EP.3 朝焼けじゃん(仮)後編

飯田が注文したシメのチョルミョンを見ると、うどん麺の様な太さだ。

それを鍋に入れ少し煮込む。出来上がりを食べる。モチモチして弾力がある。


「歯応えがあるだろ。チョルは韓国語の動詞チョルキタダから来てっぞ。」

「発祥は仁川(インチョン)の製麺所ですよ。」

「だが、この麺が誕生したのは偶然だ。70年代にミスで太い麺を製造しちまって

 近くの飲食店がコチュジャンと混ぜて提供したら美味えかったらしい。」

「なるほど。仁川名物なのですね。」

「今は韓国の各地に広まったがな。食い方は豆モヤシやキャベツ、キュウリ、

 タマネギのヤンパとかのシャキシャキした野菜と一緒にコチュジャンを豪快に

 混ぜる。そこにゴマ油の風味を加える。」

「うどん麺やラーメンを使ったサラダみたいですね。」

「冷麺も食った方が良いぞ。」

「そうですね。」


冷麺を注文して待つ間、ポックムパッを作る。

具は4種類の刻み野菜と海苔、キムチだ。

それらを鍋に白ご飯と共に入れ、かき混ぜながら炒める。具に火が通り、ご飯も汁と馴染んで 良い炒め色が付いた。

早速一口食べる。熱っ。香ばしくて美味しい。キムチも良いアクセントだ。

鍋が空になったタイミングで2種類の冷麺がテーブルに運ばれて来た。


「まずは、こっちのムルネンミョンを食べて下さい。」


飯田が取り分けた器の中を見ると、スープは透き通った薄茶色をしている。

麺を食べる。蕎麦の香り。食感は柔らかく肉の出汁が感じられるスープだ。

美味しい。


「美味えだろ。スープは肉の出汁とトンチミの出汁で、さっぱり食える。」

「お酢やカラシもチョイ足しで合いますよ。」


もう1つの冷麺を取り分ける。見た目が違う。スープも少なくタレは赤色だ。

恐る恐る麺を食べる。辛い。さっきの麺よりもコシがある。


「コチュジャンのタレで辛いだろ。これがビビンネンミョンだぜ。」

「ビビンネンミョンは蕎麦粉とジャガイモやトウモロコシのデンプンで作られた麺

 なので、噛み応えありますよね。」

「ムルネンミョンの麺は蕎麦粉メインで柔らけえ。発祥は朝鮮半島北部の北東で

 元々は冬に床暖房の オンドルが効いた暖けえ部屋で食べられていたんだぜ。

 ビビンネンミョンは南西が発祥だ。」

「朝鮮戦争後に南部へ広がり、夏でも食べる様になったんですよ。ただ、当初は

 ネンミョンをプサンで 入手する事が難しく小麦粉を用いたミルミョンを代わり

 に作っていたそうです。」

「ミルミョンにもムルとビビンがあるが、この麺は蕎麦粉や緑豆粉は不使用だ。

 食感がモッチリで喉越しが良い。消化に優れる。具には唐辛子やニンニクで

 味付けした薬味と蒸し豚、 茹で卵、キュウリなどだ。

 スープは牛肉や豚肉の出汁で具と混ぜて食う。さっぱりピリ辛で美味えぞ。」


冷麺も食べ終わり、会計を済ます。店を出て大通り沿いの歩道を西側へと進む。


「韓国にも端午の節句はありますか?」

「あっぞ。陰暦の5月5日で韓国語だとタノ。今年は6月10日だ。この日は山と地の

 神に豊作祈願でチェサを行う。梅雨直前の時期に、疫病対策の意味で悪い鬼や

 災いの厄除けをする時でもある。」

「日本では男子の健やかな成長を願うイメージですね。」

「韓国は菖蒲湯で髪を洗う。厄除けと艶のある髪にする意味だ。

 菖蒲の茎部分で作ったかんざしを女性が着用して、かんざしの先端が赤色だと

 頭痛しないらしい。菖蒲の腰飾りを着用して男性は厄払いする。」

「菖蒲は日本でも奈良時代から魔除けとして軒先に吊したり湯船に入れますね。」


大通り沿いから路地に入る。少し進むと、金田が声を上げる。


「ここに冷麺専門店があるじゃね~か!入ってみようぜ。」


とりあえず店内に入る。ベージュ色の木製テーブルがあり、明るい雰囲気だ。

席に座ってメニューに目を通す。ムルネンミョンとビビンネンミョンは単品と炭火の豚焼き肉セットがある。

せっかくなので、ムルネンミョンセットとビビンネンミョン単品を注文。

すると、店内に親子連れが入って来た。

見た目は30代らしき母親と小学生らしき女子、その弟らしき男子だ。

金田が親子連れの方を見ると、母親が声を掛ける。韓国語で親しげに話している。


「アニョハセヨ。オレンマニヨ。」


飯田が韓国語で話し掛ける。本出も韓国語を少し理解できる。

韓国ドラマで聞くフレーズだ。”こんにちは。お久しぶりです。”


