第18話 楽しい旅行!

いなりが発狂した後の俺はなんというか、元の暗い俺に戻っていた。


「……えと、ご飯美味しいにゃんね!僕食べ過ぎちゃわないか心配だにゃぁ」


「…そっか」


「…これお洒落な料理だね、お兄さんなら作れそう」


「…あんがと」


2人には申し訳無かったが、その時の俺には空返事しか出来なかった。


スミは下の喫煙室にずっと籠ってるし、いなりはと言えば宿の窓にもたれ掛かって外の景色をずっと見ている。


俺はいなりに話しかける気にはなれなかった。いつものお調子者ムーヴもこの状況だと不発確定だし、そもそもそんな気力が無かった。


夕飯を食べて布団を敷いて、みんなすることも無いので9時ぐらいには全員寝てしまった。


…このまま終わっちまうのか?あぁ…せっかくの旅行だったのにな。


――――――――


ボクは下の階で取り乱してから、ずっとご主人のことを考えてた。


ボクの考えは、きっとご主人には重いよね。ボクの想いも依存も、全部鬱陶しいと思われてるのかな。


…なんか布団が重く感じるな。寝れないや。


ん?誰か起きてる…なんだスミか。なんでご主人に股がって…


っ!?


「かはっぁ"」


「…何してんの。ご主人に何しようとしたの」


「見て分かんなかったか?うざってぇやつを俺の手でこr…お"ぇっ分かった、ギブだってギブっ」


ボクは無意識にそいつの首を絞めていた。ご主人に危害を加えようとしていることに気づいた途端、ボクの中にある何かが破裂しそうになった。


「…いい加減限界だよ。外に出て」


ボクとそいつは無言で階層を降りて、宿の前、2人月明かりに照らされていた。


「お互い気にくわないことだらけでしょ?かたを付けようか」


ボクが言うとそいつはすぐに戦闘体勢になった。きっと、最初からこうしたかったんだろうな。


先に動いたのはそいつで、手に込めた光をボクに向けて撃ってきた。


(気弾…?修得には少なくとも100年単位でかかるって…なるほど、ざらに200年生きてないってことね)


「どうした狐野郎!まさか俺の気迫にビビってんのかぁ!?」


何を見てそう思ったんだろう。まぁそんなこと、どうでもいっか。これから死ぬやつの言葉に意味なんて何も無い。


「それ以上自分の価値を下げるのやめたら。ゴミ以下になったら…また野良猫に戻っちゃうよ?」


「っ…!てんめぇ…!」


そいつは性懲りもなくまた気弾を溜めて、ボクに放った。


ドゴォォオオオンン――――


「へっどうしたよ、あんまりの速さに避けれなかったか!!」


「…敢えて受けてみたけど、思った1000倍生ぬるい威力してるね」


「なっっ……」


なんて顔してんのさ。まぁしょうがないよね、全力をぶつけたのにボクはびくともしてないんだもん。ほんっと…滑稽だなぁ。


「…っそれだけの力があって、なんで何もしてこねぇ!?俺は手にかける価値もねぇってか!」


「半分正解半分不正解。ちっちゃい頭でよく考えたね。ボクはね…我慢してるんだよ。あんたを殺したらご主人が喜ぶかどうか考えてるの」


あれでも、ご主人はこいつの事嫌いだったよね?確か来世の分まで殺したいって…


「…えっへへ、なぁーんだ。我慢する必要なんて」


無かったね―――――


―――――――


…あんなことがあったから当然寝れないな、目が開いちまった。


一人静かに煙草でも…ん、いなりがいない?


嫌な予感がする…まさかスミも、いないっ!


俺はすぐに部屋を出て、裸足のまま下に降りていった。


(くそ…俺の予感、頼むから外れてくれよ!)


ドゴォォオオオンンっっ……


なんっだこの音…!


宿の外に出ると、案の定そこにいたのはいなりとスミだった。


いやあれは、スミなのか…?毛が焼けて皮膚が爛れて…明らかやりすぎだいなり!


「さっきのはわざと外したけど、次は当てるよ。…何、気弾使えるのは自分だけだと思ってた?いやぁ、でもラッキーだよ。ボクのは火力が少し劣る分さぁ、ゆっくり苦しませながらあんたを殺せるよ」


