第3話 不死者の王
――ファルマ公国郊外、占い館『ウィザード・クラブ』
「うむ、これで治療は終わりじゃ。後はよく食べよく働きよく休むがよい」
「治療といい薬といい、なんとお礼を申し上げたらよいのか……本当にありがとうございました!!」
「よいよい、この程度のこと儂にとって
紙袋を大事そうに抱えた粗末な服を着た老人は、何度も深々と頭を下げてから去っていった。館の主人は、溜め息をつきながらつまらなそうにひとり
あくまで占い師を
しかし、役職も違えば対価も得ない魔法の行使は国から禁じられているため、占い館のことを知る者はごく一部の貧民コミュニティに属する者のみであった。
「あやつとの契りとはいえ、この暮らしにも少し飽いたのぅ」
そう呟き、美しき呪術師ハルファスは細い指で髪の先を寂しそうに撫でた。
* * * * * * * * * * * * * *
日が傾き茜色に染まった町並みのなか、二人の男が『ウィザード・クラブ』の店先に立っている。
「本当にここで間違いないのだな」
「へぇ、確かにあっし見たんです。二、三日前にこの店からビンボくさいジジィが出て行ったんです。ありゃその日暮らしで薬代すら払えない貧乏人に違いありやせん」
「そいつが薬らしき物を持って出てきたと、確かに調べる価値はありそうだ」
「ぜひとも!お調べになってくだせぇ、国に仇なす不届きものに違いありやせん!」
媚びへつらう態度で下卑た笑みを浮かべる男は、鎧を纏った男に耳打ちする。
「そ・れ・で……その、ご報告したわけですし……」
歯切れの悪い言い方をする男に、鎧の男は硬貨が少量入った小さな麻袋を乱暴に手渡す。よりいやしい笑みを浮かべた男は小さく礼をすると、夕暮れの町にそそくさと消えていった。
「ふん、己より立場の弱いものを食い物にする下衆め。だが、下衆でも役には立つ」
「さてと、仕事の時間だ」
――カランカラン
「おい、誰かいないのか!」
「ほーう、公国騎士団がこのような
鎧を着た男は激しく動揺した。さっきまで誰もいなかったはずの机の上に、店の主人と思しき女性が寄りかかっていたのだ。
「!?」
「どうした、狐につままれたような顔をして」
どこからどうみても屈強な公国騎士である自分の方が優位にたっているはずが、女主人の放つ威圧感に潰されそうになる。
「き、きさま、いつの間に……! いや、騎士団へ通報があったものでな」
恐れを知らない公国騎士団が、ただの占い師に怖気づいたとなれば騎士団の面汚しとなる。態度や言葉で押されないよう強がっていた。しかし、占い館の主人ハルファスは隙を見逃さない。
「用件はなんじゃ? 今なら聞いてやらんこともないぞ」
「国の命でここへ来た。無許可での治癒魔法を使用、違法な薬物の処方の嫌疑がかかっている。今すぐ領主様の元へご同行願おうか」
「それは聞けぬ願いじゃな。薄っぺらな嘘をついて騙せるほど愚かではないぞ? 第二の火の曜日は、トラディス公爵は中央で軍議であろう」
図星をつかれた騎士は、あからさまに不快感を顔に滲ませている。
「お主のいう領主様とは、誰の事なんじゃろうなァ?」
「ぐっ、き、貴様ぁぁ!」
続けて挑発された騎士は怒りで冷静さを失い、丸腰のハルファスに斬りかかった。
* * * * * * * * * * * * * *
「それでハルファスは国を追われたってわけか?」
「いや、あの程度の
ハルファス曰く、倒した騎士の持ち物の中に時限式の文書の残り香があったそうだ。こういった機密保持に有用な力は並みの術者では扱えない複雑で高度な魔法であるため、一人で対処するのは骨が折れるらしい。
骨が折れるって、頑張れば一人でも対処できるってことかよ。
「一通り、状況の整理はできた。つまり、ここは元いた世界とは別の世界なんだな」