「ネ。アニョハセヨ。」


飯田も知り合いの様だ。親子連れは近くのテーブル席に座る。


「先輩の奥さん素敵ですね。」

「そうだろ。」


金田は自慢げに言う。ちょうど、注文した料理が運ばれて来た。

銀色の器に入った冷麺と白色で横長の角皿日に置かれた炭火焼き肉がテーブルに

並べられる。店員の方が麺をハサミで適度な長さにカットしてくれ、本出は会釈で返す。早速、取り分けて麺を食べる。極細でツルッとしてコシもある。

牛骨出汁の味は、さっぱりでスルスルと食べ進められる。


「美味しいですね。麺は自家製でサツマイモのデンプンほぼ100%使用らしくて、

 スープは秘伝で和牛の骨を1年じっくり煮込んでいるそうです。」

「セットの肉で麺を巻いて食うと、美味え。」


本出も麺と肉をセットで食べる。炭火で香ばしい。タレは甘辛く冷麺の味に合う。

美味しい。ムルネンミョン完食。

続いてビビンネンミョンの出番だ。汁が少なく赤色のタレ。気合いで食べる。

うん。辛いが、フルーツや野菜の味を感じる濃厚な辛味噌という印象。

具の茹で卵と野菜に合う。


「辛くねえか?やかんの出汁を入れると良いぜ。」


本出は出汁を器に注ぐ。辛味噌の様なタレと混ざり、マイルドになった。

ビビンネンミョンも完食。

残りの肉もタマネギスライスが浮かぶタレに付けて食べる。全て完食。

美味しかった。


「ご馳走様でした。」


満腹だ。店内に流れているK‐POPを聞きながら休む。


「そろそろ食後のティータイムにしましょう。」


飯田は席から立ち上がりレジで会計を済ませる。

金田の奥さんと子供達も食事を終えたらしく合流した。

店を出て路地を北側へ進む。


「タノでは何か食べるんですか?」

「厄祓い効果があるヨモギや旬のスリチッと米粉を混ぜて蒸した生地で作った

 車輪の形をしている餅チャリンビョンを食う。 スリトッと呼ぶ事もある。

 あ、スリチッはてマボクチの事だ。」

「あと、初夏が旬のユスラウメを使って作ったフェチェもありますよね。」

「日本は端午の節句に柏餅を食べますよね。」

「関東はそうですが、柏の葉を入手する事が難しい近畿より西はサルトリイバラ

 の葉で餅を挟んだ物、 東北や北陸、山陰は円錐形の団子をササで包みイグサを

 使って巻いた京風ちまきを食べるそうです。」

「韓国にも餅をサルトリイバラの葉で巻いたマンゲトッがあるぜ。

 ただ、ソルラルで食う。」


写真を見ると、柏餅に似ている。

公園の横まで来て子供達が韓国語で公園のブランコに乗りたいと言った。

金田が思い出した様に喋る。


「タノでは伝統的な遊びがある。男子は韓国相撲のシルム、女子はブランコの

 クネ。昔のシルムはリーグ戦で優勝すれば牛一頭が贈呈されたらしいぞ。」

「凄いですね。」

「夏の行事と言えば、陰暦の6月15日にユドゥがあるぜ。

 夏バテしない様に小川で水を浴びる。」

「日本だと川で岩魚釣りって感じですね。」

「ユドゥでは野菜や肉の餃子を冷し出汁に浮かべたピョンス、野菜や肉を薄切り

 の白身魚で巻いたオソン、野菜と肉を小麦粉生地で巻いたミルッサム、オミジャ

 の戻し汁に穀物の粉を付けたうるち米の団子を浮かべたトッスダンとナツメや

 ゴマ、柚子を混ぜた餡を練った餅米に包んだ焼餅ジュアッも食う。」


公園を出て歩く。路地を抜けメインストリート沿い出た。


「あ、ここです。」


建物に入りエレベーターを使わず階段で運動がてら3階へと向かう。店に入ると、

韓国ドラマとかで登場しそうな伝統の置物や壁飾りもある。

ひとまず席に座り見渡す。落ち着ける隠れ家っぽい雰囲気だ。


「ヨギ インサドン チョロム。(ここ、インサドンみたい)」

「インサドン?」

「インサドン(仁寺洞)はミョンドン(明洞)の北にある街だ。」

「明洞は聞いた事あります。ファッションの街ですよね。」

「まあな。飲食店も多い。で、インサドンは書道や骨董品などの伝統芸術が多く

 集まる。メインストリートには伝統工芸品の店や伝統茶屋が建ち並ぶ。

 路地裏には韓定食の店やマッコリが飲める居酒屋があっぞ。」


飯田が本出にメニューを手渡す。

メニューを見ると、伝統茶と5色の餅セットが載っている。

丸餅で色によって中の餡が違う味らしくピンク色は黒ゴマ、オレンジ色はクルミ

こし餡、黄色はカボチャ、白色は白ゴマクルミ蜂蜜、緑色は黒豆。

五方餅と書いてオバントッ。昔から神様に五方色を捧げる事で邪気払いして平安を願った。五方色は陰陽五行に基づくと説明にある。

ページをめくると、お茶毎に名称と特徴や味の説明が書いてある。

漢字とフリガナ、ハングル表記もあって初心者には嬉しい。

柚子のユジャチャ、五味子のオミジャチャ、梅実のメシルチャ、ナツメ生姜のテチュセンガンチャ、ナツメ人参のテチュインサンチャ、サンファチャ、水正果のスジョングァ、ハトムギのユルムチャ、アマドコロのドゥングレチャ、ミスカルオレ。


