EP.3 朝焼けじゃん(仮)前編

「あれ?何処だ?」


金田は目覚め見慣れない部屋の景色に驚く。


「やっと起きましたか。」

「本出。トイレ何処だ?」


本出がトイレの場所を教えると、金田はトイレに駆け込む。

やれやれ。と思いながらリビングにあるオーディオのアンプを入れ、音楽を流す。


「お前も好きなんだな。この曲。」


トイレから戻った金田。


「音が良いでしょう。」


得意気に言う本出。


「おう。てか何か食う物あっか?」

「昨日、韓国食品店で買った物ならあります。」

「見せてくれ。」


本出はリビングのテーブルに置いてあるエコバッグから購入品を取り出す。


「あ、それ飯田のエコバッグじゃん!なんで?」


テーブルに縦長で箱形パッケージのオーブン焼きノンフライポテチがオリジナルと

チーズグラタンの2種類、ミニヤックァとユガのスナック菓子を並べる。


「忘れ物です。昨日の記憶ありません?」

「ノレバン(カラオケルーム)に居た覚えはあるが、後はモルゲッソ(知らん)。」


案の定、当の本人は記憶無しか。本出は金田と話しながら手を動かす。

ハングルで書かれた缶の梨ジュース、とうもろこしのひげ茶500mlペットボトルを

テーブルに置く。


「酔い潰れて熟睡だったので、僕がここまで連れて来ました!」

「それで俺は今ここに居るのか~。ピルルミ クンキダになって悪かったな。」

「え?どういう意味?」

「フィルムが切れる。つまり、記憶を無くすって事だ。」


本出はソゴルユッス、ソルロンタン、サゴルコムタン、カルビタン、サゴル

ウゴジ、 コンピジ、ファンテクッのレトルトパックをテーブルに並べ終える。


「お、朝ご飯と言えば定番のソルロンタンと酔い覚ましのファンテクッがある。」

「あ、ファンテクッも酔い覚ましのスープに使われるですね。」

「おう。インスタントだとプゴクッが多い。食感も違うぞ。」


金田にソルロンタンのレトルトパックを手渡される。


「お前は辛い料理を食って胃が疲れているだろう。」

「ありがとう。」

「俺はアミノ酸が豊富なファンテクッで肝臓保護とアルコール分解だ。」


レトルトパックの中身を器に注ぎラップして電子レンジで温める。


「白飯あっか?」

「ありますよ。」


素早く炊飯器の蓋を開け茶碗に白ご飯をよそい、温まったスープと共にテーブル

まで運ぶ。


「さ、食おうぜ。」

「頂きます。」

「あ、チャッカンマン(ちょっと)。ファンテクッも味見すっか?」

「はい。」


金田は茶碗の白ご飯をファンテクッに全て入れ、空になった茶碗に取り分ける。

茶碗のスープは薄茶色。干しタラの香り。一口飲むと干しタラが香ばしく大根の味が優しい。


「香ばしいですね。」

「だろ。ファンテはカンウォンドのインジェの名産だぜ。」

「えっと、カンウォンドは首都ソウルの東側に位置するんですよね。」

「おう。第1次韓ドラブームで有名なロケ地がある。ガキの頃に見たろ?」

「お、チュンチョンですね。」

「そうだぜ。そこはタッカルビが有名だな。その北東にある隣街がインジェ。」


さて、ソルロンタンの入った器を見るとスープは白濁している。

スプーンで一口。牛骨の独特な味。牛肉出汁や野菜、ニンニクの様な香辛料で調和された味だ。


「どうだ?」

「牛骨って独特の味ですね。」

「ま、そうだな。白飯入れて食ってみ。」


本出は言われた通りにする。うん。相性は良い。


「ソルロンタンの由来は知ってっか?」

「え?ウシのナントカ?」

「ブー。ソ(ウシ)じゃねえ。王室所有地で行われたソンノンジェで王が畑を

 耕して見せた後に大勢が食べられる料理として牛肉鍋に白飯入れて作ったの

 が発祥だ。」

「ソンノンジェ?」

「豊作祈願祭りの事だ。そのソンノン変化説と王室所有地のソンノンダンで

 セジョンテワンが耕作時に急な豪雨で動けず農業用ウシで作ったスープを

 献上説がある。」

「セジョンテワン?」

「朝鮮時代の大王。ハングルの父だ。」

「なるほど。韓ドラであった様な。」

「という事は白ご飯入れて食べた方が伝統的なんですね。」


ソルロンタンに入っている牛肉と汁ご飯を食べる。


「諸説あるが、朝鮮時代は1510年に終わりソンノンジェ自体は行われ無くなる。

 その後は庶民料理として広まった事は確かだ。」

「ご馳走様でした。」

「慣れると美味えだろ。ま、店の方が本格的だがな。」


食べ終わった食器をシンクで洗う。


「ポテチ食うか?」


それで借りを返すつもりか?ま、韓国の食文化に詳しい事が救いだ。

昨日の件は水に流そう。


「1枚下さい。」

「ホイ。」


金田は本出の口にポテチを入れる。食感はサクッとしてジャガイモの味が咀嚼する度に感じられ、あっさりしている。ノンフライで美味しい。

洗い終えた食器を拭いて棚に片付け、リビングのテーブルにノートPCを置き昨日の取材内容に関する資料作成を始める。


「そろそろ8時なので、オンライン朝礼します。」

「おう。」


オンライン朝礼が始まり、部長に昨日の取材内容を伝える。

引き続き取材を進める様に指示を受け、朝礼が終了。メールを確認すると、飯田からメッセージが届いていた。 内容は飯田の先輩が迷惑を掛けて申し訳無かった事と部長同士が話し合い2つの部署合同で進めるコラボ企画になった事、昨日購入した韓国食品が入ったエコバッグを本出の車に忘れ帰ってしまい社内で打ち合わせを兼ねて持って来て欲しいとの事が書かれている。本出はメールを返信。


