第2話
リュックから、赤ちゃんを寝かしつけるためのでんでん太鼓のような形をした神具をそっと取り出し、落ち葉や木の枝が重なってできた「神殿」に正座をした自分の膝のすぐ横に向きをそろえて並べた。次に、その辺に転がっている割と太めのくぬぎの枝を手に取り、へばりついた腐葉土を落とし「でんでん太鼓」を叩く。リズムはこだわらない。カチカチと乾いたような音が鳴る。
辺境で、こんな音が聞こえては事情を知らない人は余計近寄りたくはないだろう。
最期にお供え物として持ってきた「鯛の尾頭付き」と「葉っぱつきの大根」をご神木の根元に置いて、儀式はおしまい。
「我、しっかり拝んだか?」幽かに声が聞こえたような。
「形だけやったつもりになっても、駄目だ。それならむしろしない方がいいぞ。」
また、どこからともなく執拗に私に語りかけてくる。幻聴・・・?
「もう勘弁してよ。ここまで来て拝んだんだから。」
深くため息をついて、時計を見た。
小1時間は過ぎただろうか、突っ立っていても、今にも雪が降りそうな程寒くて仕方がないので、ブルブル震えながら下山を開始する。まだ昼過ぎというのに、まるで夕方のように翳って、一刻も早く麓に戻りたい。
ある程度まで行くと、整備された登山道なのだが、そこに出るまでが大変なのだ。最近雨が降ったのだろうか、少し湿り木のある土と葉っぱの斜面は滑りそうで怖い。足をのそりのそりと運ぶ。行きも辛いが、帰りも神経をすり減らす。
ようやく登山口のあるバス停に着いた。下山中、作業中の地元の人に何人か出会い、元気にあいさつをされたのだが、こちらはボソッと返しただけで、目も合わさなかった。向こうも登山の格好でもない若い女性が雪もちらつきそうな季節にこんな山で一人何をしてきたのだろうと怪訝に思ったのではないか?
バスで駅に到着したときには、すっかり日も暮れていた。ここから新幹線で一駅ほど乗って、福島県S市にあるビジネスホテルに向かう。これからは、少し羽が伸ばせる。「ご神木に拝むんだから。」と両親を説得して旅に出たのだ。信仰なんてどうでもいい。
私の少し難しい病気というのが具体的にはどんな「病気」だったのか聞いたことはない。「ご神木」の効能は、娘の病気を心配した父親が職場で同僚から聞いたらしい。
「一体どんなことを吹き込まれたの?」
新幹線でS市に到着したときには真っ暗だった。本当は近隣の温泉旅館が良かったのだが、予算がないので仕方がない。だけど、近くには居酒屋もあるし、楽しい夜になりそうだ。
「旅の恥はかきすて、美味しいもの食べてたっぷり飲むぞ。」
ここらの商店は、わりと早く閉めるらしい。がらんと広い駅前にカーブを描いて並んだLEDの灯火が心を癒やしてくれる感じ。
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