新たな始まりと、不思議な出会い
村の朝は、思っていた以上に穏やかだった。
小鳥のさえずり、朝露に濡れた草の匂い。遠くで聞こえる牛の鳴き声や、畑を耕す人々の足音――どれもが、アレンにとって懐かしく、そして優しかった。
「…ああ、こんな日常が、かつては当たり前だったんだな」
ぼんやりと空を見上げながら、アレンはつぶやく。
胸の奥に、ほのかな温もりが灯るのを感じていた。
15歳ほどの少年として転生したアレンにとって、この穏やかな朝は、まるで時を巻き戻したかのような錯覚すら覚えさせる。
とはいえ、心の中にある“誓い”が消えたわけではない。
だが今はまだ、何も持たないただの若者だ。力も名も、すべては失った。
だからこそ――始めなければならない。
一から、この世界で生き直すために。
その日、アレンは村の外れにある小さな宿で働くことになった。
元英雄らしくない出発だが、それでいい。地道に、静かに、力を蓄えるのが今の自分にはふさわしい。
「皿洗いか…剣を握るよりもずっと骨が折れるな」
そう冗談めかして笑ってみせると、同僚の少女――ミナがくすくすと笑った。
「へぇ、意外と気さくなのね。見た目だけだと、ちょっと近寄りがたい雰囲気かと思った」
「それはよく言われる。でも、案外悪くない奴だよ、俺は」
そう言いながら、アレンはふと気づいた。
自分が誰かと笑い合っていることに。
信じる者に裏切られ、復讐の炎を抱えたままこの世界に戻ってきたはずなのに、ほんの少しだけ、心が軽くなっている気がした。
(俺は…まだ、誰かと笑えるのか?)
そんな戸惑いを隠すように、アレンはミナに背を向けて次の皿を手に取った。
そして、その夜。
宿の裏手にある森の中で、不思議な“気配”を感じたアレンは、一人静かに足を踏み入れた。
木々をかき分けると、そこにいたのは――金色の髪を持つ、少女のような精霊だった。
「……ようやく見つけた」
少女のような声が、どこか大人びて響いた。
「君は、選ばれし“歪み”だ。運命に抗う者として、いずれこの世界の真実に辿り着く」
「は?」
いきなりの宣言に、アレンは思わず間の抜けた声を返してしまう。
「歪み? 俺が?」
「ふふ…まあ、今はまだ分からなくて当然だよ。だけど――」
金の髪が夜風に揺れ、少女の瞳が真っ直ぐアレンを見つめた。
「君には、やり直す権利がある。そして、選ぶ自由もね。復讐のために力を求めるなら…私は手を貸す」
その瞳には、どこか切なさと優しさが混じっていた。
アレンはしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……悪いけど、俺は誰も信じない。今度こそ、自分の力だけでやる」
「それでもいいよ。私は、君が君の選んだ道を進むなら、それでいい」
精霊は、どこか寂しげに微笑むと、ふっと消えるように姿を消した。
アレンはその場に一人残され、しばし空を見上げた。
満天の星が、彼の新たな道を照らしていた。
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