「今から出社するので、家空けます。」

「おう。俺も行くぜ。」


本出は自分のショルダーバッグと飯田のエコバッグを持って金田に車椅子を押して

付いて来る様に指示する。地下駐車場まで移動して愛車の助手席に荷物を置き、

車椅子を所定の位置に戻すと金田を愛車に乗せ走り出す。

出版社に到着。会議室へ向かう。


「あ、本出さん!おはようございます。」

「おはようございます。」


飯田にエコバッグを手渡す。


「ありがとうございます。何か食べました?」

「ソルロンタンと・・・」

「ファンテクッを食ったぜ。」


金田が口を挟む。


「先輩!本出さんに世話を焼かさせないで下さい。」

「悪かった。」

「ポテトチップスも食べました。」


年上らしき女性が声を掛ける。


「飯田さん、会議始めるわよ。」

「はい!あ、こちらが本出さんです。」

「部長の金田です。」

「宜しくお願いします。」


本出は挨拶すると、会議室に入る。


「あなた、ここで何しているのよ?」

「休みで帰って来たんだ。姉ちゃん元気そうだな。」

「あら、そう。丁度良いわ。あなたも参加しなさい。」


金田も会議に加わる様だ。本出は自分のノートPCを会議室のモニターに無線で

繋ぐ。


「さて、共同企画の雑誌コンセプトを教えてちょうだい。」

「はい。韓国文化の理解です。」

「具体的に言うと、どの様な事かしら?」

「伝統的な文化と食です。

 韓国では旧正月が今の時期あり、ご先祖様に豪華なお供え物をします。その様な

 文化を取り上げます。」


金田が口を挟む。


「そうだぜ。俺はソルラルの連休で帰って来たんだ。」


飯田がタブレットの画面を大型テレビに出す。


「韓国では新正月より旧正月のソルラルを盛大に祝いチャレと呼ばれる

 ご先祖様の霊を迎え入れる祭礼があり、チャレサンに20種類以上の

 食べ物をお供えします。」


チャレサンの写真を見る。朱色の台に沢山の料理が並べられていて豪華だ。


「これを準備するだけでも一苦労だ。配置にもルールがある。主催者側から

 ご先祖様の霊を見て右東左西、中央の奥側に位牌に相当するチバンを置く。

 すぐ手前の1列目に左側から朱色の箸や匙、汁物、ご飯、トックッを並べる。」


トックッの写真を見る。白い器に透明なスープで真っ白な餅と野菜が入っている様に見える。


「トックッのお餅はうるち米で作られ、細長い餅を薄く切ったカレトッが

 使われる事が一般的に多い様で、白は純粋や始まりの象徴で長寿を願う

 意味があるそうです。」

「日本だと海老が長寿の象徴ですね。」

「あと、ヒョウタンみたいなジョレンイトッも使われる様です。」

「トックッはどんな味付けなのか気になります。」

「以前はお餅以外の具を入れ無かったそうですが、現在は野菜や鶏卵など様々な

 具を入れるそうで、スープは牛肉などを使う様です。」

「トックッは日本で言う雑煮みたいですね。」

「お雑煮は地域によって使う具材や味付けが違いますよね。」

「お正月は祖父母の家で自家製雑煮を食べていました。」


本出は祖母が作る雑煮の味を思い出していた。


「2列目には左側から鶏丸ごとや焼いた牛肉のユッジョッ、肉のジョンや串焼きの

 コチジョン、豆腐のジョン、緑豆のジョン、魚のジョン、焼いた魚のオジョッ

 を置く。」


料理の写真を本出が見る。鶏肉が器に丸ごと、焼いた牛肉やジョンも器から溢れそうな程に入って、焼いた魚は1匹丸ごとで平たい器から頭と尾がはみ出ていて

