第15話 匂いが導くもの

獣人の子を俺の家に入れる頃には、俺達はビシャビシャになっていた。


「寒い…これじゃ雨宿りしても意味がないよ」


「そそそそうだな、おっ丁度風呂が沸いてるから入ってけよ」


「他人の家のお風呂に…?ん、でも…もう他人じゃないか…」


「なんか言ったか?」


その子は何でもないと言いながら俺についてくる。


風呂の前で服を脱ぎ始めるとその子は驚く。


「え…お兄さんも入るの?」


「そりゃそうだろさみぃんだから、嫌なのか?」


「んぅ…えと、うん…」


顔を少し赤くしてもじもじしている。どうやらオス同士でも裸を見せるのは恥ずかしいらしい。


「俺、誰かとお風呂に入るなんて経験ないから…優しくしてね?」


「風呂入るだけで何を考えてるんだ…?」


そんなこんなで俺達は服を脱いで風呂に入る。


「やっぱり恥ずかしい…あんまりこっち見ないでよ?」


「分かったけど、本当に恥ずかしがり屋だなお前」


シャワーを浴びながらこちらをチラチラと振り返っている。え、なんでそんなことが分かるのかって?こっそり見てるからに決まってるだろ。


「……なんか視線を感じるんだけど」


「そっそういえばまだお互い名前知らねぇだろ!俺はゆうと、お前は?」


「…そ、蒼。一応覚えといてよ」


名前を答えてる間も最低限の動きで体を洗っている。そうとう恥ずかしいんだろうな、絶対に後ろは向かないし。


(まぁ可愛いおしりが丸見えなんだけどなぁ)


「蒼はいくつなんだ?俺の目にはかなり若く見えるが」


「今年で9歳…お兄さんよりずっと若いよ」


「俺もまだ20代だ!十分若いからな?」


そうこう言ってると、蒼が背中を洗い始める。


「…一人だと洗いにくいだろ?背中流してやろうか」


「…うん、じゃあお願い」


なんだ、随分と素直に受け入れるな。


「…お兄さんの手、硬い…それになんか手つきがいやらしい」


「そっんなことねぇぜ!?ただ洗ってるだけなんだからやらしいも何もないだろっ」


蒼はちょくちょく文句を言ってくるが、しっぽは嬉しそうにゆらゆら揺れていた。可愛いな…触ったら怒るかな?


「…なんだかこうしてお兄さんに背中を流して貰ってると、今までの孤独も一緒に流されていく気がするよ」


「…そうか」


「俺は神界にいたときはずっと一人で、昔から孤児院で育ってきたから知り合いもいなかった」


蒼は淡々と話し始め、いつの間にか俺に身を寄せていた。


「本当はさ、誰かを信じたかったんだ。ずっと、お兄さんみたいな人と…えと、会いたかった…」


気づくと蒼は喉をゴロゴロ鳴らしながらこちらを振り返っていた。


「…ありがとう。お兄さんのこと、俺信じてみるよ」


「ゆっくりで良いって、でも、信じてくれてありがとな」


俺がそう言うと、蒼の口角がほんの少し上がった気がした。


「あっ」


「ん?」


蒼が突然声をあげてフリーズした。どうしたんだ?蒼の視線の先は……俺の俺!?