「お茶の種類が多いですね。」

「そこに書いてある伝統茶の他にも、緑茶のノッチャやハーブティーっぽい味で

 上品な菊花茶のクックァチャ、カリンのモグァチャ、韓方の薬草を煎じてナツメ

 や松の実を浮かべたシッチョンテボタンもあっぞ。」

「食後なので、消化促進効果があるファチェのスジョングァとかどうですか?」

「オミジャチャも飲んどくと良いぜ。」

「お茶とセットで焼餅や小豆を使ったカキ氷のパッピンス、五方餅もあります。」

「お腹空いてないです。」

「ミニパッピンスなら食えっだろ。」


結局、ミニパッピンスとスジョングァの温かい方を3つ注文。少し待つと、透明なサンデーカップにカキ氷、フルーツ、餅、あんこが盛り付けられたパッピンスと

白いティーカップに入った赤茶色をしたスジョングァが運ばれて来た。

まず、温かいスジョングァを飲む。お、シナモンや生姜の香り、干し柿の甘み。

続いて、かき氷の部分にスプーンを入れる。サクッとパウダースノーの様な音だ。

一口食べると、フワフワ食感でシロップの味わいが美味しい。

トッピングの組み合わせで飽きずに最後まで楽しめる。

無事に完食。


「食えたじゃん。その調子で次はオミジャチャだ。」

「あと、フラワーソルギは韓国発祥のデザートお餅なので、一緒に注文します。」


飯田が追加で注文したオミジャチャと一口サイズで可愛いフラワーソルギ。

ティーカップに入った温かいオミジャチャは鮮やかな赤色をしている。


「まずは、オミジャチャを飲んで下さい。」


一口飲むと甘酸っぱい。その中に苦みと塩気、辛みを感じる。

複雑な味わいで不思議な味だ。


「オミジャチャは5種類の味がする事から来ていて体調によって感じ方が変わるん

 ですよ。」

「凄い飲み物ですね。ザクロに近いのかな。」

「鋭いな。チョウセンゴミシの赤い果実だ。

 それぞれの味が臓器を保護すると言われる。甘みは子宮、塩気と酸味は肝臓、

 苦みは肺だ。 滋養強壮やアンチエイジングにも効果があっぞ。」


一旦、フラワーソルギに目を向ける。

土台は真四角で白く、その上に淡い赤や黃、青などで綺麗な花弁。

1つ食べてみると、土台は米粉の味がする白餅で花弁の部分は甘さ控えめな餡だ。

オミジャチャを飲む。

他の2つも食べる。1つは柚子の味だ。もう1つの方はイチジク味だ。

オミジャチャを飲み終え、一息。


「美味かったな。伝統茶とパッピンス、フラワーソルギは相性が良いだろ。

 韓国では相性の良い男女をチャルトッカップルとかチャルトックンハッと呼ぶ事

 もある。七夕に食うチャルトッから来ている。」

「韓国にも七夕はあるんですね。」

「陰暦の7月7日は七夕であるチルウォルチルソッと呼ばれる。

 チャルトッは餅米粉の生地に小豆や豆、栗、ナツメなどを混ぜて蒸した餅だ。」

「日本では七夕ゼリーや素麺を食べますよね。

 元々、奈良時代に中国から伝わった小麦粉や砂糖などを練って揚げる索餅が七夕

 に食べられていて、それが素麺を食べる様になったルーツだそうです。」

「チルソッも彦星と織姫が天の川に現れる烏鵲橋(うじゃくきょう)で再会する

 が、韓国では雨が降ると無事に再会が叶い嬉し涙を流して、翌朝まで降り続く

 と別れが名残惜しく涙を流して居ると言われる。」

「ロマンチックですね。日本だと晴れた方が良いと言われる。」

「あと、韓国では短冊を書かん。」

「短冊を書くのは日本だけなんですね。」

「その代わり、小麦粉煎餅のミルジョンビョンと季節の果物へッグワイルを供え、

 女性らは醤油や味噌の瓶を置く高台チャントッテの上に井戸水を供えて家族の

 長寿と家庭の平安を祈願する。」

「重要な行事なんですね。」

「その他にも少女は彦星と織姫星を見上げ針仕事が上達する様に祈り、盆に灰を

 平らにして置く。翌日に何か通過した跡があると霊感があり、針仕事が上手く

 なると言われ、少年は学問に優れる事を祈る。」

「なるほど。行事を通して願い事をするんですね。」

「それ以外に七夕の強い日差しを衣服や書物に当て、梅雨の湿気で虫が付いたり

 傷んだりするのを防ぎ、浄化した井戸水で蒸し餅を井戸の上に置く事もする。」