豪快だ。


「配置場所は魚を東側に肉を西側に置くオドンユッソと魚の頭は東側に尾を西側

 に置くトゥドンミソだ。」

「ジョンって確かチヂミの事ですよね?」

「そうだな。チヂミは方言で標準語ではプチムゲやジョンと呼ぶ。

 お好み焼きっぽく食材を生地に混ぜて焼いたのがプチムゲ。

 食材に小麦粉や卵液を付けて焼いたのがジョンだ。」

「なるほど。作り方に違いがあるんですね。」

「3列目には肉が入った汁物のユッタン、豆腐や野菜が入った汁物のソタン、

 干し魚が入った汁物のオタンを並べる。」

「干し魚のスープと言えば、プゴクッのイメージがあります。」

「それが有名だな。プゴはスケトウダラを1ヶ月程干した状態の呼び方で加工方法

 が違うと呼び方も変わる。」

「え、覚えるの大変ですね。」


画面を見ながら、チャレサンの話を続ける。


「4列目は左側に干し魚、右側にシッケを置くルールのチャポウへ、

 中央にキキョウの根のナムルやシラヤマギクのナムル、ワラビの

 ナムルとナバッキムチを置く。」


画面に表示されている写真を本出が見る。干し魚は平たい器に収まら無い大きさだ。


「あ、干し魚には干しタラのファンテポが使われるんですね。」

「ファンテはスケトウダラを真冬に凍らせ干す事を20回程繰り返して作る。」

「手間が掛かっているんですね。」

「柔らかく香ばしいのが特徴で主な食べ方は薬味焼き魚のファンテグイだ。」

「なるほど。日本の西京焼きに近いんですかね?」

「コチュジャンを使った辛いタレを塗って焼く。蒲焼き風だな。」


画面のナバッキムチは朱色の器に白い正方形の食材が透明な汁に浮かんでいる。


「キムチって見た目が赤いイメージですが、赤く無いキムチもあるんですね。」

「唐辛子を入れずに作るキムチは昔からある。大きめに切った大根を塩漬けした

 汁が多いトンチミ、大根や白菜の薄切りで汁が多いナバッキムチだ。唐辛子が

 伝わると区別して白のペッキムチで呼ぶ。」

「辛く無いのは良いですね。」

「チャレサンではご先祖様が刺激のある料理は好まないと考え、

 唐辛子やニンニク等を使わずに素朴な味付けにする。」

「5列目は果物やお菓子を置く。西側から順にナツメ、栗、梨、柿を並べるルール

 のチュユルイシで、この4つは必ず用意する。その他に紅い果物は東側、白い

 果物は西側に置くルールのホンドンベッソがあり、梨や林檎は上の部分を切り

 取る。」

「日本でも馴染みがある食材ですね。」


梨と林檎の写真を見ると、確かに上部がカットされて朱色の器に3つ載っている。


「端に韓国伝統菓子のヤックァや餅米の揚げ菓子のサンジャを置く。」

「ヤックァは茶色で花の様な形をしているんですね。」

「ヤックァは油で揚げ蜜に浸したユミルクァと呼ばれる菓子の代表だ。市販も

 されている。」

「ドーナツの様な感じですか?」

「食感はーナツに近いと思うが、保存性と栄養価に優れる。」」


飯田はエコバッグの中にある物を取り出しテーブルに置く。


「これは伝統菓子であるヤックァとユグァ風の商品です。食べてみて下さい。」


本出はヤックァの袋を1つ手に取り封を開ける。艶のある薄茶色をして花の形だ。

口に入れると、水飴の甘さと麦芽やシナモンが感じられる。


「美味しい。」

「お花の形で可愛いわね。味はチュロスに近いかしら?」

「ま、これは油で揚げてシナモンを使ってっからな。伝統的な製法じゃねえ。」

