第4話 王都、離れます

 ざわざわ。

 周囲がざわついている。

 今、クレアの前でおやつを待つ子猫のように目をキラキラさせているのは、ツンデレと名高い第二王子のセシル。

 クレア姉弟とは、婚約候補として登城した日に森で出会って以来、幼馴染みのような関係だった。

 その端麗な顔、独特な瞳の色はもちろん綺麗だったが。クレアは、感情でコロコロとかわる猫のような表情が好きだった。

 それが、彼が抱く好意と同じとは限らなかったが。

「ありがとうございます、セシル様」

 クレアは恋人つなぎになったセシルの手を、キュッと握り返した。

「クレア……」

 セシルの赤くなった耳に顔を近づけて、クレアはこっそりと。

「気をつかわせてごめんなさい。でも大丈夫です。ここだけの話、婚約を解消してもらえてホッとしているです。だって、むいていなかったので」

 今までで一番近い距離でクレアが笑っている。

「いい機会なので、王都を離れて静養しようかと思って」

「……え?」

 一瞬、セシルは理解できなかった。

「セシル様もぜひ、遊びに来て下さいね」

 クレアがニコニコと笑っている。

 あ、これ……伝わってないヤツだ。

 セシルが気づいたと同時に、弟のルイも。

「ごめんなさい、セシル様!」

とあわてて間に入った。

 告白に気づいていない姉を、人目から誤魔化すように。

「今は姉も混乱してるみたいなので、失礼します!」

 姉の背を押して、その場から逃げるように立ち去る。

 残されたセシルは。

「……クレアが、王都からいなくなる……!?」

 呆然と固まっていた。



 帰りの馬車の中。

 ついに田舎に引きこもる理由ができたと、クレアは期待に胸を膨らませていた。

 複雑なしがらみや理不尽なことも多い貴族社会で、表面上は上手く合わせても、自分が大切にしたい部分はどんどんと削られていく。

 そんな気持ちがいつまでも捨てられないクレアは、田舎の村でのんびりと穏やかに暮らすことを夢みていた。

 自然の隣にある世界では、泥臭かったり粗野な部分でさえ愛おしいものに変わる。

 婚約破棄までがなんだか長引いて、今日やっと解放された。

 このタイミングを逃せば一生、機会はないかもしれない。

 是が非でも、田舎に引きこもろう。

 クレアは固く決意していた。



 帰宅して。

 婚約破棄の件を説明すると、クレアは初めて両親に田舎で暮らしたいと打ちあけた。

 両親は、クレアが王室との協調性を大事にしながら社交界では貴族とも上手くバランスを保ってきたことを知った上で。

 それができる事と、内面の向き不向きは別だということも承知していた。

 だから、跡取り息子がいるから何も問題はないと。

 こころよくクレアの長年の夢を応援してくれた。



 徹夜で荷造りをして、翌日の早朝には住み馴れた屋敷を発つ。

 もうすぐ夏季の休暇なので、早めに休みをとった弟のルイも同行することになった。

 向かったのは辺境にある母親の実家。

 馬車を走らせて3日の旅だ。

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