことを。
だからこそ、彼女は一歩だけ踏み出して、言った。
「アレン。私、絶対に剣聖になって帰ってくる。……あなたに、見てもらいたいから」
「……ミナ」
「だから、あなたもその間に強くなってて。次に会うとき、私が胸を張って“好き”って言えるくらいに――」
声が詰まりそうになった。
言ってしまった。“好き”という言葉。
けれど不思議と、後悔はなかった。
アレンの目が大きく見開かれ、そして次第に優しく細められていく。
「……約束する。俺も負けない。次に会うとき、お前にふさわしい男になってる」
ミナはうなずいて、そして背を向けた。
涙は見せない。彼女はもう、剣聖の道を歩く者だから。
でも、歩き出した背中にふわりと追い風のように声がかかった。
「ミナ!」
振り返ると、アレンが手を伸ばしていた。
「気をつけて、いってらっしゃい!」
その笑顔が、どこまでも優しくて、温かくて――
ミナはとうとう涙をこらえきれず、小さくうなずいて歩き出した。
この旅は、試練の始まり。
けれどその先に、必ずまた会える未来があると信じて。
(好きだよ、アレン。いつか、ちゃんと伝えるから)
彼女の中で、恋と誓いが剣とともに強くなっていくのを感じていた。
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