「その通りです。韓国の宮中餅菓研究院によりますと、蜂蜜とゴマ油を使い低温の

 油で煮込みながら揚げて生姜入りの水飴シロップに通すそうです。」

「確かに違うわね。」


飯田はパッケージにハングルでユグァと書かれた袋を開ける。


「これも伝統菓子をイメージしたスナックですが、お1つどうぞ。」


金田部長が1つ食べる。


「お米の味がするわね。ゴマの香ばしさと甘みもあって、おこしの様だわ。」


本出も1つ食べる。あ、なるほど。おこしに近い感覚だ。


「おこし?より柔らけえぞ。それにジョチョンが使われている。」

「ジョチョンは米水飴の事で頭が冴え記憶力アップ効果もあるとされ

 朝鮮時代に王子の方々が受講時食べていたそうです。」


サンジャは白色で四角い形をしている。


「サンジャはユクァの一種で歴史が古い。

 祭事には欠かせないが、作るのが大変だ。

 真心が込められているとして新婦から新郎の家へ結婚の贈り物にされた様だ。」

「どうやって作るんですか?」

「餅米粉を10日程発酵させて作った生地を蒸して裁断、乾燥後に油で揚げ

 餡を絡めカラフルな粉や松の実を纏わせ完成する。

 手間が掛かる菓子だが、伝統茶とセットのお茶菓子でもある。」

「この様なエピソードを交えつつ伝統文化を正しく解説する事を考えています。」

「餅米粉を使った菓子と言えばクァベギもある。」

「韓国のツイストドーナツですね。さて、チャレサンのお供え料理は以上です。」

「儀式用の酒や線香と米を入れた香炉も床に置く。儀式は最初に主催者の

 チェジュが線香を立て酒を補助役がチェジュの持つ朱色のおちょこに注ぎ、

 おちょこを線香の上で 回す。おちょこを補助役が御膳にお供えし、チェジュが

 拝礼を2回半する。」

「拝礼って、もしかしてドラマで見かける床に膝を就いて頭を下げ、立ち上がる

 動作ですか?」

「そうだ。

 チャレでは次の参拝者に御膳のおちょこを渡し大きめの器に酒を空ける。

 再び酒をおちょこに注ぎ、拝礼。最後にチェジュがおちょこのお酒を飲むと

 儀式は終わりだ。位牌の紙チバンは燃やす。」

「なるほど。料理や道具を一から用意すると大変ですね。」

「最近はチャレサンに必要な料理や道具の一式を配達してくれるサービスも

 ある。」

「それは便利ですね。儀式に使ったお供えの料理は食べるんですよね?」

「もちろんだ。お供えの料理は参拝者の皆で頂く。その事をウムボッと呼ぶ。」

「食べてみたいです。」

「そして、チャレを全て終えるとお墓参りに行く。」

「ご先祖様を敬う韓国らしい文化ですね。」


本出はPCで次のスライドを表示させる。


「テーマは季節の行事と料理です。

 ソルラルとトックッは取り上げ様と思いますが、他にありますか?」

「セベと呼ばれる新年の挨拶がある。年配の方や目上の方へ順番にお辞儀と

 お祈りやお祝いの言葉トッタムを交わすと、お年玉のセベットンをもらえる。」

「お年玉があるのは日本と同じですね。」


金田の知識は凄い。仕事で韓国に行っていただけとは思えない。突然、スマホの

着信音が鳴る。あのガールズグループが挨拶で使うキャッチフレーズを歌詞にしたテーマ曲だ。金田が電話に出る。しかも韓国語だ。

国際電話?と本出が驚いている間に通話が終了。


「今、会議中よ!」


金田部長が怒り気味に注意する。


「すまん。妻からの電話だ。」

「そう。奥さんと子供は元気?」

「元気だぜ。今朝、俺の実家に顔を出して東京見物中らしい。」


