第16話 楽しい旅行?

季節は冬。俺はすっかり神様達がこっちの世界にいることに違和感を感じなくなっていた。


「しっかしさみぃなぁ、今何度だろ」


「ご主人寒いのぉ?じゃあボクを着て!」


「おんぶしながら歩けって言うのか?気持ちはありがてぇがそりゃちょっと難しいだろ」


俺達は雪が降る街を歩いていた。特に目的もなく、ただぶらぶらと歩いている…まぁ、いなりとのデートって感じかな。


「あ、ご主人あそこで福引きやってるよ!行こうよぉ」


「福引き?珍しいな」


福引きというなんとなく懐かしい言葉に惹かれて、俺達は福引き会場へと足を運んでいた。


「あ、福引きされていきますか?1等はとっても豪華ですよー!」


うさぎ獣人の神様がベルを鳴らしながら話しかけてくる。


「やります!良いよね、ご主人?」


「おうよ、俺は運ねぇからいなりがやってくれ」


いなりは小さい手で福引き機を回し始める。


「良いのこぉい!…おっ」


コロコロと出てくる玉をうさぎ獣人が手に取る。するとその人の目がみるみる内に丸くなっていく。


「わっわっ1等です!おめでとうございますー!温泉旅行券人数無制限当たりでーす!」


「え"ぇっ⤴⤴(裏声)」


「やったねご主人!ボクと温泉旅行デート行けるよぉ♪」


まさか当たるとは思っていなかった…しかも1等。いなりの運恐るべしだなぁ、神様だから福を呼び寄せたとか?


「お手柄だぞいなりぃ!さーて誰誘うかなぁ」


「えっ、2人きりのデート旅行じゃないの…?」


「こ、今度また機会を作るから!そんな泣きそうな顔すんなって!」


俺も正直いなりと2人きりで行きたいが、こんなに良いものを2人占めはなんだか決まりが悪い気がする。


人数無制限らしいし、最近知り合った神様達を連れていこうかな…え、人数無制限??


「じゃあ黒夜を誘おうよ!あの子きっと喜ぶよぉ」


「そうだな、じゃあ蒼も誘うか?あでも、あいつあんまり人がいるのは好きじゃなさそうだしな…」


「…俺がどうかしたの?お兄さん」


「え」


後ろから声がかかったので振り返ると蒼がいた。


「久しぶり…お兄さんがくれたパーカー、あったかくて良いよ…」


照れながら蒼はそう言う。なんだか丸くなったなぁ。


「こんなとこで会うなんてな!そうそう、温泉旅行券が当たったから蒼も誘おうと思ってさ」


「温泉旅行?…お兄さんと?」


相変わらずジト目だが、蒼の目はうっすらとキラキラ輝いていた。


「温泉…お兄さん…鼻血出ないように頑張るよ」


「おう!じゃあ蒼も参加だな、黒夜もいるし賑やかな旅行になりそうだ。詳細が決まり次第メールで送るからな」


蒼に別れを告げると、俺達は蒼の後ろ姿のしっぽが揺れるのをボーッと眺めていた。


「んもう今から楽しみだよぉ!行く人はボク、ご主人、黒夜と蒼で…」


「面白そうな話をしているのぉ」


「!?」


声の方を振り返るとゲートから出てくるツキさんがいた。


「ツキさん!どうしてここに?」


「お主らが楽しそうな話をしているのを見ていて、いてもたってもいられなくなったんじゃ」


ん?ゲートから出てくる前はそばにいなかったよな。なんで俺達の会話の内容を知って?


「そりゃお主、狐器水晶玉でお主らの会話を見て聞いてたからに決まっておろう」


「また心を読んで…もしやあれですか?神界から人間界を見れる水晶玉~みたいな」


「ご名答じゃ、音も聞こえる優れものじゃぞ」


そういえば前も俺達のことを見てたって言ってたな。あんまりプライベートを覗かれるのは嫌なんだが…


「それで話を聞いて思わず来たって訳ね!母上も旅行に行きたいの?」


「いや、そう言うわけではないのじゃが…ほれスミ、こっちに来んか」


スミ…?思わず嫌な記憶が蘇ってしまう。


渋々ゲートから姿を出したのはやはりスミだった。ただ今回は最初っから本性丸出しのようだ、常に俺を睨んでいる。


「ちっ、なんで俺がこんなこと…」


「静かにしておれ。お主らよ、こやつを一緒に旅行に連れていってくれぬか?」


「「えぇっ!?」」


思わずいなりと2人でハモってしまった。そりゃ驚くだろ…一体全体なんだってそんなことを?


「こやつは昔っから人間界もとい人間が嫌いでのう。人間の魅力に気づかせてやるために、お主らと楽しい思い出を作らせてやって欲しいのじゃ」


「楽しい思い出って…こいつと?」


いなりは怪訝な表情でスミを睨み付けるが、俺はいなりをなだめて言った。


「別に一緒に来ることは構いませんよ。ただ、いなりに手を出したら…俺も冷静じゃいられなくなりますよ」


「分かっておる…その件は本当にすまんかった。でもどうか頼まれてくれぬか?こやつにも少しじゃが礼儀を叩き込んだからの」


「…あ~、よろしくっす…」


「これスミ!正しく敬語を使わんか!」


礼儀を叩き込んだ…これでか…?


「はぁ…じゃあ、よろしくなスミ」


「あぁ、うっす」


「これっ!」


こうして温泉旅行のメンバーは、俺、いなり、黒夜、蒼に、スミの5人になったのだった。


家に帰ると、俺達は思い腰を下ろした。


「あ"ぁ~~、なんであいつなんかが来ちゃうのぉ。ご主人も、なんでオッケーしちゃったの!?あんなやつぺちゃぺちゃのぶちぶちにすれば良かったのにっ」


「そんな物騒なこと言うなよ…一応ツキさんの家来だし、邪険にするのもあれだろ。…本当は来世の分まで殺してやりたいがな」


「ご主人の方が物騒だよっ!?」


なんとか気分を変え、旅行メンバー全員にメールを送った。喜ばしいことに、みんな来れるようだ。…そう、文字通り"みんな"だけどな。クソッ


温泉旅行券は行きと帰りの交通機関の料金が無料、温泉、宿泊施設も無料という、ちょっと信じがたいほど手厚いサービスだった。


「ふむふむ…付属のパンフレットを見てみると、場所は有名な温泉街らしいよ!」


「どれ…お、ここかぁ!前々から行ってみたかったんだよなぁ」


「名物の肉寿司とかラーメンとかぁ…一緒にいぃっぱい食べ歩きしようねっ!」


「お前本当に食いしん坊だな」


いなりと旅行のプランを練っていると憂鬱な気持ちは徐々になくなり、最後の方は楽しみという気持ちが勝っていた。


俺達はまだ、この旅行が普通には終わらないということを知らない。








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