第5話 よみの誕生
「じゃあ、その“よみの”のキャラ設定を詰めていこう」
「うん」
俺の言葉に、ゆづは少し緊張したようにしていたが、今後自分の分身ともなる体と心のためか、力強く頷いた。
机の上には、ノートとペン。 そのページの上部には、「よみの」という名前が、丁寧な字で書かれていた。
「ゆづは、どんなイメージなんだ?ゆづ自身が持っているよみのは」
「よみのは……静かで、落ち着いていて、夜に語る者。
日本神話で、月の神様とされているように、優しいと思うの。でも……少しだけ距離のある存在。みんなに信仰はされているけど、上手くかかわることが出来ない不器用さも持っている。声は低めで、言葉は丁寧。夜を統べる者として威厳というかオーラもある……大体そんな感じ」
俺は、ゆづの言葉を聞きながら、よみのに彼女自身が重なって見えた。
普段は物静かで、あまり自分のことを語らない。けれど、自分が好きなこと夢中なことに対しては熱心なところ。中には、なりたい自分が入っているのだろう。完全に一致することはなかったが、確かにゆずづを見ることが出来る。 こうして夢を語る時のゆづは、確かに“熱”を持っていた。
「…いいと思うよ。よみのが持つ魂らしさが出てる中に入る魂と違いすぎたら体も心も苦しくなる。だからふさわしいと思うよ“よみの”という器にね」
「うん。分かってる。だから、ちゃんと形にしたい」
「じゃあこの設定を含めて、体を外注しよう」
「うん」
名前も設定もすぐに決まった。俺が考えることもなく、ゆずがすべて決めていってしまった。本人が演じることになるのだから、本人の意思で全て決めることが出来るのは良いことではあると思う。
朔真の中に、ひとつ暗いものが引っかかった。
*
数日後。
外注していたアバターが届いた。
「早く見よ。早く」
アバターが届いたこともあって、ゆづも珍しく興奮していた。
俺は、指定されたURLを自分のパソコンをクリックする。書いてくれた絵師さんがチャットアプリだと画質が落ちるだろうということでネット便で送ってくれたのだ。そのサイトにパスワードを入れ、俺はよみのを画面に映し出す。
「……わぁ……これが、“よみの”」
画面に映し出されたキャラクターは、一言にすごかった。幻想的な衣装に身を包み、月ということだろう、所々銀色がかった白色の髪がゆらりと揺れていた。髪は長く、肩まで届くぐらい。まったく違うはずなのに、皆が知っている月読命を彷彿させるような姿だった。目は透き通るような青い目。おまけに顔には、薄っらと月のような痣があった。
その姿は、まさに“夜を統べる者”の姿だった。
「すごい……綺麗……これがゆづになるの……」
ゆづが小さく呟く。
「朔、ゆづを動かして」
俺は、ここでハッと気づく。
ここからは、俺の仕事だった。
作ってもらったのは単なる絵だった。俺は、ここからゆづの体を動くようにしなければならない。
俺は、Live2Dのモデリングを始める。
朔真は、パソコンに少しばかり明るいとは言えど、人を動かしたことは初めてだったので四苦八苦することになったのだった。
「……よし、動かしてみるぞ」
俺は、どうにかモデリングを終わらし、試運転をする。
画面の中の“よみの”が、ぱちぱちと瞬きをし、口を開いた。
「こんばんは。よみのです。今宵も楽しんでください」
「……え?」
俺とゆづは、同時に固まった。
「朔……これ、なんか……声と表情が合ってない?……なんかすぐに笑うし」
「いや、俺もそう思った。設定ミスったか……落ち着いた雰囲気のはずなのに表情が豊かすぎるな」
「うん………ゆづには、少し荷が重いと思う。ゆづこんなに笑えない。特に声が高い」
どうやら、表情のパラメータが“元気寄り”になってしまったらしい。
口角が上がりすぎて、声のトーンも高めに設定されていた。
「……でも、なんか、これはこれで可愛いかも。」
俺がそう言うと、ゆづは少しだけ笑った。
「本当は、もっと落ち着いた感じにしたかったけど…… 親しみが増したかな。あっ、でも声はいじらないで。ゆづのままの声がいい。その方がまだゆづらしくなるかな……」
「……なるほど。じゃあ、このままいくか?声だけ直すので」
ゆづは、少しだけ考えてから、頷いた。
「うん。この姿、この表情で、今の私を見てもらいたい。 落ち着いた“よみの”は、これから育てていけばいいよ。 今は、陽気な“よみの”で、デビューする」
俺は、画面の中の“よみの”を見つめながら、静かに言った。
「よみの、誕生だな」
ゆづは、照れくさそうに笑った。
「朔も一緒だよ」
「……一緒か」
その言葉が、思った以上に胸に響いた。
俺は、画面の“よみの”を見ながら、ゆづの横顔を盗み見た。
「じゃあ、俺も“よみの”の魂の一部ってことになるのか」
ゆづは、嬉しそうに頷いた。
「……俺は裏方だぞ」
そう言いながら、俺は少しだけ目を逸らした。照れ隠しだ。 ゆづは、そんな俺を見て、くすっと笑う。
「でも、朔がいなきゃ“よみの”は動かないよ」
……それなら、俺は動かし続ける。何度でも。もっと頑張らなければ。
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