第11話 突風が吹くようだ

神界から帰ってきて数日が経った。


いなりと生活し始めてからは数週間ほど経っているのだろうか。


俺といなりはこの短期間でかなり仲良くなっていた。お互いに身を寄せ合い、愛を語るぐらいの仲に…って、これじゃまるでカップルだな。


いなりのお陰で、根が暗い俺も大分明るくなった。


「ご主人~、この世でいっちばん大好きだよぉ」


「じゃあ俺は宇宙で一番大好きだぜっ」


「キャーハハァ!尻尾の付け根嗅がないでぇ♡」


とまぁいつもこんな感じでいちゃついてる。


「しっかしいなりは変わってるよな、こんな俺のことが好きだなんてさ、一体どこに惹かれるんだか」


正直疑問だった。こんな冴えない俺の事を、会って初めての日から慕ってくれていたいなりの心境が読めなかった。


「なんでだろうねぇ、なんか運命感じちゃったんだよね!目があった瞬間ビビっと!耳から尻尾の先まで痺れちゃったんだよぉ」


「それ大丈夫か?」


「僕がご主人を好きな理由はいつも自然体でいてくれることだね。本音を隠さず、面白おかしく喋ってくれるから好き!」


急に褒めてくれるもんだから、俺は恥ずかしがりながら頭をかいた。


「なんだよ急に、照れるだろ」


「いんやぁ、だって本当に思ってることなんだもん!」


そういうといなりは体を擦り寄せてきた。甘く優しい匂いが俺の体も心も包んでくれる。


「ご主人は、ご主人らしくて大好きだよ」


いなりの優しい愛に浸っていると、背後から奇妙な音がするのを感じる。


「なんだ…?」


振り返ると、そこにはゲートがあった。そう、いなりと共に神界にいった際に使ったゲートだ。


「えっ、ボク以外にゲートを使える人なんて…」


だよな、そうだよな!?もしかして、神界から誰かがこっちの世界に来たっていうのか?


「狭っ苦しい部屋じゃのう、まぁ庶民の家じゃとこんなものなのかのう」


ゲートから出てきたやつはそう言いながら部屋を見回す。


なんだこいつ…いなりと同じ狐か?ゲートから来たのだから神様ってことで間違いはないんだろうが…


「おぉいなり、久しぶりじゃのう」


「はっ、母上!?」


その狐が話しかけると、いなりは冷や汗をかきながら驚いた。


やけに焦ってるな、母上って言ったか?そういえば、神界にあるいなりの実家に行ったときも母上がどうのこうの言ってたっけ。仲が悪いのだろうか。


黄色と茶色と白と、いかにも狐らしい配色の体。かなりむっちりしてるな…いなりよりも肉つきが良さそうだ。目は細く、ニヤリと目尻と口角が上がっている。


「ぼ、ボクはまだ母上の言ったこと受け入れてないからね!」


「はぁ、所詮子供じゃのう。脳が小さいのではないのか?ほれ、お主の神力で大きくしてみんか」


「むぅぅ~…!」


かんっぜんに置いてきぼりだな。全く状況がつかめないぞ。


「…ん?」


やっと目があったな…なんか怖そうな狐だし、むしろスルーしてくれた方が俺的にはいいのだが。


「なっ!…なんて色男なのじゃっっ!!」


…は?


「お、おお主がいなりの主人じゃな!?なんってイケメンなのじゃぁ♡」


そう言いながらその狐は腰をくねくねさせている。


色男…イケメン…俺が?死んだような目にかくばった輪郭。どこがイケメンだというのだろう。


「あぁ申し遅れたの、妾の名はツキ、いなりの母じゃ。いなりから少しは話を聞いておるのじゃろう?」


「あ、どうも初めまして…」


そうだツキって名前だったよな。いなりの母…いなりとは全く違って、かなりの威厳を感じる。睨まれたら多分、俺は失禁するだろう。


「それで…こんなとこに何の用で?」


「あぁそのことか、人間界と神界がどういうわけか繋がっておったから様子を見に来たのじゃ」


人間界と…繋がって?


