剣と心、震える鼓動







朝の風が、少しだけ夏の匂いを運んできた。

村は今日も穏やかで、けれどどこか浮き足立っている。


――スキル鑑定の日。


王都から来た鑑定師が、村の若者たちをひとりずつ見てくれるという。

誰がどんな資質を持っているのか、ひょっとしたら隠された才能が見つかるかもって、村中がざわついていた。


「ミナ、行こうよ!」

友人に腕を引かれながらも、ミナの視線はある一点に釘付けだった。


「……あ」


広場のはずれ。そこに、彼――アレンがいた。


木の下に腰掛けて、どこか物憂げに空を見上げている。


(また、ひとりだ。こういうときも、あの人は誰かと群れないのね)


ほんの少し、胸の奥がちくりと痛んだ。


アレンは村に来てからずっと、不思議な人だった。

優しいのに、どこか影があって。笑うことはあるけれど、心からじゃないみたいで。

でも、子どもたちが転べば真っ先に駆け寄って、困っているお年寄りには黙って薪を背負ってあげる。

そういうところ、誰も気づかないような優しさを――ミナは知っていた。


(最初に話しかけたの、私だったんだよ?)


ほんのちょっと、誰にも言えない誇らしさがあった。


(……私、何考えてるんだろ。これって……)


胸の奥で、なにか温かくてくすぐったいものが芽生えている気がして。

なのにそれが何かは、まだうまく言葉にできなかった。


---


「次の方、どうぞ!」


名前を呼ばれて我に返る。

ミナはそっと深呼吸してから、鑑定師の前に進み出た。


「はい。ミナ・エルグレインです」


緊張で、足が少し震えていた。


鑑定師は無言で彼女の手に魔石のような球を触れさせると、呪文のようなものを口にした。


数秒後。

その魔石が、淡く、そして力強く光り出す。


「っ――!?」


目を見開く鑑定師。そしてざわめき出す周囲の村人たち。


「……まさか、Sランク適性……いや、それだけじゃない」


「君には、【剣聖】の資質がある」


その言葉が届くのに、少し時間がかかった。


「え……? けん……せい?」


耳の奥で、自分の鼓動が高鳴るのがわかる。


自分が? 剣聖?

そんな大層な言葉、自分には縁がないと思っていたのに。


(嘘、でしょ……?)


気づけば、広場の視線がすべて自分に集まっていた。

足がすくみそうになる。でも――


「ミナっ!」


あの声。振り返れば、アレンが走ってくる。


「ミナ、本当に……? 剣聖の資質って……」


「う、うん。私も、まだよくわかってないけど……」


彼の瞳がまっすぐ自分を見つめてくる。

褒めるでもなく、羨むでもなく、ただ――心からの驚きと、少しの誇らしさを宿した目。


(……あ。今の、嬉しいって思った)


その瞬間、ミナの中で確信に変わる感情があった。


この人に、見ていてほしい。

もっと強くなった私を。

一緒に並んで歩けるくらいの、そんな私を。


「アレン……私、頑張るね」


「……ああ。俺も、負けないから」


二人の距離はまだ、ほんの少し遠いかもしれない。

けれど確かにその歩みは、同じ方向へと動き出していた。


そして、心のどこかでミナは思うのだった。


(この気持ち――好き、なのかもしれない)


それはまだ、恋と呼ぶには少しだけ照れくさい。

けれど、それでも確かな「始まり」だった。

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