第12話 本当の愛ってやつ

お見合い会場は俺の家にするらしく、今はリビングの片付けと、料理の準備をしている。


その間も、いなりの発する言葉にいちいち胸が痛くなった。


「お兄さん料理得意なんだね、いい匂い~!」


「ボクは狐のいなりだよ!可愛いでしょぉ」


「お兄さん、ボクのこと知ってるの?」


見知ったいなりのはずが、全く知らない他の人物のような気がして、俺は吐きそうになりながら料理を作った。


「会場が整ったようじゃの、では改めてこのお見合いの説明をしよう。ゆうととスミ、どちらを主人にするかをいなりが決める。選ばれなかった方は妾の主人になる」


何度考えても絶望的だ、俺なんかが、こんな俺がいなりに選ばれるわけ…


「お見合い開始!」


俯いているとツキさんはそう言った。


まずい、せめて会話の先手を-


「いなりちゃんだっけ?毛並みが凄く綺麗だね」


先にいなりに話しかけたのはスミだった。


「そう?えへへ、ありがとねぇ」


それをきっかけにスミは、質問と称賛を繰り返していなりを口説き続ける。


くっそ、思ってもねぇことばっかり言いやがって!愛想笑いがバレバレなんだよ…


それでもスミは、圧倒的なコミュニケーション能力で会話を自分のペースに持ち込んでいた。


「そうなんだ~…えっと、そっちのお兄さんは?」


いなりがこっちに興味を示した!これはアピールするチャンスだ。


「お、俺はゆうと…嫌いなものはきのこで、いやっ別に言わなくて良いか…ってより、いなり、ちゃんはすごく可愛い-」


「俺いなりちゃんのこと好きだなぁ、どう、俺を選ばない?」


「えぇ~、どうしようかなぁ」


どもっているとスミに言葉を被せられる。


スミは正直チャラい感じだが、今のところ好印象なのは圧倒的にスミの方だ。


「口についてるよ、はいハンカチ」


そうだ、気遣い!俺も何か気遣いを…


「いなり、ちゃん!水入れるからコップ貸して…」


「あ、お水はまだ良いよ、ありがとね」


素っ気なくあしらわれてしまう。どうしよう、いなりの興味は完全にスミにいってしまっている!


このままじゃ…本当に…


「あっ、お水溢しちゃった!ちょっと座布団変えてくるね~」


そう言うといなりは奥の部屋に行ってしまった。


いなりがいないこのタイミングで、どうにか会話の切り出しかたを考えて…


「いやぁ、あのいなりってやつ良い体してんなぁ」


「…え」


「毛並みはどうでも良いけどあの腰つきとかさぁ、思いっきり胴体掴んで犯してぇよな」


何を、言ってるんだ?


さっきまでのスミの様子とは全く似ても似つかない。優しい印象だったはずが、今では優しさの欠片も感じられない。


「ゆうとっつったっけ?あんまでしゃばってると潰すからな。あのメスは俺が貰うぜ」


こっちがこいつの本性か…!尚更こんなやつにいなりを渡すわけには…


「お待たせ~、さぁ続きを話そ!」


「お帰りいなりちゃ~ん、思ったより早かったね?」


「うん、2階にも洗面台があるからそっちに行ったんだ」


このままじゃまずい…何か、何かきっかけを…


…ん?なんで2階にも洗面台があることを知ってるんだ?


今のいなりは、俺のことはおろかこの家のことも忘れてるはず。


いなりが記憶を無くしてから確認しに行った様子も無かったし、そもそもなんで座布団の替えがある場所をしって…


「い、いなりちゃん、好きな食べ物は?」


「プリンだよ!下の冷凍庫でちょっと凍らせると美味しいんだよねぇ」


「た、たまに凍らせすぎたりすることもある?」


「そうそう!よく知ってるねぇ」


やっぱりだ!ほんの少しだけど、記憶が残ってるみたいだ!


このまま上手く記憶を引き出せば、なんとか俺を選ばせることが…


「へぇプリン好きなんだぁ、じゃあ俺が沢山買ってあげるよ~」


「ホントにっ?じゃあ今度買ってもらおうかなぁ」


馬鹿か俺は!いなりに少し記憶があるからって、元々俺に勝ち目はない。


「あっはは、スミさんは面白いねぇ、でも、もっと本音で話してくれても良いんだよぉ」


…本音?


「いや、俺ずっと本音だよ!いなりちゃんにはありのままを見せたいからさぁ」


本音で、話す…


(僕がご主人を好きな理由はね、いつも自然体でいてくれることだね。本音を隠さず、面白おかしく喋ってくれるから好き!)


自然体で…


「いなり…はさ、どんな男がタイプ?」


「…あ?」


「ボクはねぇ、楽しくて正直な人が好きだなぁ!いつも自然体で、本音で話してくれる人!」


「そうだよなぁ、ばか正直なのはあれだけど、本音で話してこその会話だもんな!」


あぁ、そうだよ、これが


「どうしたの急に?ゆうとさんボクのこと知ってるみたいに言っちゃってぇ」


「当たり前だろぉ!?お、れ、は!いなりが生まれる前からずっとしってたんだぜぇ」


こういうのが本当の俺だよ


(ご主人は、ご主人らしくて大好きだよ)


「えへへっ、なんかゆうとさんらしいね!…あれ」


「つーかいなり、お前絨毯の上で寝るのやめろって!ほこりがついちゃうっていつもいってるだろ?」


「だ…だって気持ちいいんだもん!ゆうとさんも結局ボクと一緒に寝てるじゃん~」


いなり、覚えてるだろ?この数週間、短い間だけど、確かに出来たお前との絆。


「言ってくれるなぁ?まぁ俺はそんないなりが好きなんだけどな」


「えへぇ、ボクもごしゅ…ご主人らしいご主人大好きだよ!」


忘れるわけないよな、お前が。


「っ…、てかさぁいなりちゃん!このゆうとってやつダルくね?あたかもいなりちゃんのこと知ってるみてぇなさぁ!?」


「…」


「俺はいなりちゃんのこと知らねぇけどさぁ、これから沢山内面を知っていこうと思って-」


「君は一回や二回、ボクの中に入れたら飽きて捨てそうだけどね」


「…は?」


いなりの言葉にスミは怒り、いなりの頭を掴もうとする。すると、ツキさんが手でスミを制す。


「やめんかスミ……もう、良いのじゃ」


「いなりはたまに口悪いよなぁ」


「ご主人こそ口悪いじゃん!」


「そりゃ俺のアイデンティティなんだからしょうがねぇだろぉ」


気づくといなりの座布団はまた濡れていた。


「なんだいなり、また水溢したのかぁ?」


「溢してないよ…ただ…なんか、こぼ、れ…」


きっと最初から、いなりが俺を選ぶことは決まってたんだ。


誰にも裂けやしねぇよ、俺といなりの絆は。


「いなりのそんなおちゃらけたとこも、」


「ご主人のそんな正直なとこも、」


「 「大好きだよ」 」


いなりはそう言うと、泣きながら俺に抱きついてきた。


「ご主人っ…ご主人!ごめんっ、ぼく…ボクっ、もう少しでご主人を忘れて…」


「別に良いって、結果忘れてないんだから泣くことねぇだろ?」


「…う"んっ…ひぐっ…大好き、ご主人…!」


「ちっ、もうちょっとでヤれたのによ」


「やめんかスミ!…妾は、とんだ馬鹿者じゃったのう…」


いなりの目が、虚ろだった目がいつもの明るく光る目に戻っていて心の底から安心した。


もう離さないからな、いなり。


俺の大好きな、いなり。


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