本当に死んだんだな。いまだに実感がないのは俺がのんびり屋さんだからか? ちなみに、話を聞きながら自分の身体と思われる大小さまざまな骨は集まった。近づくと不思議と正しい部位に戻っていった。ハルファスによると、これもマナと呼ばれる魔法の根源が影響しているらしい。骨の身体のまま床に座るのも違和感があるが、元の話に戻す。
「それで、力ってどんな力なんだ?」
「ふぅむ、確かにろくに説明もせず継承するのはちと不憫か。とはいっても全て教えるわけにはいかんぞ? 言語理解の術をかける際にお主の記憶を読み取ったが、あれじゃ、ねたばれというやつじゃろ?」
「た、たしかに。自分で一から学ぶ方がゲーマーの魂がざわつくが」
「そうじゃ、それともなんじゃ? 少し進行に詰まっただけで心が折れて、ろくにエンディングを迎えずに攻略サイトをみるヘタレか?」
「急に解像度があがったな……わかった、わかった。教えられる範囲で構わない」
それでよい、とハルファスは満足気な様子である。それから、この世界での力について説明を始めた。
この世界には、魔法の他にも複数の能力が存在するらしい。
1.特性:生まれ持った個人の能力、必ずしも誰もが持っているわけではない。最も希少性が高いが、力によって有用性はピンキリである。
2.称号:両者の同意のもと継承が可能な能力、血縁関係のある者に譲渡するなど子孫へ代々受け継がれることが多い。
3.種族:それぞれの種族が備える能力。魔法への耐性、身体能力など種族ごとの特徴である。能力の強弱による差別の温床となっているのが事実である。
4.技:物理攻撃や魔法など鍛錬の後、習得することで使える能力。最も一般的で最も利便性に長けている。魔法の濫用を取り締まるため、資格や職業・法によって管理されている。
以上がこの世界に存在する能力だそうだ。全て覚えるのは難しそうだが、とりあえず自分の能力だけでも把握しておく必要があるな。
「なぁ、俺が今持ってる能力って何があるんだ?」
「そこに気付くとは目ざとい男じゃ。能力の組み合わせ次第では、国家転覆も夢じゃなかろう。まず特性じゃが、腹立たしいことに読み取れぬ。何かはわからぬが確かにある、今はそれだけで儲けもんじゃろ。レアじゃからな特性は」
「でもピンキリなんだろ? 読み取れないくらい未熟な能力だったらガッカリだな……」
「判明するまでワクワクして待っとれ。何事も前向きなほうが風向きも変わってくるものじゃよ。次に種族じゃが、見てわかる通りスケルトンじゃ。能力は、闇魔法への耐性、加えてちょっとした再生能力もある良い種族じゃ」
「ちょっとした再生能力?」
「うむ、先ほどのお主のように軽い物理攻撃では身体が崩れるだけでマナがある限り元通りに戻るのじゃ。ただ、知性は低く、聖属性の魔法にめっぽう弱い。そして、なにより物理耐性が高いといっても躓いただけで崩壊する脆弱な身体じゃ」
「前途多難だな……」
「まぁ、話は最後まで聞け。次に称号と技じゃが……お主はひとつも持っておらんぞ!」
「期待して損したわ! 結局のところ、俺にはよくわからん特性と種族固有の脆い身体だけじゃねーか!」
せっかく異世界で生まれ変わったっていうのに、ハズレ種族のスケルトンとは気が滅入るな。いや、待てよ。こいつは力を与えると言っていたはずだ。つまり称号がもらえるということか?
「お膳立てはこれくらいでよいじゃろう。ここからが重要な話じゃ」
――ゴクリ
「お前に与える力、それは能力の分類としては称号にあたるものじゃ。生まれ持った種族なぞ屁でもないぞ」
「不死者の王――それがお前に譲渡したい、とっておきの力じゃ」
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