第4話 力の譲渡
ハルファスとの邂逅からまだ一時間も経っていないだろうか。まだまだ異世界の全体像は見えていないが、どうやら彼女は急いでいるらしく話の本題に入りたがっていた。
「とにかく、とっとと力を与えてやろう。これでお主は晴れて勇者。冴えない日々の前世は終わり、これからは華々しい異世界生活じゃ」
「おい、肝心の譲渡する力の説明がまだだろ。俺の事をはぐらかそうとしてないか」
「キンキンと金切声をあげてやかましいやつじゃ、どう見ても絶望的なお主の未来を照らしてやろうと言っておるのに」
こいつ、言わせておけば上から目線で偉そうな態度取りやがって。どうせなら骨だろうがなんだろうがやってやるよ、最弱種族の成り上がり見せてやろうじゃないか。LoGを初めてから気づいた己の負けず嫌いな性根も悪さして、ハルファスに何が何でも一矢報いたい気持ちが沸々と湧き上がってきた。
「残念だがハルファス、折角の申し出は断らせてもらう。称号に頼らず地道に努力するからさ。お前もいい受け取り相手が見つかるといいな。じゃ、そういうことで。アディオスアミーゴ、グッバイさよなら」
宗教勧誘を断るように、はっきりと念入りに拒絶の意思を伝えてやった。さぁ、ここから異世界ライフが始まるのだから、こんな所で立ち止まってはいられない。振り返ってこの場を去ろう。
――グイ
袖を掴まれた感覚があり振り向くと、そこには骨を片手に頬を膨らませているハルファスがこちらを睨んでいた。袖どころか衣服がないため、骨を掴み取られた。先ほど転んで身体がバラバラになった時もそうだが、これくらいでは痛覚を感じないらしい。
「ちょ、返せよ。俺の橈骨」
――グイグイ、ポロン
橈骨に加えて、尺骨まで取られたため腕の先が地面に落下し四方八方に飛び散った。
「おーい、いい加減にしろ。尺骨も盗るな、手のひらが落ちただろ」
コントのようなやりとりをしている空気じゃなかったんだがな、ハルファスの意外な一面につい気が弛む。ストレートにモノを言われるとこの手の高飛車キャラはボロを見せるんだな。出会い頭のミステリアスな雰囲気が少し崩れてきた。
「説明、するから、待つのじゃ……」
眼前にいる美女の涙ぐんだ目から大粒の涙がこぼれ落ちる。よっぽど拒絶が効いたのか、態度が軟化しているように感じる。しかし、美人を泣かせてしまい少し罪悪感に苛まれる。
「おい泣くなよ~話聞くから~」
ハルファスは涙を拭うと、再び調子を取り戻したようで説明を始めた。ケロッとした彼女は満面の笑みを浮かべ、ヨシッと小さくガッツポーズしていた。泣き落としするためのウソ泣きなんかい、まんまと騙されてしまった。よほどなりふり構っていられないらしく、ここまで必死にされては話を聞かざるを得ない。
「不死者の王――その力は、世界に一人しか手にできない究極の力じゃ。文字通り、
「め、めちゃくちゃ凄いじゃん。 ん?今らしいって言った?」
「儂は占い師に呪術師、訳があって色々な顔をもっておるが蒐集が趣味でな。本業はスキルコレクターというやつじゃ。気に入ったスキル以外を極めることは少ないのじゃ」
スキルコレクター。つまり他人から譲渡してもらった称号をいくつも持っているのか。余裕に満ち溢れている訳がわかった。物語の中ではこういった手合いがラスボス並みに強いのがお決まりである。
「でも、そんな希少なスキルを会ったばかりの俺にくれるのか? 嬉しい話だが、旨い話すぎて疑うぞ。要らないと言っておいて癪だが興味がわいてきた」
「そうじゃろ、そうじゃろ。悪いことは言わん、契約しておけ。儂には手持ち無沙汰だと思っていたところにちょうどお主がやってきただけじゃ」
確かに、ハルファスの言う通りかもしれない。他人から称号を譲渡してもらえる機会はなかなか無いらしいし。ここは彼女を信じてみようか。
「よし、ありがたく頂戴するぜ。それで、何をすれば……」
――ビュンッ
一瞬、何が起きたか分からなかった。見えるのはまた顔を鷲掴みにしてきたハルファスの手のひらと、置き去りにされた俺の首から下。
「同意したな、お主。同意したな! 両者の同意を以て、この契約は成立じゃ」
その満面の笑みにはたっぷりの悪意が満ちており、瞬時に何か騙されたことを悟った。
「お、おい!ふざけるな!契約解除!クーリングオフ!」
「そんなものあるわけなかろう」
ちょっとでも、コイツを信じた俺がバカだった。こんな短時間で信頼なんて築けるはずがなかったんだ。そもそも、コイツは俺の事を騙してたんだ。――待てよ、何を騙したんだ?
