第5話 我流の少女



 洞窟内に俺を残してハルファスは去ってしまった。

 力を継承してから一時間以上は経っただろうか。なんとか立ち上がり歩けるようになったが、生まれたての小鹿のようにプルプルでまだ本調子は出ていない。あの魔女、本当にふざけてるな。人を異世界に召喚しておいて、用が済んだらポイかよ。

 事故とはいえ生き返ったことには感謝してるだけに複雑な感情だ。


「ひとまず、何から始めたらいいんだろうか」


 洞窟の外に出たとして、俺はスケルトンだぞ? 人に見つかって殺されるのがオチだろうな。かいつまんで聞いた程度だが魔物と人間はLoGや他のゲームのように敵対関係にあるというイメージで間違いないようだ。魔物は人を襲い、人はその魔物を討伐する。魔物や魔法があるくらいだし、レベルの概念や経験値もあるんだろうか。


「よし、まずは腕試しからだな」


 幸い武器と防具は洞窟内に捨てられているものを拝借できた。ショートソードに盾、これこそ王道だろう。見た目はさながら骸骨戦士だ。というか、なんでも選べるという状況は正直困る。こちとら生まれて死ぬまで喧嘩のひとつもしたことないのだ、こんな殺傷性のある武器を持つのはゲームの中だけだと思っていた。


 武器の性能差などゲーム内であれば数値として一目でわかるはずだが、ここでは直観を信じるしかないのだろうか。ただ、この外套がいとう――ハルファスが残していった外套だけは違和感というか、何か違う雰囲気を感じる。レアリティの違いだったりするんだろうか。きっと良いものに違いない、返せと言われるまではありがたく使わせてもらおう。


「さて、武器と防具はこんなもんで十分だろ」


 素振りをしてみると案外しっくりくる。鉄製の剣は重いというのが定石だが、不思議な感じだ。


「意外となんとかなるもんだな、次は試し斬りか」


カタカタ……カタカタ……


 そこら中にスケルトンはいるが仮にも同じ種族、倒せる確証はない。

 目覚めた時といい、装備を探しているときといい、同族だからか何の反応も示してこなかった。


「そうなると、俺が取るべき戦法は……」



「おりゃああああ!」


 勢いよく振り下ろされたショートソードでスケルトンを袈裟切りする。もちろん背後からの不意打ちである。

 崩壊したスケルトンの身体はみるみる元通りに戻る。どうやら、ハルファスが言っていた種族の特徴は間違いないようだ。ただ砕けた骨は無理やりくっついているだけで動くたびにポロポロと身体から崩れ落ちている。


「おぉ、本当に元通りだ……逆再生した映像みたいだな」


 復活したスケルトンは、いつの間にか武器を構えこちらに対峙している。当たり前のことだが、攻撃をトリガーに俺を敵だと認識したのか。


「って、これマズいんじゃないか」


ブンッ


 案の定、スケルトンはこちらに斬りかかってくる。その瞬間、剣の切っ先から目が離せなくなり猛烈な恐怖に襲われる。そうだよ、他人に向けられて初めて気付いた刃物の怖さは数刻前に身をもって味わっている。とにかくこの場から逃げなければ殺されるのは目に見えてる。


「うわああああああ!!」


 卑怯な戦法をしておいて我ながら無様だとは思うが、そのままスケルトンを背に洞窟の入口まで走った。もう追いかけては来ておらず逃げ切ったようだ。

 情けなさに涙で目がにじむ……いや、骨なので涙を流すこともないのか。


 

* * * * * * * * * * * * * *



「サイアク、お告げなんて当てになんないじゃん」


 人里離れた森の奥深く、「封じられた洞窟」の前で少女が黄昏ている。


――封じられた洞窟とは、その昔危険な魔物の拠点となっており一度立ち入ると二度と出てこられないという奇妙な噂が絶えない国から禁域と指定されている場所である。しかし、数年前に行われた公国騎士団の調査では数匹の魔物がうろついているくらいで何の変哲もない洞窟だと判明した。


