第5話 出発の朝

 婚約破棄の翌日、早朝。

 両親に見送られて、クレア達はこっそりと出発した。

 薄いもやと、日の出前の白い光が、城下町を包んでいる。

 その中を、飾り気のない二頭立ての大きな馬車が静かに進んでいた。

 屋根の上の荷台に荷物をたくさん積んだ、無骨で頑丈な馬車。

 窓にはカーテンが降りて外からは見えないが、クレアとルイが座っていた。

 御者台には若いのに器用に何でもこなす腕利きのルディが座り、馬の手綱をさばいている。

 その横に、眼鏡をかけたクレア付きメイドのシア。

 馬車の横に馬を並べて、馬上からさり気なく周囲に注意を払っているのは。

 イケメンにしか見えない中性的な女性。軍服に近い服装をした、護衛の夕月ゆづき

 朱色の組み紐を使って黒髪を後頭部の高い位置で一つに括った東洋人の彼女は、クレアよりも少し年上で。腰にはこの辺りでは珍しい刀を差している。



 早朝にもかかわらず、すでに商店街では仕入れや仕込みで人が動き出していた。

「夕月じゃないか。こんな朝早くからどこに行くんだい?」

 いつも元気なパン屋の女将さんにみつかってしまった。

「おはよう。今日は奥様の御用なんだ。急ぐから、また」

 馬上のまま会話して先に進もうとすると。

「ちょいと待ちな」

と女将さんが店から紙袋を抱えて戻ってきた。

「ほら新作の焼きたてパンだ、持ってお行き」

と夕月に手渡す。

「お昼にみんなで頂こう、ありがとう」

 頭を下げる夕月を。

「気に入ったら、また買いに来ておくれ」

 女将さんは元気に手を振って送りだした。



 城門にさしかかる。

 すでに通達があったようで、そのまま通過できた。

 門から少し離れた高台で、クレアは窓をあけて王都を振り返った。

 街のそこかしこの煙突から、朝食の為の煙が昇っている。

 いつもの日常が、これから始まろうとしていた。

「こんなに素敵な王都を、今まで見たことがなかったなんて。もったいなかったな」

 朝の王都の美しさに目を奪われて、クレアが感動している。

「いつでも戻って来ればいいじゃないか」

 ルイがぼそっとつぶやく。

 まさかこのまま帰ってこないなんて事はないと思うけど……

 この姉だけに不安がよぎる。

 ルイはセシルが姉を好いていることに、ずっと前から気づいていた。

 姉の中のセシルは、まだ自分と変わらない弟みたいな存在で。断ってしまうだろうから姉には黙っていたが。

 セシルは誰よりも、それこそ婚約者だったオーランドよりもずっと、姉のことを慕っている。



 馬車は、人通りの多くて安全な広い街道を選んで進んだ。

 昼食は街道沿いの景色が良い草原で。みんなでピクニックのようにランチを食べた。

 新作という町の美味しいパンと、シアが持参したバスケットで、おなかも心も満たされる。

 それからまたポクポクと、のんびり景色を楽しみながら。

 一行は、母の実家がある西の領地を目指して進んだ。

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