「一つだけ教えてくれ! このスキルにデメリットがあるんだろ! それだけは教えてくれ!」
本当は一発ぶん殴りたいが、文字通り手も足も出ない。
「よかろう、先ほど説明した内容に嘘偽りはない。しかし、この称号には大きな欠点がある。人の身に余る力の代償なのか、大喰らいの称号ゆえ、所有者の魂すらも吞み込まんとするのじゃ」
「つまり、どういうことなんだよ」
「魂を集めなければお主は死ぬ――ということじゃ。ちなみに、二度と生まれ変わることはないぞ、お主の魂は不死者の王という称号のエサとなる」
力の代償として、魂を集める。つまり、他者の命を奪い続ける人生を歩む必要があるということか。そんなの地獄としか言いようがない。
「これ以上説明する義理もなかろう」
ハルファスは急に顔を近づけてきた。今にも艶やかな唇が俺の唇にあたる場所に触れ合いそうになる。
――コツン
長い髪をかきあげてハルファスは額をくっつけた。キスされるかと勘違いした。もちろん、こんなこと考えている場合じゃないことは分かっている。
頭に大量の情報が流れ込んでくる。不死王の称号に関するアレコレ、今の俺では理解できないのか、処理できない情報量に頭が沸騰してパンクしてしまいそうだ。
「くっっ、忌々しい大喰らいめ。最後まで儂から力を奪わんとするか!!」
驚いたことに、俺よりもハルファスの方が苦しんでいるように見える。食い意地が悪いようで前所有者の彼女が持つ力を吸い取っているのか。身体の内側から溢れだすように光が漏れ出ては洞窟の外へ向かって飛んでいった。
「うううぅぅ、今まで儂が集めたスキルが……」
エネルギーの集合体のような光は、ハルファスが蒐集していたスキルの大群であった。不死王の称号というのは生半可な気持ちで所持者になるものではないということを味わった。もう手遅れだが。
「いや、また集めればよいだけだ……は、はは、あはははは! やっと解放された!!」
よほど不死王の称号を手放したのが嬉しかったのか、大笑いが洞窟に響き渡る。俺はというと、地面に仰向けに倒れて身動き一つとれないほどの倦怠感に襲われていた。全身に力が
「キタローよ、実はその力は誰にでも継承できるわけではなかったのじゃ。何年もかけて探した適者がお主だったとは儂も驚きじゃ。その点は感謝しておるぞ」
ハルファスは洞窟の奥へと続く道に向かって歩き出した。おい、こっちは詐欺同然の契約を結ばされて動けないんだぞ。と、文句の一つでもいいたかったが喋ることすら不可能だった。
「さらばじゃ、キタロー。召喚しといてなんじゃが強く生きるのじゃぞ」
「しっかし、忌まわしき称号じゃ。これまでの
そのまま、ハルファスは快活な笑い声をあげながら去っていった。去り際に、短く詠唱を唱えると通路の入口を岩の壁で塞いでしまった。マナを練ると言っていたが、精神集中的なことをするんだろうか。色々と思うことはあるが、兎にも角にも今は身体を動かすところから始めるか。……指先一つ力が入らない。暫くはこのまま床に伏すことになりそうだ。
この異世界、過酷すぎないか?
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