え、金田は結婚しているのか。それも国際結婚で子持ちとは驚きだ。


「あと、凧揚げのヨンナルリギやコマ回しのペンイチギ 、木製の棒ユッを4本

 投げるすごろくの様なユンノリ、小銭を紙で巻いて作った羽根チェギを蹴り

 続けるけまりの様なチェギチャギ、シーソーの様なノルティギがある。」

「日本と似た様な遊びがあって面白いですね。ところで、韓国はお正月に日本の様

 な おせち料理を食べるんですかね?」

「おせち料理は無いが、トックッやシッケ、茹でた肉のピョンユッ、木の実を

 使った甘いおこわのヤッシッを食べる。」


飯田がソルラルに食べる料理をタブレットで検索する。


「ヤッシッは艶のある飴色で美味しそうですね。」

「その他に肉や魚、韓国南瓜、シイタケのジョンでチョニュオ、緑豆を使った

 ジョンでピンデットッ、大根や白菜のナバッキムチを食べる。」


写真のピンデットッは緑や赤のピーマンみたいな具が載ったチーズの無い

ミニピザに見える。


「皆さん、トウモロコシ茶をどうぞ。」


飯田が各席にコップを配り、ペットボトルのトウモロコシ茶を少し注いで行く。

早速、金田部長が口に含む。


「香ばしいわね。」


本出も後に続く。トウモロコシ特有の味がする。後味は香ばしい。

本出が会議室の時計を見ると、まだ10時前。


「春と言えば、お花見や遠足ですね。お弁当シーズンでもある。」

「韓国の花見は弁当食わねえがな。」


飯田はタブレットで韓国の春野菜が掲載されているサイトを表示させる。


「春はツル人参のトドッやヒメニラのタルレ、シラヤマギクのチナムル、日本でも

 有名なタラの芽のトゥルッ、ナズナのネンイ、セリのミナリが旬だな。」


本出は忘れる前に春風の様な勢いで打ち込む。


「セリ、ナズナは日本の七草粥に使いますね。」

「ナズナは味噌汁のテンジャンクッや和え物、キムチに。

 セリはジョンにするぜ。」

「3月は、よもぎ。体が温まる食材なので婦人病に効果あり、よもぎ汁のスックッ

 やチヂミのスッチョン、よもぎ餅のスットッ、松餅のソンピョン、 よもぎ団子の

 蜂蜜がけのスックルレがあります。」

「よもぎパンもあるぜ。」


続けて打ち込む。


「でも、ソンピョンは秋のチュソクに作るイメージがあります。

 上手に形成出来ると女性は良縁や可愛い赤ちゃんを授かると言われますよね。」

「そっちの方が有名だな。だが、陰暦の2月1日はチュンファジョルで小作の日

 モスム・ナル、にもソンピョンを小作人達に歳の数ご馳走していたぜ。」

「どんな味なの?」

「うるち米で作った餅の中にゴマや豆、緑豆、栗とかの餡が入っている。表面は

 ゴマ油で香ばしい、松の葉を敷いて蒸す事で香りがするんだ。」


金田がスマホでソンピョンの写真を見せる。


「韓国はうるち米の餅が多く弾力食感だ。よもぎや松の甘皮は色付けで使う。

 ソンピョンが半月形なのは月が満ちる様子に今後の発展をイメージする

 らしい。」

「それは末広がりの八みたくて縁起が良いわね。」


金田が次の写真を見せる。

写真を見ると、透き通った薄いベージュ色の生地に餡が透けている。


「ジャガイモ粉で作った餅に餡が入ったカムジャソンピョンがカンウォンドに

 存在する。」

「日本の八ツ橋みたいですね。形は違いますけど。」

「韓国でジャガイモが使われる料理と言えば、ジャガイモのデンプンやパウダーで

 作った麺のインスタントラーメンとカムジャタンですよね。」