「日本で言う布団の天日干しみたいですね。」


本出はノートPCでスライドにメモを取る。


「夏の食べ物と言えば、スイカや鰻ですよね。」

「韓国にもあるぜ。スイカはスバッでカキ氷のピンスがある。あと、マクワウリ

 のチャメだな。チャメは皮を剥いて種は柔らかく丸ごと食える。

 ミネラルや食物繊維も多く含まれってっぞ。」

「夏の行事と言えば、土用の丑の日が思い浮かびます。」

「そうだな。韓国にも土用の丑の日と似た行事でポンナルがある。

 鶏薬膳スープのサムゲタンや鶏1羽を使った水炊きスープのタッカンマリ、鰻の

 チャンオ、どじょう汁のチュオタンとかを食う。」

「鰻も食べるんですね。」

「正式にはペムチャンオで淡水のミンムルチャンオと書く店も多い。韓国ソウルや

 プサンの街中にはプンチョンチャンオと書かれた看板の専門店を見かける。

 これは全羅道(チョルラド)の海水と淡水が混ざり合う所で育った天然物を指し、

 特に美味しいと評判だ。ただ、鰻重とかは無い。」

「え、どうやって食べるんですか?」

「テーブルに置かれた炭火焼き用網を使って自分で塩振って白焼きやコチュジャン

 のタレを塗って蒲焼きにする。生姜の千切りとか生ニンニクと一緒にサンチュで

 巻いて食う。」

「日本の食べ方とは違うんですね。」

「そうだな。醤油のカンジャンを使ったタレで蒲焼きもあるが、酒のツマミ感覚

 で食う。」


休憩も終わり、会計を済ます。


「あ、夕食は何にします?」

「参鶏湯はどうですか?」

「ちょうど昨日、検索で専門店を見つけて行こうと思っていました。」

「良いですね。夕食には早いので、近くの韓国グッズショップに行きましょう。」


店を出て階段を下りる。少し歩くとショップに着いた。

1階には有名な男性K-POPアイドルのキャラグッズがある。

デコレーションステッカーや絆創膏、マスキングテープ、ボールペン、ポーチ、

ジグソーパズル、チョコレート、海苔、コーヒー。

その他に有名なメッセージアプリとのコラボグッズがある。マスキングテープ、

ワンマンススタディプランナー、デコレーションステッカー、クリアファイル。

グッズ以外に韓国のインスタントラーメンや可愛い亀のキャラがパッケージにあるスナック菓子なども売っている。


「これは何のスナック菓子ですか?」

「亀をモチーフにしたザクザク食感が美味しくて見た目も甲羅っぽいんです。w」

「きなこ味のもあっぞ。」


2階には韓国コスメがブランド毎に陳列されている。見渡す限り日本では聞いた事もないブランドだ。


「僕はコスメの事を知らないので、教えて下さい。」

「了解です。あれとか見た事ありません?」


飯田はリップスティック?の様なアイテムを指差す。


「あ、見覚えあります。韓国ドラマで、おでこ塗って頬と唇塗るコスメですね。」

「そう。チークやリップとして使えて韓国では有名。日本でも人気の様です。」

「これはチェジュ島原産の天然発酵オイルやサーモン由来成分で作られている。」


商品の説明を聞いてショップ内を見て回った。

韓国コスメは自然界の動植物を原料にして作られている製品が多いと感じた。食品と言っても良い様な材料が使われていて食べらそうと思ってしまう。製品によっては世界各地から集めた素材を使っている。まるでワールドツアーの様だ。


「そろそろ夕飯にしましょう。」


ショップを出て参鶏湯専門店へと向かう。

場所は通りから少し入った路地にある。


「あった。」


階段を上がり2階の店に入ると木のテーブルに木の衝立、座敷スタイルだ。

ハノク(韓屋)の様な雰囲気も感じられる。席に座り、メニューに目を通す。

えっと、参鶏湯1人前¥2800!本格的だな。

海鮮キムチチヂミ¥1800とじゃがいもチヂミ¥1300!

せっかくだ。ど~んと、参鶏湯と両方のチヂミを注文した。

しばらくすると、チヂミが焼かれた鉄板で運ばれて来た。

お、鉄板!見るからに熱そうだ。香ばしい香りが漂う。

チヂミ自体のサイズが大きくシェアする。

チャルモクケッスムニダ(いただきます)。一口食べるとアツアツ!

