第17話 楽しくない旅行
旅行の日程とメンバーが決まってからあっという間に時間が経ち、気づけば旅行当日になっていた。
「ご主人とデート!そうこれはデート!いっぱいメンバーいるけど四捨五入すればデートっ!」
「…あ、ティッシュ忘れた」
「んにゃ、僕の使うかにゃ?」
「…ちっ、っるせぇな…」
各々盛り上がってるなぁ、楽しそうで何よりだ。
俺はと言えば、これから始まる長時間運転に絶望してるんだがな…
「もちろん助手席はボクだよね!いやぁ、運転するご主人もかっこいぃ~♡」
「ペーパードライバーの俺が格好いいとな?」
本当は運転避けたいしバスと電車が良かったんだが、大勢で動くのは慣れてないから(俺の都合)こうして俺の車で行くことになった。
「みんな準備は良い~?楽しい温泉旅行、レッツゴー!」
車を走らせサービスエリアに寄って、おしるこであったまって、そうこうしている内に温泉街周辺まで来ていた。
「あっという間だったにゃ!にゃ~見たことない景色が広がってるにゃぁ」
「寒そう…もっと上着持ってくれば良かったな」
「こんな馴れ合い、なんの意味もねぇよ」
たまに後ろから雑音が聞こえてきたが無視をして、車を駐車場に停めて歩いて温泉街を回ることにした。
「やっと着いたな、みんなどこか行きたいとこあるか?」
「僕、あそこの和服とアクセサリーのお店に行きたいにゃ!」
「…俺はどこでも」
「ボクご主人と食べ歩きに一票!」
「えぇ、人がいないとこが良いっす」
各自自由行動にしようかとも思ったが、せっかくみんなで来たので、行きたい場所を全部回ることにした。
「この服可愛いにゃぁ!いつか買ってみたいにゃぁ」
「どうせ似合わないっすよ」
「…」
「ん、これ美味いな!いなりも食べてみろよ」
「間接キスとかキモいっすね」
「…」
「…あ、このお守り、お兄さんにあげる…」
「そんなん貰って嬉しいんすか?」
「あのさ」
しばらく街を歩いているといなりが足を止める。
「君さ、事あるごとにつまんないこと言って場の空気凍らせて、何がしたいの?」
「別に、ただ思ったこと言ってるだけっすよ…なんか問題でも?」
いなりとスミが睨みあっている。まずいぞ、この空気はかなりまずい。
確かにスミの言動行動は良い印象ではないし、むしろみんなの気分を下げてしまっている。
でもいなりの思ったことをそのまま言ってしまう癖もまずい、このままだとスミを怒らせかねない…
「…はぁ、俺、あっちの方行ってくるっす」
「にゃ、あんまり一人で行かない方が…」
「ダルいんすよこういうの。あんたらだって、どうせ俺がいない方が良いって思ってるんじゃないすか?」
そう言うとスミは一人で別の道にいってしまう。
「…思ってない訳ないじゃん…なんなのアイツ」
「みっ、みんな腹減ってねぇか!?俺昼飯にしたいなー!うどんとかどうよっ」
4人になってからの空気は地獄だった。1人が話して、沈黙。また1人話して、沈黙。
序盤の楽しい旅行気分は、もうなくなりつつあった。
それでも夕方になり、今日泊まる宿に着くとみんなの気分は少し晴れていた。
「おっきな宿だねぇ!温泉も豪華なんだろうなぁ」
中に入ろうとすると後ろから人の気配がした。
「宿行くんなら連絡くれません?場所分かんなかったんすけど」
正直、もう二度と見たくない人物が帰ってきて、俺の表情は完全に死んでいた。
「ご主人温泉!一緒に温泉タイムだよぉ」
「そうだな。えと…いなりはオス…メス…ゔぇ?」
「僕だけ女湯かぁ、ちょっとさみしいけど行ってくるにゃんね!」
脱衣場で服を脱いでるとスミが戻ろうとする。
「あれ、温泉入んねぇのか?」
「温泉は人が多いっすよね?…俺は部屋に付いてる風呂で良いっすよ」
「…あの人、俺より闇深そうだね」
スミのことは何も知らないが、本当に人間が嫌いなんだってことは分かる。俺を事あるごとに避けてるし、俺と話すときだけより一層目付きがキツくなる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「失礼します、ツキ様…ゆうと様達のご様子を見ているのですか?」
「あぁユナタ、そうじゃ。じゃが…やはりスミを行かせるべきでは無かったのかのう」
「…差し支え無ければ教えて頂けますか?スミは、なぜあそこまで人間が嫌いなのでしょう」