「あっう、んぁ…」


蒼は鼻血を垂らして後ろに倒れてしまった。


「おっとあぶねぇ!おい蒼、大丈夫か?」


間一髪で体を支えて声をかけるがうわごとしか返ってこない。


体が火照ってる…のぼせたのか。


すぐに風呂を出て、バスタオルの上に蒼を裸のまま寝かせる。


「こういう時はなんだ…?とりあえず冷たいタオルを額に…」


「ひゃっ!つめ、たい…」


だんだんと意識がはっきりしてきたようだ。


「蒼、大丈夫か?そんなに男の裸に耐性ないんだったら、先に言ってくれればタオル腰に巻いたのに」


「あぅ…見ないでぇ…」


全身を火照らせながら手で顔を隠している。なんだ、なぜか無性に興奮してしまう。


「ちょっとそこで寝てろ、体から熱抜けるまであんま動くなよ」


「…ごめん、迷惑かけて」


蒼は申し訳なさそうに謝る。会ったばっかの時に比べると素直すぎて、本当に同じやつかと思うくいだ。


「気にすんなって、火照ってる蒼が可愛いから許す」


「……変態」


蒼の分の夕飯を作っていると、いなりが帰ってきた。


「ただいま、いやぁ楽しかったぁ!バイキングだけじゃ物足りなくて買い食いまでしちゃっ…え、何この子、なんで裸なのっ!?」


いなりが肉球でぽこぽこ俺を叩いてくる。


「ご主人のえっち!ボクという狐がいながらオス猫に手を出すなんてぇ~!」


「ちんげぇよ!風呂貸したらのぼせたから休ませてるんだって」


「一緒にお風呂入ったの!!?」


わめくいなりを落ち着かせながら料理を作っていると、蒼が起きた。


「…ん、どのくらい寝てた?」


「そんなに経ってねぇよ、そこの服やるから着てみろ」


蒼に俺の服を着せて、イスに座らせる。


「いただきまぁす!」


いなりと俺が夕飯を食べ始めると、蒼はそわそわし始める。


「え、なっ何すれば良いの…?」


「何って…腹減ってねぇか?よけりゃ好きに食ってくれ、味には少し自信があるぜ☆」


蒼は少し躊躇いながらも、目の前にあるオムレツを食べ始める。


「…!美味しい」


「蒼君っていったっけ?ボクのご主人の寛大な心に感謝してよねっ」


「こらいなり!初対面のやつにそんな風に言うなよ」


「だってぇ…ご主人がボク以外とお風呂に入って、ご飯まで一緒に食べるなんてぇ」


いなりが泣きながら食べるのを見て俺は笑う。蒼の表情も、笑ってはいないがどことなく穏やか感じになっていた。


「蒼はこれからどうするんだ?こっちの世界でやっていくなら、寝泊まりするとこも必要だろうし」


「…銭湯掃除のアルバイトを雇ってるって張り紙があったんだけど、そこで働いてアパートにでも住もうかなって」


「良いね良いねぇ!ボクもこっちの世界に来たばっかの時は大変だったなぁ」


「おめぇは最初から俺の家でぐうたらしてたじゃねぇか!」


「ひゃんっ!耳っ、強くもふらにゃいでぇ…」


俺達が話していると蒼は俺を見つめてくる。


「…楽しそうだね、いつもこうなの?」


「おう、いなりと俺はいつもラブラブだぜぇ」


「ラブらっ……そっか」


言いかけると蒼は下を俯いた。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか?


「そうだね…こんなにいい人、恋人がいない方がおかしいか…」


蒼が小声で何か言ったようだったが、また俺は聞き取れなかった。


「ご馳走さま、洗い物は俺がするよ」


「良いのか?じゃあお願いするわ、いなりも手伝ってくれ」


「もっちろん!ご主人の為ならなぁんでもしてあげるっ」


3人でわちゃわちゃ洗い物をすると一瞬で終わり、なぜかキッチンもいつもより綺麗になっていた。


「今日ぐらいは泊まってけよ、雨もまだもやまねぇしな」


3人は寝る支度をして床についた。


「お休みご主人!夢にボクが出てくると良いねぇ」


「お休み…蒼のやつ、リビングのソファで良いって言ってたけど本当に良かったのかな?」


「良いんじゃない?本人が良いって言ってたんだし、人の布団で寝るのってあんまり落ち着かないしねぇ」


「(初対面である俺の布団で爆睡してたお前が言うか!)」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


翌朝、少し早めに目が開きリビングに行くと、蒼の姿はなかった。


メモ用紙とペンの位置が変わっていることに気づくと、テーブル上に手紙を見つけた。


「お兄さんへ、一言じゃ言えないけど、本当に色々ありがとうね。俺が初めて信じたのがお兄さんで良かった。信じさせてくれてありがとう。あと、お兄さんの匂い、俺好きだよ。またね」


手紙の下には、電話番号も一緒に書かれていた。


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