「おう。美味えな。」


飯田がスマホで調べる。


「お昼ご飯はカムジャタンにしましょう!」

「何処の店ですか?」

「昨日行ったメインストリートの南側にある大通り近くです。」

「もう出発します?」

「まだ開店時間の11時まであるので、大丈夫です。」


「春は魚介類のアサリやサザエ、タイラギ、昨日食ったワタリガニとイイダコが

 旬だ。」

「どんな料理があるんですか?」

「アサリのパジラッは平打ち麺のカルグクスや貝焼きのチョゲグイ、粥のチュッ、

 サザエの ソラは辛い和え物のムチム、タイラギのキジョゲはコチュジャン

 チジュポトグイだな。」

「え、コチュジャンとチーズにバターまで使って焼くんですか?」

「まあな。コチュジャンで思い出したが、陰暦の3月3日サンジンナルにジャンを

 仕込むと美味えらしい。家の中を修理もする。」


金田がスマホで写真を見せる。

円形の白餅にピンク色の花弁がある。

その横の器には赤い色をした汁が入っている。


「チンダルレの花弁を使った食い物もある。」

「チンダルレは何の花ですか?」

「ツツジの事だ。これは餅の上に花弁を置いて焼いたファジョンと花弁を細かく

 して蜂蜜や砂糖で汁気を出し、オミジャの実を水で戻した汁を注いだデザート

 だぜ。」

「春の訪れって感じね。」

「オミジャは韓国伝統茶の1つですよね。新大久保に伝統メニューを味わえる

 カフェがあるので、お昼ご飯の後に行きましょう。

 韓国茶は美容にも良いですよ。」

「良いわね。」


金田部長が腕時計を確認する。


「飯田さん、そろそろ向かった方が良いわよ。」

「はい!」


本出はノートPCを素早くスリーブモードにするとショルダーバッグに入れ

会議室を出る。 駐車場に停めてある本出の愛車を発進させる。


「そう言えば、よもぎを使った餅や団子、汁物は陽暦で4月にあるハンシッの時

 も食べる。作り置きのナムルと冷や飯、ハンシッミョンと呼ぶ冷てえ蕎麦も

 食う。」

「何故ですか?」

「火を使うのが禁止される日だからな。他にも薬膳酒やフルーツ、素麺のククス、

 シッケがある。 ま、今は冷てえ食事する習慣が薄れてっけど。」

「なるほど。」

「で、この日に墓参りするんだ。その時に、よもぎ餅はチャレの膳に供える。」


大通りを進む。


「他に何か行事あります?」

「陰暦で4月8日にはチョパイルがある。釈迦の生誕日だ。元々はコウリョ時代に

 無明を提灯で祈るヨンドゥンフェがあって1996年から提灯行列パレードの

 ヨンドゥンチュッチェになった。」

「日本だとお堂内で仏像に甘茶を柄杓で掛けて祝う灌仏会がありますよね。」

「韓国では仏の数を数えた豆を焼いて出会い人に配っていた。」


新大久保駅付近。


「本出さん、次の交差点を右折して下さい。」

「はい。」

「今でも焼いた豆や炒り黒豆のポックンコン、緑豆粉を白身魚の切り身に付け

 茹でて5色の彩り食材を盛り付けたオチェを食う。」


線路沿いのツツジ通りを南下する。


「他に混ぜククスや鶏卵とか肉とか唐辛子を茹でたセリで巻いたミナリ

 カンフェ、鯛の蒸し焼き、米粉とケヤキの若葉を混ぜ込んだ蒸餅のユヨプピョン

 別名ヌティトッ、薄く伸ばした米粉生地の上に山ツツジの花弁を置いて茹で

 油で両面焼きにしたコットッもあるぜ。」


信号のある交差点に近付く。


「あ、次を左折です。」


指示に従いステアリングを回す。片側3車線の大通りを進む。


