第7話 ジュリエッタと城下街
1年前、ダレル男爵の養女になったジュリエッタは。
男爵邸の庭の片隅にある、以前は庭師が暮らしていた粗末な小屋で寝起きしていた。
日の出と共に起きると、男爵邸の門から玄関までのアプローチと庭園を掃き。
本邸の地下室にある使用人の食堂に直接行き、使用人達と一緒に同じ食事をとった。
30分ほどの距離にある学園には毎日、徒歩で通い。帰宅後には、まず男爵のところへ挨拶にむかって、学園であった出来事を話した。
地下で食事をすましてから小屋に戻ると。衣類を洗い、前日に干しておいた制服のブラウスに鉄製の炭火アイロンを当てる。
部屋の隅には男爵が設置させたバスタブがあったが、薪の節約のためバスタブに湯は張らず、沸かしたお湯で髪を洗って身体を拭き清めた。
そして学園の授業についていくのが精一杯のジュリエッタは、毎日深夜遅くまで勉強していた。
「以上が、ジュリエッタ嬢の1日の行動となります」
セシルの命令で眼鏡をかけたレニーが、報告書を読みあげた。
「意外だな、迫害されてないんだ」
レニーが淹れた熱い紅茶を飲みながら、セシルは自室で作戦会議をしていた。
「はい、通常の範囲内です。公開しても同情は得られないでしょうね」
「兄上は騒ぎそうだけど」
さらに報告書に目を通したレニーが。
「ジュリエッタ嬢は男爵に引き取られるまで、ジプシーの母親と各地を転々としていたようです。母親は今、町外れの店に一人で住んでいて、占い師として生計を立てていますが。やはりそれ以前の足取りは詳しく把握できません」
「胡散臭いな。けど今問題なのは、ジュリエッタの知名度の低さと、あの地味さだ。あんな外見なのに覇気がゼロじゃ、市政にも認められないじゃないか」
セシルの言葉に。
「そうですね。では、身近なところから少し攻めてみましょうか」
レニーが何か思いついたようだ。
「ちょっと聞いたよ。あんた、オーランド王子のいい人なんだって?」
登校中のジュリエッタは、パン屋の女将さんに声をかけられた。
「お早ようございます。いいえ、そのような事は……」
たまに世間話をする顔なじみだ。
ジュリエッタは笑顔をみせたが、内心は困っていた。
「わざわざオーランド王子が、侯爵様のご令嬢との婚約を破棄したっていうじゃないか。あんたに惚ちまったせいなんだろ?」
「そ、そのようなことは決して……」
ジュリエッタは言葉につまったが、聞いた本人には全く悪気がない。
「隠さなくってもいいよ、もうみんな知ってることだからね。それより、なんだってそんな特別なお嬢様が歩いて学校に通ってるんだい。あのセンスが悪い男爵にいじめられてるのかい?」
ジュリエッタはあわてて否定する。
「いいえ、とても良くしていただいています。健康の為にも、晴れた日は歩くことにしているんです」
パン屋の女将さんは、感心したようにうなずいて。
「市政の出のお嬢様はやっぱり違うねぇ。気に入ったよ。ほら新作のパンだ、学校でお食べ。王子様にも、ぜひウチの自慢のパンを食べてもらいたいねぇ」
焼きたてのパンでいっぱいの袋をジュリエッタに渡す。
「ありがとうございます。あの、王族の方は別室でお食事をとられているので……王子様に食べていただくことはできないかもしれません」
申し訳なさそうなジュリエッタを、パン屋の女将さんが笑い飛ばす。
「そうかい。別に気にしなくてもいいよ。あんたのことが気に入ってあげるんだからさ」
元気なおばさんの声は良く通る。
もしかしたらという期待を胸に、他の店の者も自慢の商品をジュリエッタに差し出した。
持ちきれないほどの荷物が積まれていくのを見て、困ったような表情をしているジュリエッタ。
そこに豪華な二頭立ての馬車がやってきて、止まった。
二人用の御者台からは、レニーが降りてきた。
赤いベルベットのカーテンで遮られた馬車の中は見えない。
「ジュリエッタ様、お早ようございます。お困りのご様子ですね。手を貸して差し上げるようにとセシル様が仰せですが、何かお力になれる事はありますか?」
セシル王子だって!?
周囲がザワッと色めき立つが、レニーの視線ですぐに静かになる。
「ありがとうございます。セシル王子様のお心遣いに感謝いたします。でも、お手を煩わせる訳には……」
ジュリエッタは恐縮している。
「レニー、彼女に馬車を用意してあげて」
馬車の中からセシルが指示をだした。
「かしこまりました」
レニーが馬車にむかって優雅に一礼する。
生声!? セシル王子ご本人の!?
また周囲が騒がしくなった。
レニーが御者の男に手配を指示すると、彼は辻馬車を呼びにいった。
「ジュリエッタ様。このまま馬車がくるまでお待ちになりますか? それとも」
レニーが揃えた指先で、二人並べる御者台を指す。
「ご一緒しますか? 方向は同じですし、主の許可もいただけると思います」
にっこり。鳥も堕とすと評判のレニーの笑顔に、周囲の女性陣から溜め息が洩れる。
ジュリエッタはあわてて首を振っていた。
「あ、ありがとうございます。で、でも恐れ多いので、こちらでお待ちします」
セシルに対しての苦手意識が若干、垣間見えてしまうジュリエッタは、宮廷内で戦っていくにはまだまだ経験値が足りない。
「そうですか?」
また笑みをみせて、レニーは御者台に座った。
「では、お先に失礼しますね」
ゆっくりと馬車をだす。
馬車が来るまでの間、残されたジュリエッタは人の輪に囲まれることになった。
少し離れてから。
「これでジュリエッタの好感度が上がるのか?」
半信半疑のセシルに。
「はい、大丈夫だと思います」
と確信をもってレニーは答えた。
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