第8話 語りの灯

 日曜日の午後。

 二人は、昨日PCショップで買ってきた、パソコンのパーツを組み立てていた。


 部屋には、白いPCケース。

 その他に、選び抜かれたパーツたちが並んでいた。Ryzen 7、RTX3060、B550マザボ、32GBメモリ、1TB SSD。

“語るための器”が、今まさに形になろうとしていた。


「朔。これはどこ?」


「……あ、これはCPUだから……」


 ゆづは、パソコンを組み立てるのは初めてなので、朔に頼りきりだった。


「……これが、ゆづの“魂”になるんだね」


 ゆづは、箱をそっと撫でながら言った。


「魂というよりかは、“語りの灯”じゃないか?夜に語るにも灯りは必要だ。魂は、ゆづ自身だろ」


「……むぅ……昨日帰りに朔が言ったんじゃん、魂だねって」


 めいいっぱい頬をふくらませて抗議する。小さいながら、大きく見せようとするゆづの姿に朔真は、小さく笑ってマザーボードを取り出た。淡々と作業する。その手つきは慣れていて、静かで、丁寧だった。


「……朔って、ほんとに何でもできるよね」


「趣味だからな。好きなことは、勝手に覚える」


「(それでも、ゆづはそういうところを尊敬しているんだよ)」


 組み立ては、結局夕方までかかった。

 朔真が初めから全てやっていれば早かったのだろうが、ゆづに教えながら進めたため、やはり時間はかかった。


 ネジを締める音、ケーブルを繋ぐ音、ファンが回る音。そのすべてが、ゆづにとっては新鮮だった。


「……これで、完成?」


「うん。電源入れてみようか」


 朔真がスイッチを押す。

 静かな駆動音とともに、白いケースの中に灯りがともる。ゲーミングPC特有の青白いLEDが、まるで月の光のように、部屋を照らした。


「……きれい」


「ほら、“よみの”にぴったりだろ?」


 ゆづは、そっと頷いた。これで、配信の準備は整った。後は、もう本番だけだ。


           *


 その日の夜。俺たちは、夕食を終えまったりしていた。


「そういえば、ゆづ。初配信はいつにするんだ?」


「……んー…来週の金曜日の夜にしようかな。次の日休みだし、どうにかなると思う」


 6日後。しかも月初め。

 自己紹介動画を投稿してから一週間が経った頃。ちょうどいいタイミングかもしれない。


「じゃあ、それまでに配信環境を整えて、プリセットも作っておくよ」


「ありがとう。朔……ほんとに、ありがとう」


「お礼は、配信が終わってからな。それまでに練習しとけよゆづ」


「……じゃあ、今からやってみる?練習」


 ゆづの唐突なやる気により、急遽練習が始まった。初配信まで、6日。正直言ってあまり時間がない。

 そのため、ちょうど良かったのかもしれない。


「OBSって、これで合ってる?わぁ!…マイクの音量が……」


 ゆづは眉をひそめながら、設定画面と格闘していた。マイクの音量が大きくて、自分の声に驚いていた。朔真は隣で静かに見守る。


「背景、どうしよう。あの夜の街のやつ、ちょっと暗すぎるかな……」


「“よみの”は夜に語る者なんだろう?ならば、暗さはむしろ、灯を引き立てるんじゃないか。なんなら自己紹介動画の背景を使えば?」


「……なるほど。じゃあ、あの月のやつにする」


 少しずつ、画面が“よみの”の世界になっていく。

 マイクテストでは、ゆづの声が震えていた。


「……こんばんは。我は、月守よみのと申す者。今宵は……」


「落ち着いて、ゆづ。もう一回いこう」


「こんばんは。我は、月守よみのと申す者。今宵は……」


「もう一回」


「こんばんは。我は、月守よみのと申す者。今宵は……」


「……うん。三回目が一番自然だった」


 ゆづは深く息を吐いた。 


「緊張するね、これ」


「誰かが聞いているか、誰も聞いていないかそれはあまり気にしなくていいと思うよ。よみのは、語るんだろう。もっと自然にすればいい。よみのらしく。話すんじゃない、配信じゃない、語るんだ。」


 朔真の言葉に、ゆづは小さく、そして重く頷いた。


 その後、2人は、もう少し練習していた。ゆづが、初配信の原稿をある程度考えてきたので、初配信は大方練習出来た。しっかり決めすぎるのも良くないと思い、初めの掴みの練習を重点的にやっていた。


 せっかくならばと、2人は配信サイトの自分のチャンネルを開いて練習していた。

 しかし、それが失敗の種をまいてしまった。


「……ゆづ」


「ん?」


「今、配信……オンになってる」


「えっ?」


 ゆづは画面を見た。

 赤い「LIVE」の文字が、静かに点灯していた。


「え、え、え、ちょっと待って、これは練習だったはずで……!」


「落ち着いて。今のところ、視聴者はゼロだ」


「そ、それでも……!」


 ゆづは慌ててマウスを動かし、配信停止ボタンを探す。

 その手が震えていた。


「……止めた。たぶん、止まった」


「たぶん、じゃなくて確認しような」


「……うん」


 画面には、もう「LIVE」の文字はなかった。

 ゆづは椅子にもたれかかり、深く息を吐いた。


「……ほんとびっくりした」


「でも、少しだけ語ったな」


「……もう……からかわないで。誰も聞いてなくて良かった…」


 その夜、ゆづは初めて“よみの”として、ほんの少しだけ世界に声を届けた。

 それが誰かに届いたかどうかは、まだわからない。

 でも、語ることは始まった。


 6日後の夜。

“よみの”の初配信が、今始まる。

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