「次の進入禁止を通過した先にある路地を入って下さい。」


路地を入ると道幅が狭い。

途中に電柱もあり本出の愛車では辛うじて通れる道だ。


「あ、ここです。この先で右に行くと駐車場があります。」


店の前を通り越し右に曲がる。駐車場を発見。愛車を空きスペースに停めて

店まで歩く。看板にはカムジャタン専門店と書いてある。中に入って席に座った

途端、金田がテーブルに置かれている透明なボトルに入れられたお茶をコップに

注ぎ一気飲み。


「あ~^。美味え!喉乾いちまったぜ。」


飯田がコップに注いだお茶を本出の前へ置く。


「どうぞ。」

「ありがとうございます。」


コップに注がれたお茶を飲むと、スッキリした味で美味しい。

飯田はメニュー表を見せる。


「カムジャタンと言えば辛いんですけど、ここは3種類あるんです。」

「本出は辛いのが苦手だし、白カムジャタンにしようぜ。

 追加トッピングで後から辛く出来っからな。」

「お気遣いありがとうございます。」


注文を終え少し待って居ると、テーブルに白カムジャタンが鍋で運ばれて来た。

早速、飯田が器に取り分け本出の前に置く。


「どうぞ。」

「頂きます。」


スープの色は白っぽいベージュ。器に口を付ける。お、豚肉の出汁が美味しい。

素材の出汁で奥深く胡椒も感じられる。


「その豚の背骨に付いたお肉も食べて下さい。」


あ、箸で楽に取れる。そのまま豚の背肉を一口。柔らかい。ジャガイモも味が

染みて美味しい。金田が白カムジャタンを食べ始める。


「うん。マイルド。韓国では、豚背骨肉をわさび醤油で食べるんだぜ。」

「日本の刺身みたいですね。」

「まあな。韓国にも刺身はある。白身が多い。赤身は専門店で食える。

 わさび醤油の他にチョコチュジャンや合わせ味噌のサムジャンを葉野菜で包む

 食い方もする。」

「日本の酢味噌や大葉と一緒に食べる感覚ですね。」


飯田が赤唐辛子パウダーが入っている小皿を手に取る。


「さて、ここからが第2ラウンドです。」


鍋のスープが赤唐辛子パウダーを入れた事で赤褐色になった。

一口飲む。やはり辛い。具のジャガイモを食べると美味しい。肉にも合う。


「お次はウゴジを入れます。」

「あと、エゴマの葉のケンニッとエゴマの粉のトゥルッケガルもな。」


ウゴジは白菜の外側の葉を茹で干した乾燥食材の事だ。どんな味だろう。エゴマの葉は昨日食べたが、エゴマの粉もあるのか。それらが鍋に入るとエゴマの香りが漂う。スープを一口。赤唐辛子の辛さは来るが、そこにミント系の少し爽やかにスーとする

独特な味と香ばしさが加わった。


「どうだ?一気に韓国らしくなったろ。」

「エゴマの粉って香ばしいのにまろやかなんですね。」

「そうだろ。エゴマの粉はエゴマ油を作った時に残って出来る物で、韓国では

 ナムルとかに使う。日本では馴染み無いが、エゴマの葉はキムチや醤油漬け

 のチャンアチや肉詰めにして韓国では食べる。」


ウゴジを食べると、シャキシャキした食感で美味しい。


「ウゴジも冬のキムチ作りで余った白菜の外葉と大根の葉だぜ。」

「キムジャンの事ですね。」

「そうだぜ。さて、シメは何にすっかな?」

「定番はポックムパッですね。」

「チョルメンって何ですか?」

「冷麺(ネンミョン)より太い小麦粉の麺だ。」

「それにしましょう!」

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