「いなりっ!!」


いなりはハッとして俺を振り返るといつもの笑顔を作った。


「安心してよご主人~、ご主人が嫌いなやつもう死ぬからさぁ」


「やめろっ…やめろぉっっ!!」


「常識改変で二度と生まれてこないようにしてあげるよ!!!」




ちゅっ




「んっ、んぅ…んん!??」


咄嗟にいなりの口を俺の口で塞いだ。大分混乱しているようだったので、舌を入念に絡ませておいた。


「…っぷはっ!はぁ…はぁ…ごしゅじ―――わっ!」


俺はぐちゃぐちゃな視界のままいなりを押し倒していた。


「もういい……もう良いよ、いなり」


俺の涙がいなりの顔に落ちる。


「ごめん…ボク"っ…ま"た"間"違"え"ち"ゃ"った"ぁ…あぁっぅぁあ」


いなりが笑っていないところを、俺は初めて見た。


悲しいとか憤ろしいとか、そんな言葉では表せない無数の感情が、いなりを襲っていた。


「かひゅっ、ぜぇーっぜぇーっ…ごふっ…」


「…いなり、スミを回復してやってくれ」


その後いなりは常識改変で崩れた地形を直し、目撃者や音を聞いた人の記憶を全て消した。


スミを部屋の布団まで運ぶ頃には、死んだように寝ていた。


俺もいなりも布団に入り、お互い、忘れてはいけないことを忘れようと努めた。


色々思うところが多すぎるし、起きていなりと話そうとも思ったが、疲れから体が言うことを聞かず、意識を手放すのは容易かった。


翌朝。


いい匂いがするなと思い目を開けると、俺の顔をいなりの下腹部が覆っていた。


その光景と匂いから冷静さを取り戻し、俺はなぜか、笑いながらいなりをくすぐっていた。


「ふぁっ、きゃう!?キャッハハ!くすぐったいよご主人…ひゃぁん!」


俺達がくすぐりあっているとみんなが目を擦りながら体を起こし、気づけばみんな共通して、泣きながら笑っていた。


抱えきれない鬱憤や感情から、解放された気がした。


宿を離れて温泉街に別れをつげ、車に乗って帰ろうとしたその時。


「…あの、俺昨日何してました?」


後部座席にいるスミをみんな振り返る。


「酒でも飲みましたっけ…なんか、全部覚えてないんすけど」


「えっ」


…まぁ仕方無いというものか。いなりにぶちのめされて気絶したんだ。記憶が残っている方がおかし―――


…ん?


なぁんかスミの目が泳いでるな。まるで嘘を付いてるような…


「よぉしみんな!1泊2日から2泊3日に延長だ!」


「「「えぇーっ!?」」」


その場の全員は当然驚いた。


「どうしたのご主人!?…もしかして、まだボクとのイチャイチャが足りないとかぁ♡」


「着替えはどうすれば良いにゃ?手持ちは明日の分までないにゃっ」


「お金も心配だよ…旅行券のサービスはもうないんでしょ?」


「着替えは店で買う!旅行費は諸々俺が負担!いなりは俺にくっついとけ!」


「まぁ、良いんじゃないっすか」


そう言うわけで、俺達の旅行は延長することになった。


「へぇ、冬でも水族館ってやってるんだな」


「この神社趣すごいにゃ!写真撮るにゃぁ♪」


「高すぎる橋嫌い…足動かない…」


みんな1日目の分を取り戻すと言わんばかりに、我先にと面白そうな場所に寄っていった。


「ほらスミ。あっ、ブラックで良かったか?」


「え、あ…はい」


「スミ写真撮るぞ!さぁポーズとって」


「ん、こうっすか?」


俺とスミが絡むのを、他のみんなは微笑みながら見ていた。…いなりだけ怖い顔をしていた。


あっという間に時間はすぎ、俺達は2日目の宿の温泉に入っていた。


「…あの、いや。なぁ、なんで俺なんか気にかけるんだよ」


湯船に浸かりながらスミが言う。


「んー気にかけてるというか、ただ一緒に楽しみたいなって思ってるだけだぞ」


「…楽しむ?」


「そうそう、お前に何があったのかは知らねぇけど、その暗い過去。今ぐらい置いといても良いんじゃねぇか」


「うるせぇな…無神経なこと言うんじゃねぇよ」


相変わらずの悪態と、目を常に閉じているので分からないが、なんだかその顔は以前より穏やかになっていた。


「…まぁさ、お前もよく頑張ったよ」


俺はおもむろにスミの頭を撫でる。


「…っ!……なんで、そんなこと…」


(ほれスミ、ばあちゃんの膝にお乗り)


(スミは強いこだねぇ)


(来な、頭を撫でられるのスミ好きだろう?)


俺が頭を撫でていると、スミは涙を流し始める。


「あんた…本当は俺が記憶なくしてないって分かってて…こ、こんな卑怯な俺をっ」


「ん~なんのことだ?だって、せっかくの旅行なんだから、楽しんだ方が良いだろ」


スミはその時初めて目を開けた。水色と黄色が混じった、綺麗な目を。


「俺っ…本当は分かってたんだ…悪い人間だけじゃないって……あんたみたいな、良い人もいるって…」


泣くスミの肩に手を置く。いなりも、この時だけは嫉妬しなかった。


「なぁに泣いてんのぉ。めそめそ泣いて子猫みたいだよ」


「ひぃっ!あ、わ、悪かったよ。色々迷惑かけて…」


「…ボクにも謝らせて、ごめんね」


夕飯時になるとみんな酒が入り、どんちゃん騒ぎしてから名残惜しそうに寝ていった。


「ふわぁ…寝れないの?ご主人」


「ん?あぁ、俺は運転手で酒飲めないから水で誤魔化してるんだよ」


「ふふっ、水なんかよりボクのあまぁいキスをあげようかぁ?ご主人にキスしてもらったの嬉しかったなぁ♪」


「あれは俺もどうしたら良いか分かんなかったから…でも、大好きだぜ、いなり」


「えぇへへぇボクもぉ!………ねぇ、シよ?」


「初めてがお洒落な宿とか良いな…ほら、来いよ」


こうして楽しい旅行は幕を閉じた。ちなみにスミは、旅行中撮った写真を額にいれて、自分の部屋に大事に飾ったんだとか。






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