「ハァ~体のいい厄介払いってところね、別に気にしないけど」


 少女は悪態をつきながら洞窟を立ち去ろうと背を向けて歩き出した。


『うわああああああ!!』


 突如として洞窟から悲鳴が聞こえ、その声は外まで響いていた。


「キタキタキタ!! 勇者様じゃんキタコレ!」


 少女は一変、勇者様の存在を感知したのか太陽のような笑顔に変わった。


「サイッコウ!お告げの通りじゃん」



* * * * * * * * * * * * * *



「酷い目にあった……何もわからんもん」


 フワッとした世界観しか掴めないまま、勝てる確証もないまま戦いを挑んでしまいしっぺ返しを食らった。敗因は無知と無謀といったとこだろうな。幸いなことにまだ命はあるのだから、次は攻略策を練っておかねばならぬな。そう考えると長年のゲーマー魂に火が付いてきた。


「仲間の一人でもいれば戦略が増えるんだがな……ん?」


『――様~!』


 森の奥深くからこちらに一直線に近づいてくる人の大声らしきものが聞こえる。普通なら安心するとこだが、今の俺は人間ではなくスケルトンなのだ。敵対する可能性も十分にあり得る。ここは身を潜めて様子を探ろう。


「なにしてるんすか?」


 ハルファスの外套に身を包んで丸く小さくなっていたはずだが、突然後ろから声をかけられた。なんでコイツ俺の居場所が分かったんだ? 森の茂みで物音は出していないはずだ。


「ちょっと何で逃げるんすか!!」


 制止を振り切ってその場から飛び出す。まだ顔は見られていないはず、とはいえ様子見の一つも出来ないままバレるなんて手練れなのかもしれない。もう一度木の枝の振りをしてこの場を乗り切ろう。


「あの~もしかして隠れてるつもりなんすか?」


「お、おい! 俺に近づくな!」


 距離は離したつもりだったが、一直線に辿り着かれた。なぜ俺がターゲットなのかは分からないが追跡魔法みたいなものがあるのかもしれない。対話せざるを得ないか。


「え~なんすか~? 緊張してるんすか勇者様?」


「金目のものは何も持ってないぞ! え、勇者?」


「別にそこまでお金には困ってないっすよ、勇者様」


 さっきから聞いていれば勇者様って俺のことを呼んでいるのだろうか。初対面なのに、なぜ。改めてこちらを勇者と呼ぶ人物を見ると、可愛らしい少女であった。桜の花のような薄いピンク色に染まった髪をなびかせている。しかし、目を合わせることは叶わなかった、なぜか布で目元を隠しているのだ。そこだけ見れば整った顔立ちも相まってミステリアスな気もするが、口調がギャルの後輩みたいで雰囲気が矛盾している。目を隠しているのになぜ的確に俺の居場所がわかるのか謎が深まる。


「お前、一体何者なんだ……」


 そこで風が拭いて顔を覆い隠していた外套のフードが外れる。


「ぎゃ~~~! スケルトン! 助けて勇者様!」


「あれ? 勇者様ここにいる! でもスケルトンもいる! どういうこと!?」


 少女は困惑しているようで、あたふたと騒がしく手を動かしている。胸に手を当てて深呼吸をすると少し落ち着いたみたいだ。


可視化魔法ヴィジュアライズ……ウソ、勇者様なのにスケルトンなんだ」


 少女は魔法らしき詠唱を唱えると驚いた様子で口をポカンと開けている。


「とりあえずお互い落ち着こう。敵意はないんだな」


「は、はい! お初にお目にかかります、アタシはイルネ村で巫女やってるマユリっす。この目隠しが気になりますか? 私は、生まれつき目が見えないんですよ~でも問題ないんです。私の持ってる特性「可視化」があれば目よりよく見えることもあるんすよ!」


 盲目の巫女の特性が可視化とは皮肉なものだな。


「それより、その恰好……すんごくギャルっぽいな」


 そう、マユリと名乗る少女は巫女というには派手な服を着ている。関わり合いになることがなかったため、俺もよくは知らないが、元いた世界でいうギャルだ。


「我流? そうっすよ! これは自分で考えてるんすよ、村の大人からは変な恰好するなってよく言われますけどしゃらくさいっすよね!」



――の盲目巫女マユリと出会い、喜太郎のこれまでの詰んでた異世界生活は好転することになる……といいんだけどね。










 


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アンデッドに転生した俺が不死者の王になるまで ウォンバットのデカケツ @osushimogumogu

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