第5話「インチキ霊媒師が来た家」

 ある日、俺のところに電話がかかってきた。依頼者は初老の女性で、「部屋の空気が重くて具合が悪い」という。咳やくしゃみ、鼻水が止まらず、夜も眠れないらしい。話を聞いてみると、近所に評判の霊媒師がいるという噂を耳にし、その男に相談したところ、「家には悪霊が憑いている」と言われたそうだ。

「で、その霊媒師は何をしてくれるんですか?」

 俺が尋ねると、依頼者は少し戸惑いながら、「除霊の儀式には高額な料金がかかる」とのこと。高額な料金…こういう話にはだいたい裏がある。


 現場に着くと、その霊媒師『魔朱マシュ』はすでに来ていた。見た瞬間に「ああ、こいつは本物じゃないな」と直感した。ドレッドヘアーに奇妙な頭飾りを乗せ、紫のローブには金色の星模様。全身にカラフルなアクセサリーをじゃらじゃらつけ、いかにも「私、神秘的です」って顔をしている。手には先端に水晶がついた杖を持っていて、依頼者を前にして「霊の波動を感じる!」と叫びながら杖を空中に振り回していた。

「この家には、強力な悪霊が取り憑いている!すぐに儀式を始めなければ、命の危険もあるぞ!」

 彼は意味不明な呪文を唱え始め、オリジナルのお札を依頼者に配り始めた。それにしても、派手なパフォーマンスだ。俺は少し距離を取って、その様子を冷静に観察していた。

「で、その悪霊とやらは、どうやって追い払うつもりですか?」

 魔朱は俺の存在を無視し続け、さらに激しく杖を振り回しながら、

「この特別な呪文で霊を浄化する!」と自信満々に言い放った。

 その呪文とやらはどこかで聞いたような曖昧なオカルト用語の寄せ集め。聞けば聞くほど、彼の話はどんどん怪しくなっていく。

 俺は霊媒師のパフォーマンスをよそに、部屋をじっくりと見て回った。結論から言えば、特に異常なことは何もない。カビが生えている壁紙や、通気の悪さからアレルギーを引き起こしているのが明白だった。湿気がひどいこの部屋では、咳やくしゃみが出るのも無理はない。

 儀式が終わり、魔朱は誇らしげに「これで霊は浄化された」と断言し、高額な請求書を依頼者に渡した。その金額を見て、俺は思わず苦笑した。


「すみませんが、この家に霊なんていませんよ。湿気とカビが原因でアレルギー反応が出てるだけです。ちゃんと掃除すればすぐに良くなりますよ。」

 霊媒師の顔が急に険しくなった。

「素人にはわからないことだ! 私の呪文がなければ、あなたはもっとひどいことになっていたはずだ!」


 彼は激しく反論するが、俺は微動だにしない。依頼者も混乱して、俺と魔朱を見比べていたが、結局、「少し考えさせてください」と言って、魔朱を帰した。


 後日、俺が勧めた通りに壁の修繕とアレルギー検査をした結果、ハウスダストとカビが原因だったと報告が来た。


 この件を社長に報告すると、社長は苦笑しながら「また厄介な仕事を引き受けたな」と呆れていたが、最後には「お前の冷静な判断が役に立ったな」と小さく褒められた。インチキ霊媒師・魔朱が二度とこの家に来ないことを祈りつつ、俺は次の仕事に向かった。

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