サクサクモチモチな食感で素朴な味。美味しい。箸が進む。

あっと言う間に食べ終わった。 じゃがいも(カムジャ)だけにカムジャハムニダ(感謝します(カムサハムニダ)のギャグ)。

続いて、海鮮キムチチヂミを食べる。

噛むとサクッモチ食感だが、キムチの爽やかな辛さを感じる。魚介にネギも入っていて具沢山で美味しい。

チヂミを食べ終えたタイミングでキムチ、海苔、カクテキが置かれ、トゥッペギ(一人用の土鍋)で本日のメイン料理となる参鶏湯が運ばれて来た。

お、鶏が丸ごとで存在感があるな。早速、スープを一口。

いかにも薬膳スープらしい味だ。大人向けな料理である。

ふと、金田の子供達を見ると平気な顔で食べている。

慣れているのだろうか?と驚きつつ本出は鶏肉を一口。柔らかい。美味しい。

鶏の中には餅米や高麗人参、ナツメ、栗、銀杏まで入っている。

高麗人参は芋の様な食感で苦みある独特な味だ。ナツメはプルーンの様な甘さ。

説明書きを読むと、高麗人参の他に鹿茸(ろくじょう)、黄耆(おうぎ)などの

漢方、クルミ、松の実、ヒマワリの種など30種の材料を入れて長時間煮込んだ

スープに余分な脂を取り除いた若鶏を使っているらしい。

食材それぞれの効能も記載されていて、材料にも相当こだわっている事が伺える。


「どうだ?参鶏湯は体に優しく栄養満点だぜ。

 鶏は体を温め、高麗人参で更に陽気が強められている。韓国では熱を以て熱を

 治すという意味の四字熟語イヨルチヨルがある。」


なるほど。これなら暑さが厳しい夏の日も乗り越えられそうだ。


「本出さん。ここの参鶏湯は一切、化学調味料も不使用らしいですよ。」

「徹底されていますね。」


感心しながら付け合せのキムチやカクテキ(さいの目切り大根キムチ)を鶏肉と一緒に食べる。参鶏湯とも相性が良い。

チャルモゴッスムニダ(ごちそうさまでした)。


「本格的でしたね。さすがに家庭で真似は難しい。」


料理雑誌部の飯田も食材を入手する事が困難では、レシピを書いても多くの人が作れると思えない。落ち込む飯田の表情を見て本出は言葉を返す。


「参鶏湯は食べに行く料理ですよね?」


金田の方を見る。


「そうだぜ。最近は物価高でレトルトにする人もいる。

 それにポンナルでもフライドチキンを食うぞ。」

「え、クリスマスみたい。」


飯田の表情が少し明るくなった。


「タットリタンなら作れる思うぜ。」

「ネガ マンドゥヌン ポプ カルチョ ジュルケ(私が作り方教えてあげる)。」


会計を済ませ、店を出る。

コインパーキングまで戻り、本出の愛車に乗り込む。


