第10話 空腹は戦闘のスパイス

奇妙な戦いが始まり、最初に動いたのは先攻の黒夜だった。


「んにゃあっ!」


一気にいなりに詰め寄り、爪でいなりを切り裂こうとする。だが、いなりは余裕という表情でその攻撃を避けて見せる。


「荒削りだけど良い動きだね。あと500年くらい修行すれば形にはなるんじゃない」


いなりは戦いとなると相手を煽る癖があるみたいだな...でもそれも強者の余裕なのだろう。


「今度はボクの番ね」


そう言うといなりは、視界から消えた。消えたと思われたいなりは黒夜の背後にまわっていた。


「ヤバっ...!」


黒夜は咄嗟に防御姿勢をとったが、いなりに片手で吹き飛ばされる。ここまで一方的だと流石に可哀想になってくる...でもこれは、黒夜が望んだことなんだろう。


「攻撃に緩急がなくて一定だね。まぁ盗賊は戦わないし、それにしてみれば大したもんだと思うよ」


いなりは力を込めて黒夜の腹部に強烈な蹴りを入れる。あんなに強く蹴ったら内蔵が潰れるんじゃないのか...!?


「げほっげほ、え"っへぇ...」


案の定黒夜は相当なダメージを食らってるみたいだ。あの調子だともう数分ももたない気がする。


「あれぇ~ぜんっぜん戦えてないじゃん。これならご主人と戦った方がまだ楽しめるかもなぁ」


「話の矛先を俺に向けるなっ!俺なんかいなりのデコピンで死ぬって!」


そうだ、本来なら普通のやつだったらいなりの攻撃を一度耐えるだけでもかなり凄いことだ。でも黒夜は既に何回かいなりの攻撃をしのいでいる。


どうも普通の盗賊ではない気がするんだが…獣人はみんなこんなに強いのか?


「なんか拍子抜けしちゃうなぁ、お腹も空いてきたし…じゃあ、負けた方がご飯奢りね!」


いなりがそう言った瞬間、黒夜の目が一瞬光った気がした。


「ご飯…にゃあ…!」


黒夜の動きが突然俊敏になった!さっきまでとは比べ物にならないほどの速度だ。


体の使い方は先程と同じだが、さっきよりも低姿勢に、四肢の動きがしなやかになっている。


「へぇ…ご飯がトリガーかぁ、なんでも良いけど、これなら少しは楽しめそうだね!」


いなりと黒夜の動きは更に速度を増していく。もう目で追うなんて絶対に無理だな…


黒夜は爪で無我夢中でいなりを切り裂こうとしている。流石のいなりも少し押されてるのか?そう思った時、いなりの口角がニヤリと上がった。


「黒夜、覚醒ごっこはもう終わりだよ。気づかなかった?ボクさっきからずっと片手しか使ってないよ」


「にゃ、にゃぁ…!?」


黒夜はぜぇぜぇと激しく息を荒げながら驚いている。それもしょうがない、あんなに速い黒夜の手さばきをいなりは片手でいなしていたっていうのか?


「そろそろ終わりにしよっか、黒夜は十分頑張ったし、これならちゃんと贖罪になるんじゃない?」


その言葉を聞いた黒夜は真剣な顔で身構える、だがそれも、圧倒的力の前では全くもって無意味だった。


いなりが足を踏み込んだと思ったら、いなりはまた視界から消えた。今度は音すらなく、強烈な衝撃波だけがこちらまで来ていた。


慌てて黒夜の方に視線を向けると、いなりに強烈な頭突きをされていた。


「い"ったぁぁあーー!!」


ありゃ相当痛いぞ…後でいなりを叱っておかないとな、加減を覚えさせなくては。


「いなり様、お怪我はありませんか?」


「へーきへーきぃ!どこもなんともないよぉ」


ユナタが駆けつけるといなりは笑いながらそう言う、傷ひとつ付いてないようだ、流石だな…


「嫌それより!大丈夫か黒夜!?」


俺は黒夜に駆け寄ると優しく体を支えた。


「ふにゃ……にゃぁ…」


どうやら気を失っているみたいだ。あれだけの猛攻を耐えた上、手加減されてたとはいえいなりと良い勝負をしたのだ、よく頑張ったよ黒夜。


「流石にやりすぎちゃったかな?まぁ大分手加減したし大丈夫だよきっと!」


そう言ういなりのおしりを思いっきり叩く。


「ひゃうっ!な、何ご主人!?ボクの可愛いおしりに我慢出来なくなっちゃっt…いたぁいっ!」


「いなりお前はしっかり反省しろ!あのまま続けてたら黒夜がどうなってたか分かってるのか!」


「ひゃ…で、でもだから早めに終わらせて…きゃうんん!」


「いけませんゆうと様!叩くのであれば私の臀部を…」


____10分後


「はぁっぁお腹空いたぁ!ここの中華美味しいんだよねぇ、早く食べたいっ!」


俺達は腹ごなしするために中華料理屋に来ていた、正直空腹すぎてもう頭が回らない。


席に座ってメニューを見る、どれも結構高値だが、その分とても美味しそうだ。


「んぅ……にゃ…?」


気絶していた黒夜が起きたようだ。飯の匂いに反応したか。


「おはよう黒夜、さっきはごめんね?今回はボクの奢りで良いから、いっぱい食べて!」


「にゃぁ…優しすぎるにゃぁぁ」


黒夜は泣き崩れながらいなりに渡された焼売を頬張っている。


「んん…旨いにゃぁ…」


泣きながら美味そうに飯を食べる黒夜を見て俺達は思わず笑ってしまう。さっきまで戦っていたとは思えないほど穏やかな表情のいなりも、笑いながら頬を赤らめていた。


こうして、黒夜の罪滅ぼしは妙な形で終わったのだった。


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