第4話 アバター準備

「ただいまー……」


 玄関の扉が鳴り響くと同時に、少し疲れたような声が聞こえた。


 ゆづが帰って来たようだった。夕食の準備をしていた俺は、キッチンから顔を出す。


「お帰りゆづ。

 今日は少し遅かったな。」


 ゆづが帰ってきた時には、もう6時を過ぎる頃だった。部活に入っていないゆづの帰りがこんなに遅くなるのはとても珍しかった。

 ゆづにも色々あるのだろうとは思ったが、つい何かあったのかと気になってしまった。


「…これ」


「ん?なんだこれ」


 ゆづは、1枚の紙切れを渡してきた。そこには、文字の他に四角が書いてあり、何かのチェックリストのようだった。


「…昨日のことを考えてみた。やってみたいとは言ったけれど、何が必要なのかあまり知らなかった。これは、必要なものリスト。何が必要かゆづなりに考えてみた。

 今、1番必要なのは配信用のパソコンかな……と思うんだけれど」


 どうやら、ゆづも昨日の話の後、自分なりに考えたようだった。それから、ゆづは続けた。


「朔は、いいパソコンを持ってるでしょう?でも…私は、パソコン持ってないし…だからかわなきゃいけないと思う。

 朔のパソコンを借りるのも、考えたんだけれど…朔に迷惑かけてしまうし、後々何か使うかもしれないじゃん?」


 確かに配信用のPCも必要だ。俺は、ゲームをするからパソコンを持っているが、配信するにはそれ相応のスペックのパソコンが必要だろう。

 それよりも、ゆづさんや、初めから人のパソコンを使う気だったんだですかい?


「ゆづ、パソコンも大事だがVTuberに最も必要なものを忘れてないか?」


「…え?最も大切なもの………

 あっ。体!」


「そうだな。体――所謂アバターだな。どうする、自分で描くか?」


 ゆづの表現は正しい。アバターは、VTuberにとって骨であり、体となる部分だ。この見た目によって人気が出るでないがでてくると言っても過言ではない。自分で書いてほしいのは山々だが見た目があれなのであれば、外注するのも俺は覚悟していた。


「自分で描いた方がお金はかからないね。でも……正直絵は得意じゃない。」


 ゆづも自分が描いた方がいいのはわかっているようだった。しかし、ゆづの声は暗かった。俺も昔、ゆづが描いた絵を見たことがあるが……お世辞にも上手いとは言えなかった。まぁ、俺も人の事はいえないのだけれども。


「とりあえず、やってみる。」


           *


 ゆづが絵を描き始めてから2時間がたった。

 ゆづが机から顔をあげる。


「……なんとか出来た」


 俺はゆづが描いた絵を覗き込む。

 そこには、正直、上手いとは言えない絵があった。線は歪んでいるし、バランスも崩れている。人であることは、わかる。雰囲気もあり、 そこには確かに“ゆづらしさ”があった。

 静かで、幻想的で、どこか儚い。


「……いいと思うよ。雰囲気は出てる」


「ほんと?」


「でも、これをそのままLive2Dにするのは……ちょっと厳しいかもな」


 ゆづは、少し肩を落とした。 本人も分かってはいたのだが、どこか希望はあったのかもしれない。


 俺は、言葉を選びながら続ける。ゆづを傷つけたくはなかった。


「見た目は外注するようにしよう。ゆづは、見た目の細かいこだわりと設定を決めることにしよう」


「でも、お金かかるでしょ……」


「最低限で済ませれば、数万円くらいでいける。Live2Dなら、イラストとモデリングを分けて依頼することもできるし、モデリングは俺ができると思うから…多分」


「……うん。じゃあ、外注しようかな。自分の理想の姿、ちゃんと伝えられるように頑張る」


 その言葉に、俺は少しだけ安心した。

 ゆづは、ただ夢を語っているだけじゃない。

 ちゃんと、自分の理想に向かって動こうとしている。


「じゃあ、まずはキャラ設定を詰めよう。名前とか、性格とか、世界観とか。そこが決まらないと、絵師さんにも伝えられないし」


「うん……名前はもう決めてる。名前は“よみの”にしようと思う」


「よみの?」


「そう。月守 よみの。月読命っていう日本神話に登場する神様で、月の神、夜を統べる神として知られている神様がいるんだ。アマテラスオオミカミ、スサノオノミコトと共に、イザナギノミコトの禊によって生まれた三貴子の一柱なんだけど、それが由来。夜に語る者って感じがして、いいなって」


 俺は、少し驚いた。

 ゆづがそんな名前を選ぶなんて、思ってもみなかった。

 でも、確かに“よみの”という響きは、ゆづの物静かだけれど、芯の強いゆづにぴったりだった。


「……いい名前だと思う。じゃあ、“よみの”の姿を、一緒に作っていこうか」


 ゆづは、少し照れたように笑った。

 その笑顔は、昨日よりもずっと強くて、まっすぐだった。俺はこの笑顔を守り続けられるのだろうか。


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