「チェリョルル サゴ シポヨ(材料を買いたいです)。」

「クンチョエ マトゥガ イッソヨ(近所にマートがあります)。

 本出さん、会社へ戻る道にあるスーパー寄って下さい。」

「はい。」


本出はカーナビを表示させ、発進する。


「もしもし。姉ちゃん、俺の嫁さんが韓国料理教えたいと言っているんだけど、

 出版社のキッチン貸してくれない?うん。ありがとう。宜しく~。」


スーパー付近のコインパーキングに到着。金田の家族と飯田は買い出しに行く。本出は運転席で待機だ。部長にメールで報告。30分後、買い出しを終えて戻って来た。何やら精肉や野菜の匂いが漂う。出版社へと出発する。程なくして到着。

社内にある料理雑誌部のキッチンスタジオへと向かう。


「ヨギガ チュバン エヨ? ノム モッチダ(ここが厨房?とても素敵)。」

「コマウォヨ(ありがとう)。」

「さて、始めるぞ。」


飯田はエプロンを手渡す。


「チャル プタッケヨ(宜しくお願いします)。」


まず、銀色のボウルに料理酒を大さじ2入れ大きめにカットした生の鶏もも肉500gをビニール手袋で揉み込み数分間漬ける。臭みを消しつつ柔らかくするらしい。下処理の済んでいる鶏もも肉が入ったボウルに人参中1/2本やジャガイモ中1個、タマネギ中1個、長ネギ白い部分1/2本の皮を剥いて、大きめにカットした野菜を入れると、唐辛子小さじ2、コチュジャン小さじ2、砂糖小さじ2、醤油大さじ1、オイスターソース小さじ1、おろしにんにく小さじ2、おろししょうが小さじ1/2、

甘みが出て美味しくなる長ネギの青い部分を加えてビニール手袋で混ぜ数分置いて馴染ませる。大きな土鍋にゴマ油大さじ1を敷きボウルの材料を入れ強火で炒め、ある程度野菜がしんなりと火が通った頃合いで中火にして更に炒める。

このままでも美味しそうだが、そこへ水180mlを加えて弱火で煮込む。

料理が完成するまでの間にタマネギ中1/2個を薄切りにして水にさらし余っている人参半分と3本を千切りにして水を張ったフライパンへと入れ、火が通るまで茹で柔らかくなった人参をザルお玉で湯切りし、銀色の新しいボウルに移す。

粗熱を取り、タマネギを加えると醤油大さじ1と小さじ1、ゴマ油大さじ2、おろしにんにく小さじ3を加えて菜箸を使い和える。人参タマネギナムルの完成だ。

更に別の大きい鍋を出す。そこへ骨付き鶏もも肉1本分と水を1L注ぎ入れ、おろしにんにくの汁小さじ2とおろししょうがの汁小さじ1/2、タマネギ中1/2個のみじん切り、長ネギ青い部分の小口切りを入れ強火で煮込む。


