第6話 SNSアカウント開設

「もう、準備は大方出来たかな。じゃあ、次はSNSのアカウントを作ろうか」


 俺の言葉に、ゆづは少しだけ緊張した顔を見せた。

 アバターも完成し、モデリングもどうにか終わった。

“よみの”は、もう動ける。

 でも、動けるだけじゃ意味がないのだ。

 ゆづの頑張りを、見てもらうためになるのだ。せっかくVTuberになるなら、誰かに見つけてもらわなければ、悲しいものだ。


「……うん。aXでいいかな?」


 aX。それは、現代のSNS社会に置いて、いくつかのSNSがある中で確固たる地位を持つSNSアプリ。最近、カメラマークのアプリも勢力を伸ばす一方で未だ影響力は衰えない。


「そうだな。VTuberはだいたいそこから始めるだろう。他のアプリは、軌道に乗ってからでもいいんじゃないか」


 俺はパソコンを開き、アカウント作成画面を表示した。 ゆづは、隣に座って画面を覗き込む。

 ……顔が近いです。ゆづさん。


「ユーザー名は……“Yomino”でいい?」


「シンプルで分かりやすいしとは思うが、VTuberって入ってる方がいいと思うぞ。そうすれば、検索にも引っかかりやすくなる」


「あっ……なるほど。じゃあ、“Yomino_VTuber”でいい?」


「VTuber準備中の方がいいかな。そっちの方がデビュー前ってわかるし」


 VTuberは、デビュー前から自己紹介動画を投稿して皆に知ってもらったりと、色々と準備しなければならない。そこで、準備中とある方が見つけてもらいやすい。


「じゃあ、プロフィールはどうする?」


 ゆづは、少し考えてから、ノートを開いた。

 そこには、昨日話し合った“よみの”の設定が丁寧に書かれていた。


 夜に語る者、月守よみのです。

 静かな時間に、静かな声で、物語を紡いでいく。

 今宵も楽しい夜をお届けしましょう。


「……いいじゃないか。ゆづらしい」


「ありがとう。……なんか、緊張するね。まだ誰も見てないのに」


「それは当然だよ。でも、こうして“よみの”は世界に出た。あとは、自己紹介動画をつくるだけだな。見つけてもらうために、とびっきり頑張らないとな」


「うん。」


 ゆづと朔は、見つめ合い、お互いに気合いを入れるのだった。


          *


 自己紹介動画は、VTuberにとって生命で言う最初の産声。社会で言う最初の名詞のようなものだ。どんなキャラなのか、どんな声なのか、どんな雰囲気なのか。 それを数分で伝える必要がある。それによっては、今後の活動が変わってくる。


「台本、書いてみた」


 ゆづが俺に紙を差し出す。それには、手書きの文字が並んでいた。


 >皆様、初めまして。

 >我は、月守よみのと申す者。

 >夜に語り、静けさに寄り添うことを生業としております。

 >好むものは、物語と音。

 >読み、詠み、時に歌い、皆様の夜にささやかな灯をともせれば幸いにございます。

 >我が声が、貴方たちに楽しい夜をお届けしましょう。

 >どうぞ、よろしくお願いいたします。


「……あれ?名字あったけ?月守?」


「……つけた。本来は、なかったんだけれど名字があった方が親しみがわくかなって……変かな?」


「いや、キャラな合ってていいと思うよ。知らなかったから驚いただけ。文章も、神っていうところからきてるんだな。一人称が我ってのもわかりやすい。言葉遣いは、少し丁寧すぎる気もするけど……今後どうするかは、後々でいいか。じゃあ、少し読んでみる?」


 ゆづは、少しだけ深呼吸してから、マイクの前に座った。

 俺は録音ソフトを立ち上げ、レベルを調整する。


「じゃあ、録るぞ。3、2、1——」


 静かな部屋に、ゆづの声が響いた。

 少し緊張していたけれど、言葉は丁寧で、声は落ち着いていた。彼女は、まさしくゆづではない別人に。よみのに なっていた。

“よみの”が、そこにいた。


 録音が終わると、俺は編集ソフトで音声を整える。アバターの動きと合わせ、自己紹介動画を、仕上げていく。BGMは、ゆづが選んだピアノの静かな曲。夜にふさわしい曲。でも、眠気を誘うわけではない曲。背景は、月がでていて、一本杉を置いた景色をイメージしたものにした。


「……できた。見てみるか?」


 画面の中で、“よみの”が静かに語りかけてくる。

 その姿は、とても緊張していたとは思えない。凛としていた。


「……すごい。これが、私……」


「これが、“よみの”だ」


 ゆづは、少しだけ涙ぐんでいた。

 俺は、何も言わずに隣に座っていた。


「朔……ありがとう。朔がいなかったら、ここまで来れなかった」


「俺は、ただ動かしただけだよ。魂を入れたのは、ゆづだ。まだ、デビュー前だ。こんなところで泣いていたら後々どうなるんだよ。」


 俺は、泣き出してしまったゆづを慰めるため、頭をなでる。昔から、落ち着かせるためには、これが1番だ。


「……うんっ。ありがとう。そうだよね。まだまだ、始まったばかり。」


 ゆづは、照れくさそうに笑う。

 その笑顔は、画面の“よみの”よりも、ずっと輝いていた。


「……ぐすっ………じゃあ、投稿するね…」


「ああ。いってこい、“よみの”」


 その瞬間、月守よみのは、世界に向かって歩き出した。月の光に導かれるように——世界へと、語り始める。

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