第3話
気配がして目が覚めた。誰かが自分の寝ている頭のすぐ前にある障子をそっと閉めた。まるで、これからしようとすることを見られたくないかのように・・・
敵意のようなものを感じる。部屋の右隣には畳の部屋があって、障子越しに青白い薄明かりが見える。仏間のようだ。全然知らない家に何故寝ているかという根本的な問題も疑問に思わない。不思議と自宅のようにも感じる。
何者かが扉を開け、私の額にコツンと固いものを当ててきた。暗くてさっぱり見えないが、直感でそれが銃口だということが分かった。殺されるの?
「一体誰?」そう感じた瞬間に目が覚めた。
よくよく考えたら、私はS市のビジネスホテルに泊まっていたのだった。落葉松の巨木にお参りする口実で旅行に来ていたのに、居酒屋の方が主役になってしまった。ベロベロに酔って、自宅とは似てもに似つかない家を自宅だと思って、夢の中とはいえ、殺されそうになるなんて。
しかも夢の中まで寝ているとは・・・
時計の針は4時半を指していた。静まりかえった雰囲気は夢の中と同じ。机の上には昨日コンビニで買って帰ったチューハイとポテチの残り、苺チョコが、カーテンから漏れる薄明かりにほんのりと照らされている。一人で盛り上がって、居酒屋を出た後、買ったお菓子や酒で「二次会」をしたのだった。
ほぼ真っ暗な天井を一人ギロギロと眺めながら、昨日の居酒屋でのことを思い出す。素敵な男性が声をかけてくれないか、なんて淡い期待をしていたのだが、そんなことは起こる筈もなく、カウンターの端で、ジョッキから始まり、続いて熱燗、お刺身の美味しいのを店員さんに聞いて、焼き鳥を頬張って・・・あっという間に3時間が過ぎた。
店を出てからは、すっかり気持ちも大きくなり、街中を探検してみたいなどと思い、辺りをうろつきながら、ほぼ自動的にコンビニに入った。二次会用のお酒とおつまみを適当に購入してホテルの部屋に戻った。途切れ途切れだが記憶はある。
布団をバサッと頭からかぶった。
「酔った勢いで変なことしてないよね。大丈夫かな?」
気持ちもソワソワする。
体裁も悪いし、始発の電車でいち早く帰りたいのだが、まだ当分ある。家には口うるさい両親がいるだけだが他にいくところも気力もない。チクタクと鳴る時計の音だけが妙に目立つ。もう一度寝たいと思うのだが一度覚めてしまうと、入眠困難になる性質が災いしてか、中々眠れない。することがないので、手を伸ばして昨日の残りのポテチを食べる。まだそれほど湿気てはいない。
ヨレヨレの服を着て、家に着いたのは昼すぎだった。
「ただいま。」
「おかえり直子。しっかり拝んできた?お父さんも心配していたから、ちゃんと報告しておいで。それにしても、どうしてそんなに服がヨレヨレなの?きちんとハンガーに掛けたの?その服結構高かったのよ。」
いっぺんに沢山のことを言われて、何をすればいいのか忘れてしまった。
「父もうるさいから、早めに声をかけてくるか。」
どうせ、2階で本を読んでいるに違いない。最近は哲学書にはまっているらしい。内心ではあんな訳の分からないもの読んでて面白いのかな、と思うのだが指摘をすると面倒なことになる。
「父さん戻ったよ。」
「落松様しっかり拝んだか。大体泊まる必要があったのか?時間的にも日帰りで行ってこれる筈だ。お前の命の恩人だからな。あれはお父さんが、まだ若かった頃に、お前がな~」
話が長くなりそうだから、1階に適当な用事があることにして、そそくさと出て行った。毎回懲りもせずに似たような話を繰り返すのだ。
寝たのか、酔い潰れたのかよく分からないような睡眠では、とても満ち足りた気持ちにはならないので、もう一度寝直すか。再度、階段を上って2階の自分の部屋にたどり着くと、着替えもせずに布団に直行した。
「今度こそ、いい夢になりますように。」
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