第6話 王様と息子

 セシルの脳裏に、これまでの日々が走馬灯のように巡っていた。

 子供の頃のクレアはかなりお転婆で、弟のルイとの三人でよく森で遊んでいた。

 クレアの妃教育が本格的に始まると、遊ぶ機会は少なくなって。

 それからのセシルは、年頃になった兄の興味を婚約者クレアからそらすために、いろいろと暗躍してきた。

 兄が好きな剣技や武術などを総合したクラブ活動を学園に起ち上げて、騎士団から選りすぐりの騎士や傭兵を講師に呼んだり。

 扱いやすそうな下級貴族や子息を選んでは、こっそりと兄の好みのタイプを教えたり。

 ついに去年、兄の好みを完璧に体現した少女ジュリエッタが男爵の隠し子として学園に通いだして。

 兄は恋に落ちた。

 昨日の渡り廊下に兄を呼んだのもセシルだ。

 念願の婚約破棄に、セシルは満足していた。

 そう、あの瞬間までは。

 敗因は、兄の恋に力を入れすぎて肝心なクレアと恋の駆け引きをしてこなかったこと。

 そして、告白の言葉。

 セシルはまだ、クレアに好きと伝えていなかった。



「父上! クレアとの婚約を認めてください!」

 フーッと毛を逆立てた猫のようなセシルが、父王に噛みつく。

「やれやれ、次から次へと」

と王は肩をすくめた。

 昨日は長男が、婚約解消の報告と、結婚したい相手がいるので紹介したいと言ってきた。

 すでに学園での醜態しゅうたいを耳にしていた王は「頭を冷やせ」と一蹴いっしゅうしたが。

 今度は、さら頭に血がのぼった弟をさとさねばならない。

「公衆の面前で一方的に婚約を破棄をされた侯爵嬢が、心に受けた傷を癒やす時間を望んでいるのだ。今、お前との婚約など勧められるものか」

「彼女はそんなにヤワじゃありません!」

 セシルが断言した。

 クレアがあんなことくらいで病んだりするはずがない。

「あんなつまらない心の穴、僕で埋めてあげるのに……父上、早くして下さい! 連れ戻すための早馬が間に合わなくなる!」

 兄をたてて一日待ったら。

 すでにクレアは辺境の地へと旅立ってしまっていた。

 クレアらしい行動力に、セシルはまた後悔することとなった。

 彼女のいない王都なんて、草も生えない砂漠だ。

 ここに自分がいる意味がわからない。

「人の話を聞かない奴だ。侯爵が今は誰にも会わせられる状態ではないと言っているのだぞ」

「だから、そんなのは嘘です! わかりました、父上にはもう期待しません。迎えに行くので許可だけください」

 早くして、とにらんでくる息子に。

 王は溜息をついた。

「もう少し冷静になれ」

 セシルがここまで興奮するのも珍しいが、普段の冷静な状況判断ができないとは情けない。

 それほど好いていたことをこれまで隠しておきながら、ここにきて爆発させている。

 年相応か。と内心は苦笑いをしていた。

「今は無理だ。もう少し時間をとりなさい」

 セシルはぷいっと。

「もういいです。父上、失礼します」

 踵を返した。

 すぐに後を追うつもりだった。もう、この時間すら惜しい。

「まあ待て。お前に聞きたいことがあってな」

「忙しいので、今度にして下さい」

 誰が見てもわかるくらいに不機嫌な答え。振り返りもしない。

「ジュリエッタという娘のことで、お前の意見も聞きたい」

「……」

 溜息をついて仕方なく振り返ると、父王は真面目な顔をしていた。

「素敵なご令嬢です、兄上とはお似合いなんじゃないですか」

 テキトーな答え。興味がない事を隠そうともしていない。

 王は疑わしそうにセシルを見ながら。

「真面目に答えろ。彼女は、ダレル男爵の隠し子だと聞いているが、その肩書きは怪しいそうではないか……しかも兄にあてがったのはお前だな?」

「なんのことですか?」

 とぼけてみるが、父にはバレているようだ。

 そして父の言う通り、ジュリエッタが男爵の隠し子というのは無理があった。

 軽薄な金髪に染めてあるが、実はブラウンの髪と同じブラウンの瞳を持つダレル。

 ジュリエッタの白金の髪や、珍しい紫色のとでは共通点が皆無だし、顔は全く似ていない。

 男爵が馴染みにしているジプシーの娘だというが、その母親は黒髪に黒い瞳だ。

 母親の入国以前の過去が一切わからないというのも怖い。

「では、別れさせたら良いんじゃないですか? 婚約破棄も無事に終わったことですし」

 漏れる心の声に、王はこめかみを押さえた。

「……なるほど。自分の恋心と兄のそれを同じに扱えないとは。賢い娘がそのような狭量の者を相手にしないのも道理」

 セシルの眉がピクッと動く。

 王は、一石二鳥の良案を思いついた。

「ふむ、わかった。では兄の恋を、国民も納得させる形で成就させるか、きれいに忘れさせてみせよ。それができれば、お前の婚約も認めてやろう」

 瞬間、セシルの瞳孔が興奮した猫のように大きくなる。

「その言葉に、間違いはありませんね?」

「もちろんだ、王に二言はない」

「わかりました」

 セシルはスッと右足を引くと、右手を体に添えて。

「確かにこの僕が、兄の恋路をみごと成就させてみせましょう」

 わざとらしいほどうやうやしく頭をさげて。

セシルは颯爽と王前を後にした。

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