「…スミは、死んで神になる前は普通の野良猫じゃった。元々スミは人間に興味があったのじゃが、運が悪くての…スミが会う人間は皆猫が嫌いだったらしく、スミを煙たがっていた」
「…」
「そんな状況でも、スミには心のよりどころがあったのじゃ。古い一軒家に住む老婦はスミをよく可愛がっておった。スミが来る度に餌をやり、手が空いているときは頭を撫で、スミはその老婦を気に入っておった」
「良い話ですね。でもそれがなぜ、人間を嫌うことに?」
「…スミが老婦と出会ってから3月後、老婦は持病で倒れたのじゃ。元々体が弱かったそうじゃが、ついに限界が来てしまったようでの。」
「…それで?」
「その老婦には息子がおったのじゃが、そいつは救いようのないクズでの。助かったかも知れない老婦を、遺産目当てで見殺しにしたのじゃ」
「…酷い話ですね」
「あぁ。老婦が亡くなった理由を知ったスミは老婦の息子を引っ掻いた。それがきっかけで、スミは息子とその取り巻きに…そのまま神になったスミは、二度と人間とは関わらないと決めたのじゃ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「はぁぁ良いお湯だったぁ!次は夜ご飯が楽しみだなぁ♪」
温泉を上がった俺達は部屋に戻ろうとしていた。そんな中、蒼が立ち止まる。
「…こんな所にも卓球ってあるんだ」
蒼の視線の先を見ると、卓球台やら自販機やら、なにやら楽しめそうなスペースが広がっていた。
「ボクはご主人に決闘を申し込む!相手がご主人でも容赦しないよぉ」
「蒼くんは僕とねっ」
「…うん」
しばらく卓球を楽しんでいるとまたスミが来た。
「…何しに来たの」
「別に、ジュース買いに来ただけっすよ」
相変わらずの悪態に、その場の空気が一瞬よどむ。
「…次はご主人が先攻ね!負けたらボクなんでもしてあげるよぉ」
「…なんでもねぇ」
まだそこにいたスミはいなりを睨みながら話し始めた。
「そんなやつに尽くしてなんになんだよ。いけすかねぇただの人間なんかにさ」
「…」
「ご主人の為ならなんでもしますーって、笑わせんなよ。じゃあお前、そいつに死ねって言われたら死ぬのかよ?」
「死ぬよ」
「……あ?」
いなりの発した言葉にその場の全員が驚く。
「ボクはご主人に一生尽くすよ。死ねって言われたら喜んでボクは死ぬし、お前を殺せって言われたらその通りにするんだよ?」
「おいいなりっ!」
「…ごめん、ちょっと散歩してくる」
そう言うといなりは、顔を見せないままどこかへ行ってしまう。
「にゃっ、ゆうとさん!?」
俺は何も考えないまま必死にいなりを追いかけた。必死すぎて息をするのを忘れ、肺が苦しくなった。
「はぁっはぁっ…いなり…はぁ」
やっと見つけたいなりの背中は、いつもとは全く違っていた。
「いなり…お前、あれはどういう意味で」
「ご主人はさ、ボクの覚悟を知らないでしょ?」
「…え?」
「ボクは文字通り、ご主人の為ならなんだってする。お金が欲しければいくらでも作るし、ご主人以外の人間を消せって言われれば全人類を根絶やしにする…」
「いなり……?」
「っこの世界が嫌なら壊して創り直すし!ご主人が望む世界をいくらでも創るっ!!ボクが飽きたなら代わりを用意するし、気にくわないなら黒夜も蒼もスミも母上も殺す!」
「いなりっっ!!」
「大体さぁっ!みんなご主人にベタベタし過ぎなんだよっ…あたかもご主人の友達ですみたいな顔して……ボクのなのにっ、ボクのっっ、ボクだけのご主人なのにぃぃいっ!!」
もふっ――――――
「……ふぇ…?」
俺は気づくと、泣きながらいなりを抱き締めていた。
「ごしゅ、じん…?あぁぁ、ボク…ボク、なんてことを…」
無言で抱き締め続ける俺の背中をいなりは強く、強く抱き締めた。
「ご主人っ…ボクの、ご主人っっ……」
抱き締める力がいつもの数十倍強い。肺が苦しい。骨が折れそうだ。
「…戻ろう、いなり。みんな心配してるぞ」
「…うん」
いなりが逃げ出してから俺は一度も、いなりの顔が見れなかった。
見れないし見たくもない、少なくとも今の状態のいなりの顔は、絶対に。
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