「それは一体どうい-」


「そんなことよりお主!妾の主人にならぬか?」


え?


「何を言ってるか分からぬか?いなりとの契約は破棄して、妾がお主の従者になると言っておるのじゃ」


「はぁっ!?」


いきなりなにを言ってるんだこの狐!?


「契約破棄って…それじゃあボクはご主人と一緒にいれなくなっちゃうよ!」


「あぁそうじゃな、じゃがいなり、お主の意見は聞いておらんぞ」


「なっ…」


滅茶苦茶だ…まず状況を整理しよう。ツキさんが、多分俺に一目惚れ。で、いなりと俺の仲を引き裂こうとしてる。んで、いなりはそれを止められるような立場ではないらしい…


あれ、これまずくね?


「と言っても、契約破棄を無理矢理させることは流石の妾でも出来んからのう」


良かった、それなら別に心配することは


「ただ、方法がないことはない」


「方法って…!…母上!それはあまりにもひど」


「黙っておれ子狐、お主のした妾の言うことを聞かなかったという愚行、妾はまだ許しておらんぞ?」


どうしたいなり、ツキさんが現れてからずっと低姿勢だぞ!いつもの元気もないみたいだ、これは、早めにお引き取り願いたいな。


「こうしよう、今からお見合いを開く。参加者はいなりとお主、それと妾の家来を出そうかの」


「お見合い…?」


「そうじゃ、いなりがお主を選ぶか妾の家来を選ぶか、お見合いで決めるのじゃ」


なるほど、いなりが俺以外を選んだら、いなりと俺の主従関係はなくなる…


でもいなりは俺を選んでくれるはず、そんなことをしても無意味なんじゃ?


「まぁ普通に考えれば無意味なことじゃ、じゃが、この条件下であれば話は別じゃろう?」


そう言うとツキさんはいなりに指をさし、次の瞬間こう言った。


「記憶消去」


!?


ツキさんがそう言った瞬間、いなりの目が虚ろになる。


「んぁ…ぁえ?」


なんだか様子がおかしい、記憶消去って…まさかっ


「いなり!大丈夫か!」


肩を揺さぶりながら、必死に声をかける。


だがいなりが発した言葉を聞いて、俺は絶望した。


「えっと、お兄さん…誰?」


「………は?」


俺は力なく膝から崩れ落ちる。確かに目の前にいるのはいなりだ、だが今のいなりは、俺の事を知らない。


「記憶を消すことによって先入観がゼロになる。その状態なら、いなりは本当の意思で主人を選べるじゃろ?」


「あんた…っなんてことを!!」


「おー怖いのう、でも良いのかの?妾に手を出して機嫌を損なわせると、いなりの記憶が戻らなくなるかも知れんぞ」


…っ!くそが…俺には何も出来ねぇのかよ。


「何も出来ないことなどないじゃろ、お主がいなりにお見合いで選ばれるよう努めれば良いのじゃ」


確かに簡単な話ではある。お見合いでいなりに好印象を植え付けて、自分を選んでくれるようにすれば良い。


でも俺には、そんな自信はない。こんな俺が、いなりにたった一回選ばれただけでも奇跡なのに、2度も選ばれるだなんて…!


「お、来たようじゃの。紹介しよう、こやつが妾の家来、スミじゃ」


いつの間にかゲートから現れたそのオス猫の名はスミと言うらしい。


黒髪で糸目、かなり整った顔立ちで所々に品格を感じる容姿をしている。


「これでお見合い参加者は揃ったの、どうするお主、お見合いを始めるかの?」


無謀かもしれない、でも


「もちろん…お願いします」


いなりと離ればなれになるなんて、嫌だ


「えっとぉ…頑張ってね、お兄さん!」




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