「美味そうだな。」

「あ、部長!お疲れ様です。」


ミーハー部長の突撃である。いわゆる中年太り体型で自称グルメ通。


「あら、良い香りね。」


金田部長も合流した。


「そろそろかしら。」


炊飯器が置いてある方へと向かう。


「飯田さん、ご飯炊けたわよ。」

「え?」


飯田が驚いた表情をする。


「私が用意したの。さ、よそってちょうだい。」

「ありがとうございます!」


炊飯器の蓋を開けると、ご飯の美味しそうな香りが湯気によって広がる。

飯田が茶碗に手早く人数分よそう。ちょうどタットリタン、いやタッポックムタンも仕上がった様だ。それを白色の深皿に人数分盛り付ける。人参タマネギナムルは人数分の小鉢に盛り付けると、テーブルに運ぶ。


「料理名を教えてちょうだい。」

「タットリタンです。」

「正式名はタッポックムタン。鶏炒め煮だな。それと人参タマネギナムル。」

「そう。」

「オソ トゥセヨ(さあ召し上がり下さい)。」

「チャル モクケッスムニダ(いただきます)。」


早速、タッポックムタンの鶏肉を箸で食べる。うん。鶏肉が柔らかく甘辛い味付けで美味しい。ご飯を一口。相性抜群だ。ジャガイモと人参、タマネギも柔らかい食感で味が染みていてく美味しい。ご飯が進む。

ふと、子供達の方を見た。ご飯をスプーンで食べている。


「韓国では白飯もスプーンのスッカラッを使って食うんだ。汁が少ないおかずは

 箸のチョッカラッで食うから持ち替える。」

「それは慣れていないと、大変ですね。」

「あと、食器はテーブルに置いたままで良い。」


ミーハー部長はオンザライスで丼にして食べている。マナーを知らない。

それで真のグルメ通とは言えないだろう。本出は心の中で思った。


「韓国の食器はステンレス製で重くて熱伝導良いから持つのが難しい。」


金田の奥さんがスープを汁椀に入れて運んで来た。


「イゴン タッコムタン エヨ(これはタッコムタンです)。」

「コマスミダ(ありがとうございます)。」


スープの見た目は透明で黄金色。香りも良い。スプーンで一口飲む。骨付き鶏もも肉の旨みとタマネギ、長ネギの甘み、ニンニクとしょうがの味を感じる。

優しい味だ。ちょうど汁物が欲しいと思っていたので、ありがたい。


「このタッコムタンなら簡単ですね。」


飯田の表情は晴れやかだ。


「タッコムタンは鶏の骨を煮込んで出汁を取る事が美味しく作るコツだ。

 骨以外に他の部位を入れても良いぞ。」


飯田はスマホでメモを取る。

本出は小鉢の人参タマネギナムルを食べる。ほのかにゴマ油の香り。

人参とタマネギはシャキシャキ食感で美味しい。ニンニクしょうがは控えめだ。さっぱり食べられる。あ、こってりめのタッポックムタンに合う。

箸が止まらない。


「タッコムタンはクッパにしても美味いぞ。」


本出は汁椀を持って炊飯器の方へと向かう。途中でスープを追加。ご飯も少し入れクッパの完成だ。席に戻って食べる。やっぱり相性抜群で美味しい。

ミーハー部長は茶碗を持って行く。ご飯をおかわり。そこにスープを注ぐ。

この男は案の定やってしまったー。あくまでもクッパはスープご飯なのだ。

出汁茶漬けになってしまう。雑誌の記事に日本と韓国の食事や行事に関する違いやマナーについても掲載する必要がある。本出は確信するのであった。


「チャル モゴッスムニダ(ごちそうさまでした)。」

「美味しかったわ。」

「韓国料理は激辛なイメージしかなかったが、そうとも限らないんだな。

 ところで、雑誌のタイトルは何にするんだ?」

「人は学び何かを得て戻って来る意味を込めてサムゲットターンです。両国の料理

 や文化を学び、違いを知る事は面白く相互理解に繋がると考えています。」


FIN.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「サムゲッドターン~辛い料理苦手な僕がミーハー部長の指示で韓国料理記事を書く。」 アキブリー @AKIVERY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